第24話 神明裁判Ⅰ 王家の思惑


「ほう、『深淵種アビス』を手懐けるか。世間には面白い者がいるものだな」


 王都ガルガンディア。

 その中央に聳え立つ、白亜の塔城——『王城アロンダイト』

 その一室で一人の男が愉快げに笑っていた。


 大柄で、筋肉質な身体を持つ偉丈夫である。

 豪奢なマントを雑に肩に通し、その下に着ているのは上級将校の軍装であった。

 男は非常に整った顔立ちをしていながら、全身から溢れ出す覇気が周囲を自然と萎縮させる。笑顔を作るときに口元から覗く鋭い犬歯に、本人の隠しきれない獰猛さが滲んでいた。


「本当であれば、国を挙げてその『英雄』を讃えてやらねばなるまい?」


 男の名は、エドワルド・『憤怒公フューリー』・ヨトゥンヘイム。

 この国の第二王子にして、同軍の実質的全権を握る上級大将である。そして、元来の戦好きが高じて自身でも暴れているうちに黄金ゴールド級の認定を受けた上位冒険者の一人でもある。

 側に控える『相談役』……黒衣に身を包む神官風の青年に巫山戯ふざけた調子で話しかけた。それに応える青年の言葉も相応に砕けている。


「ご冗談を。笑い事ではありませんよ、王子。の者の存在は未だ我が国が秘匿できておりますが、万が一敵国に知れ渡った場合にどれだけの危険材料となるか。浅慮と言う他ありませんね。……ましてやこの情勢の最中さなかでは」


 この国——ヨトゥンヘイム王国は、現在戦争中である。

 それ自体は、実は大した問題ではない。この百年間の中で「戦争中」ではない年月は合計しても十年にも満たないのだから。

 それくらい、隣国との間で小競り合いという名の軍事衝突が起こる程度のことは日常茶飯事なのだった。


「フン……オルドビスの田舎騎士どもとの小競り合いがここまで大事になっていることにも裏を感じるが……『戦争屋』の介入が思ったよりも煩わしい。そろそろ奴らを一掃しなければと思っていた所だ」


 王国の西側と接する隣国オルドビス大公国との国境線で起きる小規模な戦争は、これまで毎年恒例といっていいほどの規模と頻度で発生していたが、一昨年から戦闘の頻度と規模が急拡大していた。


 年々、オルドビス側の戦闘に参加する兵の数が増加しており、対抗するためにヨトゥンヘイム王国軍も兵員の増強を余儀なくされていた。——それに、他方から別の国境線で不審な動きをする所属不明の冒険者の動きも観測されている。新たな火種、という訳だ。


 エドワルドは、将来的に王国が複数の国家から同時侵略を受けることを予測し、それを危惧していた——そして、それは数年のうちに現実になるだろうことも。


「——だが、そこで『深淵種アビス』だ! まさに天啓、まさに神の思し召し。人の手の内にある神獣なぞ、奴らを皆殺しにする道具とせよ、と神が仰っているのと変わらぬ! お前はそうは思わんか? ミアキス!」


「短絡的で、楽観的に過ぎます。深淵の獣のその牙が、我々の喉元に突き立てられたらどうするのです?」


「ふはははっ! ならばその時は我が尊き蒼き血をたらふく喰らわせてやるまでよ! ——俺が全ての責任を取る。冒険者ギルドと『世界を旅する冒険者ワンダラー』共の介入を潜り抜けて、『深淵種アビス』の使役者をここへ連れて来ることはできるか?」


「はぁ。本当に言っても聞いてくださらない方だ。……一人だけ心当たりが。多少手荒な手を使っても?」


「構わん。好きにしろ……苦労をかけるな。ミアキスよ」


 王子は黒衣の青年に労いの言葉をかけるが、その心は既に『深淵種アビス』の手綱を操り、敵軍を蹴散らす未来の光景に心躍らせていた。




 ▼


「ナギさんが、帰ってきてない?」


 冒険者ギルド、受付前。

 夕刻になり、そろそろ窓口業務を閉じようとニニアが準備を始めたところで、冒険者ギルド入ってすぐの場所を不安そうな様子で右往左往している少女の姿を見つけた。

 ——少女は自分の名をユリアと名乗り、ナギが下宿している宿の娘だと自らを紹介した。


「帰ってくる予定の日を、もう三日も過ぎてるんす……戻ってきてたら帰ってくるはずなのに、何の連絡もないなんておかしい、って思って……」


 俯いて、上手くまとまらない言葉を辿々たどたどしく伝える少女の話を聞いていると、近くを通りかかった中位冒険者アルベド・リーンウッドが声を掛けてきた。

 彼もまた、ソロでの冒険活動を終え、クエストの完了報告にギルドを訪れていたところだった。——そこに、古い友人の名前が聞こえてきたのだ。それはアルベドにとって足を止めるのに十分な理由であった。


「ダンジョンの未帰還者としては登録されていませんでしたが……そうか、誰かが不正に帰還報告をしたのか」


「それって、故意にダンジョンに置き去りにされてるってことですよね? ……ナギさん、何かマズい事に巻き込まれてませんか?」


「元はと言えば、ウチがダンジョン行ってみなよーって気軽に言っちゃったんす……。ナギっち、戻って来れなかったら罪悪感パなくて……」


(ナギっち?)


(ナギっち?)


 ニニアとアルベドはこの少女とナギの関係が若干気にはなるものの、行方不明人としての捜査を冒険者ギルドとして正式に受理した。


 ——そしてその翌日、その受理は





 水面に落ちた一石が波紋を伝えるように。

 ナギ・アラルの存在を世界が認識したことで、大きなうねりが起きようとしていた。

 


 



 



 冷たい石造りの封印隔離室の床の上で。

 坐禅を組んで、目を閉じて世界に意識を拡散させる。

 ……どうすればいいのかは、身体が理解わかっていた。


 全ての生き物には魔素マナが宿っている。

 世界の認識を広げていくと、人や生き物が持つ生命の輝きが、一人一つの、真っ暗な夜に輝く星々のように見えてくる。


(どこだ……ティア)


 意識は世界をどんどん上昇していく。

 王国を一望できる高さまで上がって、国境線沿いに見える故郷の村の中に、親父とミリアの輝きを見つける。……よかった、元気にしているみたいだ。


 今もまだ左手の甲に浮かぶ【従魔紋】を通じて確かな繋がりを感じる。

 その経路パスが繋がる先を知りたくて、世界全部を見渡せるところまで来たのに、俺はまだ大切な存在を見つけられないでいた。



 宇宙に近い空は青を通り越して暗く見える。

 真っ暗な空の中で、俺はたった一人で。

 ティアのことを探していた。

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