第33話 神明裁判Ⅹ 願いと呪い



 中庭のざわめきは大きくなってゆく。

 はじめは突然の乱入者に対する驚きだけであったのが、俺の姿を見て更に騒ぎが増えていった。


「魔族……!?」


「なんだあの尻尾は! 角は!?」


「なんと恐ろしい。なんと悍ましい!」


 観衆の興味が俺に一斉に突き刺さる。

 中には半人半魔と化した俺の姿を見て、正気が削れてしまった人もいるようだ。口々に悲鳴混じりの悪口が飛び交ってくる。

 ——だが、少し待って欲しい。


「……そんな変かな、この姿? よく見りゃちゃんとカッコよくない?」


「お前が残念な美的センスの持ち主なのは分かった。だから今は黙ってろな?」


 おっかしいなぁ。こんなに格好良いのに。

 俺の頭から伸びる角は、ベルベット状の袋皮が剥げて中から黒く硬い枝角が現れていた。尾てい骨から伸びる白くしなやかな尻尾はティアの触手によく似た硬さと手触りで、何度か振るうと自由自在に動かせるようになった。——そう、姿

 ……まぁそう言った意味では、人間からは遠く離れてしまったなぁ、と自分でも思う。


 観衆のリアクションも、ギースの呆れ顔にもやや腹は立つが、差し当たってはイニィさんの保護が最優先だ。


 俺がイニィさんに駆け寄ろうとした瞬間、『紫皇騎士インペリアルガード』二名が俺の行手を阻まんと堅牢な盾を前に構えて壁を作った。


「どけよ。……その人は返してもらう」


 俺は尻尾をティアの触手のように振って、強く地面を叩きつける。その反動による跳躍で、俺の体は砲弾のように射出された。 

 そしてその勢いのままに、両の拳で二つの盾ごと騎士を殴り飛ばす!


 ガッ、ゴォォオン!!


 超重鎧を着込んで盾を構えた騎士たちを、軽々と壁までぶっ飛ばした。——『魔眼』で彼らの中身を確認……よし、生きてるな。セーフ!

 

 この姿に変身した当初はまだ人間とそう変わらない(肌は黒くなっていたけど)姿だったが、今や両腕から手にかけてもティアと同様のしなやかでありながら硬質な細かい鱗に覆われていた。……そこに人外の膂力で握り込んだ拳が、自分で思ったよりも何倍もの威力が出てしまい、正直だいぶ焦った。


「そこまで!」

 

 騒然となった中庭の状況を鎮めるため、国王と第二王子が壇上から降りてきた。……なるほど、奴がイニィさんの「敵」か。自信があります、実力あります、ってツラしてやがる。


「——皆の者、静まれ。この者を招き寄せたのはこの私、エドワルドだ。……ようこそ、冒険者ナギ・アラル。実力の程は確かなようだな。私はお前の強さを歓迎しよう」


「……俺、ニンゲン辞めてる半魔人だけど、アンタはそういうの気にしないタイプ?」


「そうだなぁ。外見の造りなど、百人いれば百人違うだろう? その違いが大きいか小さいか程度の差だ。“人の持つ本質的な価値”はそこには無いさ」


 “人の持つ本質的な価値”、ね。

 それがイニィさんにあって、俺にもあると。

 ……俺はこの人の言う価値がとても限定的で狭い範囲でしか意味を持たない言葉だと思った。


「アンタが言ってる“価値”ってさ、俺自身は全然感じないんだわ。……俺は自分一人じゃ何にもできない最弱の【調教師テイマー】でしかないよ。こんな身体になったって、これだって借り物の力だよ?」


