出戻りテイマーですが、近所の祠で拾った仔ドラゴンの様子がなんだかおかしい件について

紅谷イド

第1話 出戻りテイマー、仔ドラゴンを拾う。



 村の近くの小さな苔むした祠で、小さなドラゴンのを拾った。



「きゅー、くるるる……」


「なんだお前。あ、怪我してるじゃねぇか」


 


 冒険者になるという夢を捨てて五年ぶりに故郷の村に帰ってきた俺に、村人や家族は驚くほど冷たかった。


「ヒマなら森の鎮守様をお世話してこい、この穀潰しが」


 と三つ下の妹に睨まれ、家に帰ってきてから毎日布団でゴロゴロしていた俺は、重い腰を上げてバケツに入った掃除道具片手に森の祠を訪ねていたところだった。

 そしたら、祠のすぐ横に見慣れない小さな生き物が行き倒れているのを発見、という訳だ。


 そいつには森で魔物に襲われたのか、体のあちこちに傷があった。あーこの傷は森林狼フォレストウルフ共にやられたか。アイツらまーた寄って集って虐めみたいな狩りしやがって。今度いっぺんシメる必要があるな……ちょっと待ってろよ? えーと、あったあった。


「ちょっと沁みるけど、我慢しろな?」


「きゅううっ!! ……きゅっ? きゅるる」


 俺は冒険者時代の小鞄ポーチからなけなしのポーション一本を取り出して、栓を抜いて中身を仔ドラゴンに振りかけた。

 仔ドラゴンは急に液体をかけられてはじめはビックリしていたが、ポーションによって傷と共に痛みが引いていったことで、落ち着きを取り戻した様子だった。


「……どうだ? 痛いの無くなったか?」


「きゅるるっ! くるるるる!」


「おーそかそか、そりゃ良かったな」


 痛みが消えて急に元気を取り戻した仔ドラゴンは、嬉しそうにをふりふりしていた。うーん、キミかわいいねぇ。

 ポーションはあれが最後の一本だったが、まぁ俺にしちゃあマシな使い道ができたと思おう。こんだけ喜んでいるのを見ると、俺も悪い気はしなかった。


「しっかし……お前、どこからきた子だ?」


 この森のことはよく知っている。

 俺はガキの頃から「冒険者になる!」という夢に向かって来る日も来る日も森の中で駆けずり回っていた。

 なので、森林狼フォレストウルフを含めて、この森に生息している生き物や魔獣については完全に把握していると言っても過言ではない。……ないはずなのだが、こんな見た目の生き物は過去に一度も見たことがなかった。


 こんな、


 子犬くらいのサイズの大きさの、白くてツヤツヤした体で、


 左右四つずつ、合わせて八つの目がついてて、


 背中の本来翼が生えているところから触手がウニョウニョ何本も伸びていて、


 四本の手脚の代わりにナメクジみたいな不定形の脚が波打っていて、


 「くるるるるるっ!」と鳴く、


 こんな見たことないなぁ。


(んー?)

 

 なんか違和感あったな、今。

 あ、そうだ。

 なんで俺、コイツのこと「ドラゴン」だって思ったんだろう?

 こんな姿形をしたドラゴンなんて、いるわけ——


「きゅるっ!」



 キィイィィーーーーーーーーーーンン……


 ……


 んー、あー、まぁいいか。

 世の中広いしな。こんなドラゴンも世界のどこかにゃいるだろ。


 てか、ドラゴンだぜ、ドラゴン!

 全【調教師テイマー職位クラスの憧れ、最強の幻獣種! 


 御伽話に出てくる英雄たちも、古い叡智を持つドラゴンに教えを授かり、新しい世代の血気盛んな若ドラゴンの背に乗って冒険を繰り広げていた。それは、俺がガキの頃に憧れた冒険者の姿そのものだ。


 ドラゴンは俺にとって特別な力の象徴だ。

 王都のシケた雑用係ぼうけんしゃではなく、俺が本当になりたかった「世界を旅する冒険者ワンダラー」になるための最重要ピース!


(やっと、やっと俺にも「冒険者」になるチャンスが巡ってきやがったか……!)

 

「きゅるる?」


 こてん、と小首を傾げながら俺を見上げている仔ドラゴン。

 この小さな生き物が、俺をもう一度夢見た世界へ連れて行ってくれる存在なんだ、と思うと胸が爆発しそうなほど途轍もなく大きな感情が湧き上がってきた。


 なんだ、これは!


 胸を張りたくなるくらい誇らしく、頬擦りしたいくらいに愛おしい。

 こんな気持ちになるのは生まれて初めてで、思わずぶるぶると身体が震えた。武者震いってこういう時のことを言うのかな。


 だが、まだだ。まだ

 早く。早くコイツを俺のものにしなければ——


「な、なぁ。お前さ。行くとこないなら俺のところへ来ないか?」


「きゅー?」


「傷がちゃんと治るまでの間守ってやるし、美味しいご飯も用意する」


「きゅきゅるーー?」


「ホントホント! 嘘じゃないって! ……なぁ。俺お前みたいに綺麗で可愛い生き物、はじめて見たんだ」


「きゅっ!?」


「出会ったばっかりなのに、いきなりでビックリしてると思うけどさ。……お、俺と、一緒になって、くれませんかっ!?」


「きゅ!………きゅるぅ……」


 俺が頭を下げながら突き出した掌を、仔ドラゴンは優しく触手で握り返してくれた。


「……いいのか? 俺、お前の主人マスターでいいのか?」


「……きゅるん♪」


「うは、うはははは! やった! やったぞーーー!!」


 仔ドラゴンちゃんを持ち上げて抱きしめ、頬擦りする。うーん、ヌメヌメだけど子猫よりも触り心地がいい。きゃわー。


 俺の左掌の甲に浮かんだ【従魔紋】が青白く発光する。

 これは【調教師テイマー】がモンスターと絆を結んだ時に反応して、お互いの魂に永遠の契約を刻みつけるもの。……俺が王都で冒険者をやっている時には、ついに一回も反応しなかった、俺が落ちこぼれ調教師テイマーであった象徴しるし


 それが今、最強のドラゴンとの間で結ばれようとしている。


調教師テイマー:ナギ・アラルは己の名と魂の全てを持って、『■白■輝■■■■■災■』に永遠の愛を捧げることを誓いますか?】


——はい。誓います。


「くるるるるるるっ!」


 その瞬間、俺と仔ドラゴンとの間に確固とした魔術的な経路パスが通ったことを感じた。


 それと同時に。



(あっ、俺これもしかしてやっちゃった?)



 という、得体の知れない「取り返しのつかなさ」という感覚に、背筋がサーッと冷えていくのを感じていた。


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