第28話 神明裁判Ⅴ 破獄
エルミナさんは、少しの間何かを我慢するように目を閉じていたが、
「すまなかったな、長話に付き合わせて。——話は終わりだ。本日の尋問はここまでとする」
といって『封印牢』から去っていった。
……たった一人残された俺は、イニィさんとエルミナさんの二人の関係に思いを巡らそうとして……やめた。きっと、俺が想像したところで二人の過ごした年月とお互いへの複雑な想いを本当に理解することなど出来はしないのだ。
(でも、二人とも……なんか似てるだよなぁ)
纏う空気というか、雰囲気というか。
生真面目なところとか、なんだかんだで面倒見がいいところとか、事あるごとにお姉さん振ろうとするところとか。
似たもの姉妹だと思うんだけどなぁ。
なんとか仲直りして欲しいものだ。
「……さて、俺は俺でやりますか」
床に坐禅を組み、日課の瞑想を始めようとする。今日も今日とてティアの気配を探るのだ。
「……ん?」
指先に当たる床の触感に、ザリザリとした違和感を感じる。見ると、そこだけ石が溶けて
「うわ、コレさっきの血でこんなになったのかよ? うへぇ、俺の身体どうなってんのよマジで……」
自分の血が強酸性の液体に変化しているってどんな気持ちで受け止めればいいんだ。
掌の方は意識しないうちにもう完全に傷は塞がっており、どこから血が出たのかすら分からない。……一瞬、この血を使えば枷を壊せるかもなーとも思ったが、異常に頑丈な俺の身体に傷を付けるのは自分でも骨が折れそうだった。
「……ま、いいか。それよりもティアを探さなくちゃ……いや、待てよ」
床に座り、意識を宇宙に向けて拡散させる。
ここ何日かの練習によってコツを掴んできた俺は、するすると意識を天空に登らせて王国全土を一望する。
(今までティアの気配ばかり探っていたけど、イニィさんの居所は分かるかも!)
夜空に輝く星々を遠く眺めるように。
地上に広がる人々の生命の輝きを見る。
……うーん、王都中に無数の光が集まっているから見分けがつかないなぁ……何か見分ける方法は——。
その時、俺の脳裏にイニィさんが魔法や召喚術を使う際に『黒い光』を体から放射していたことが思い浮かぶ。
(あ、もしかして
天空から両の眼に『視る』という意思を集めて、下界を見遣る。……ほら、正解だ。
王都の全体に広がる光の点に色が付いた。
赤い点は炎属性の
ここから見ていると、魔術師ばかりに得意属性があるわけではなく、誰しもがそれぞれに強い
ということは、この中から『黒い光点』を探せばいいのだ。……イニィさんの属性はとても希少な『闇』属性。それを示す黒い光を探して俺は目を凝らす。
「あった、あれだ! ……でも、これは……」
黒い光の点は、王都の大通りをかなり早いスピードで街の中央に向かって移動しているところだった。……これ、馬車に乗ってるのか?
「イニィさん、王城へ向かってるのか……?」
エルミナさんからあんな話を聞いたばかりだろうか。イニィさんと王城という組み合わせに、俺の胸の中に黒々とした不安な気持ちが湧き上がってくる。
「……ん? なんだこっちの『黒い光』は?」
大通りを真っ直ぐ進んでいくイニィさんの光とは別に、もう一つ『黒い光』が移動していることに気が付いた。
ん? んん? なんだ!? とんでもないスピードで移動してるぞ……しかも、この『黒い光』、俺の方に向かって近づいてきてる!?
『黒い光』は王都に立ち並ぶ建物の屋上から屋上へ飛ぶように移動し、夜間の都市警備にあたる衛兵達の警戒網を鼻歌混じりに潜り抜け、ダンジョンの正面入り口、この時間は誰も入れないように施錠されているはずの鉄扉を「するり」と滑り込むように通過する。
(!?)
それからも、何もかもが早過ぎた。
ダンジョンの階層を一つ下るのにかかる時間は早くて十五秒、長くかかっても一分以内。道中のモンスターには一切気付かれず、警戒する魔物の真横を歩いているのに発見されないという理不尽さを見せつける。そしてそのまま背後から
「なんだアレ……本当に人間か……?」
理外の挙動をしてのける謎の『黒い光』。
だが、俺にはそのイカれた動きをする人物に、とても嫌な心当たりがあった。いや……でも……まさか。
そしてその『黒い光』はとうとうダンジョンの三十階層まで十分程度で辿り着き、そのまま壁である部分を通過して俺のいる『封印牢』の前の通路にまで辿り着く。
(……こいつの狙いは、俺か!)
意識を天空から自分の身体に急いで引き戻す。
急な視点の変化に眩暈のような不快感を覚えつつも、肉体の感覚に戻ってくる。
——だが、遅かった。
「よぉ、お目覚めか? 変な格好でお寝んねしちゃって。最近は
「……てめぇ、ギースッ!!」
「バーカ、ギースさんだろが。ハハハ、元気そうじゃねぇのナギちゃんよぉ」
目が覚めたら時、俺の目の前には既にその男は立っていた。……いや、さっきまでエルミナさんが座っていた尋問用の木製の椅子に腰掛けて、俺が目覚めるのをずっと待ってましたとばかりに爪の手入れなんぞをしている。
(流石におかしい、何もかもが早過ぎる!)
「なんだかな、お前も変わっちまったな」
黒い鉄ヤスリで爪の形を整えながら、ギースはなんでもないように言葉を紡ぐ。……俺は、こういう会話がもうギースの手管の一部だということを知っているため、会話に惑わされないよう、一挙手一投足を見逃さないように意識を集中させる。
「お前、昔はもっと何も考えてない勢いと口だけのアホだったのに、ダメダメのダメ子ちゃんだったのに、今はこんなに頑張って集中してみたりしてさぁ。ま、そういうの全部無駄なんだけどね」
首筋に、チクリとした痛みが走る。
「な!?」
「な!? じゃねぇんだよなぁ。意識の向ける方向とか割合とかが全然まったくなっちゃねぇのよ。まぁお前もさ? 可哀想な奴なんだよ。この歳になるまでまともな師が一人もいないんだもの。……だからいつまでもこんなに
身体の動きがじわじわと阻害されていく。
顔を下に向けると、首に髪の毛程度の細さの長い針が突き立っていることに気が付いた。
「ギース様、百八つの得意技のうちの一つ、『隠し針』。これは毒じゃなくて
ギースは椅子から立ち上がって俺の方に近づくと、手に持っていた黒い鉄ヤスリを手元でくるりと回転させて大型のナイフに変化させた。そして、
キィ、ンッ——!
手元の操作が見えないほどの速さで、俺の手枷と足枷を両断した。
「出るぞ。……着いてこい」
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