「だが、それを振るっているのはお前の意思だろう? それが、お前のうちで輝く『勇気の灯火』こそが、お前の価値だ。それがお前でなくてはならない理由だ」


「ふぅん……。それで、アンタはそれを戦争に使うんでしょ? 人と人との戦争に、俺とかイニィさんの力は使っちゃダメだよ。……これは、人間に向ける力じゃない」


 俺は自分の手を見る。

 指の先の爪は攻撃の意思と共に鋭さと硬度を増して、簡単に人を殺せる凶器になる。

 ティアだってそうだ。

 俺が触ると子猫のよりも気持ちいい柔らかさと温もりを感じるけど、魔物たちに向けて振るわれる時は残酷に破砕する死の鞭へと変わる。


「俺たちの力を護ること以外に使ったら、どんな理由があったとしても、それは『殺戮』でしかないよ。……この国や、ましてや


 俺の言葉を、戦慄わななくように首を横に張って否定するエドワルド。


「……世界を変えられる程の力なのだぞ、貴様の持つ“それ”は。お前やイニィだけではない。『世界を旅する冒険者ワンダラー』共は皆、誰も戦場での栄光や称賛を求めようとはしない。なぜだ!!」


 心底理解できない、といった様子で髪を振り乱して声を上げるエドワルド。中庭に集まった観衆の中からも


「王国のために戦え!」

「貴方がいたら、戦場に行く兵士はいらなくなるのよ」

「我らの子供を戦地から取り返してくれ!」


 と言った声が口々に上がる。

 まるで、それは力を持つ者の義務であるかのように。それをしないことが罪であるかのように。


 期待と不安、切望と絶望が俺の背中に実際の「重み」を伴っているみたいにのしかかってくる。世界は色を喪ってゆき、音は少し小さくなった。


(エルミナさんが言っていた『世界を旅する冒険者ワンダラー』の“原則”の理由が、これか)


 アルカ・レヴァリーが定めた規範ルール

 『特定の国家に肩入れするべからず』。

 それは、人類として他を隔絶する力を持つ『世界を旅する冒険者ワンダラー』たちが人々の『願い呪い』に囚われないようにするための“原則”なのだ。……やっと俺にも、理解できた。


(……こうなる事が分かってて、イニィさんは助けに行ったのか。……本当にすごいなぁ、俺の先輩は)


 今もこちらを見つめて心配そうな顔をしているイニィさんのことを見つけて、俺は改めてこの人のことを助けたいと思った。……俺の力が何かをできるのだとしたら、今、それが出来なきゃこんな力なんか。


(俺が持ってたって意味がないよな。なぁ、ティア……!)


 俺はもう。

 彼女ティアが何処にいるかを探さない。

 探す必要がなくなっていた。


「……なぁ、王子様。俺がその『英雄』の役を受けたらイニィさんはどうなる?」


「……力の在り方を決めるのは大衆の『願い』だ。イニィ・ラピスメイズの存在は、民に不安を与える。秩序に混沌をもたらす。——彼女は今や真に『世界に仇なす放浪者ローグ』となったのだ。……我が国と人類の安寧の眠りのために、ここで永久に眠っていてもらう」


 死後に墓から暴かれて、奴隷のように戦場に駆り出されるかもしれない。

 そんな風に、イニィさんの【屍霊魔術ネクロマンシー】の存在は多くの人々の心に不安を与えた。それが多くを助けるための行動だったとしても関係なく、ただ皆が恐れ、嫌悪するから。……だから、封印されなくちゃならない?


 ……



 ——空気が震撼する。


 世界から色は亡くなって、

 音は雑音ノイズが混ざり、やがて無音になった。


「……ごめんな、王子様。それなら俺は、世界に仇なす放浪者ローグ』でいいよ」


「ナギくんっ! ダメなのですっ!!」




「そんなのが世界なら、!!!!



【ティアァァァアアアアアアアア!!!!!】



                    」


 王城アロンダイト。

 中庭の上空、約200メイルにて。

 下から見上げている誰かがその異変に気付き、叫んだ。


 

 


 俺の呼びかけに呼応して、空間が歪み、たわんでゆく——!!

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