第3話旧婚約者は事故物件でした

「グエル様をいじめるのは止めてくださいまし」


そう言って前に進み出て来たのはエリス男爵令嬢、つまり私の婚約者を奪った張本人だ。


彼女は私と違い、華奢で小柄な愛らしい容貌の持ち主だ。


この娘は最近学園に入学したばかりの男爵位を拝領したばかりのなり立て貴族だ。


「エリス嬢。いらしていたのですか? できれば貴族としての礼節を学んでから来て頂きたかったですわ」


言外に良くも我が家の前になど来れましたね? と、意味を持たせた所、目に涙を浮かべて後ずさる。


「リーシェ! またエリスを虐めたな! お前の様な陰湿な女に王太子妃、ましてや将来の王妃になど務まる訳がないだろう?」


「ちょうど良かったですわ。グエル様に聞きたいことがありました。何故私は婚約破棄などされたのでしょうか?」


「いや、だから虐めがあったと言っただろう?」


「誰が誰に対してですか?」


「いやいやいや、お前が! 嫉妬に狂ってエリスを虐めただろう?」


「エリス嬢が私を虐めたの間違いではございませんこと?」


もちろん、私は何もしていない。むしろ虐められたのは私の方だ。ここまで悪者にされると冤罪を晴らさずにはいられなくなった。正直、面倒ではあったが、今後も虐めをしたなどと吹聴されても困る。


「僕達は愛するエリスの為に虐めの主犯を探した! そして君が犯人だと推測したんだ!」


推測されたんですね。突き止めたのでは無いのはさしたる証拠も無いのですね。


その後、グエル様は他のエリス嬢に想いを寄せる仲間と犯人探しには奔走されたと随分と熱く語ってくれるが、いい加減にして欲しい。


その捜査がどれほど困難で大変なものだったかを熱く語るグエル様。


いや、婚約者がある身の貴族令息が他の令嬢と気軽に距離を詰める? いや、それが不貞に等しい行為と何故わからないのかしら?


にも関わらずグエル様は捜査の過程でのことを熱く語る。同時に他の貴族令息との結束も硬く、友情も芽生えたとか……。


結婚できるのは一人だけです。グエル様だけでなく、皆さん、頭は大丈夫なのでしょうか?


こんなでたらめな捜査で虐めの犯人にされたと知れて、気が重くなりました。


「僕は気が付いたんだ!」


「何をですか? グエル様?」


「犯人は君だ!」


いや、私ではないが、犯人は大勢いてもおかしくない。グエル様も他の貴族令息も自分が不貞に等しい行為を働いているという自覚はあるのだろうか?


婚約者への失礼……を通り越して倫理に反する行為、もちろん相手のエリス嬢も同罪だ。


「君が配下の男爵令嬢に命じてエリスの教科書を焼却機で焼かせたという確かな情報を得たんだ!」


「それでどうされたのですか?」


「もちろん、その令嬢を皆で問い詰めて自白させた。そして命じたのが辺境伯令嬢! つまり、君だったのだ!」


問い詰められた令嬢が可哀そうだ。グエル様をはじめ、この国の有力な貴族令息達に問い詰められれば、身分から言って、彼らの都合の良い話をせざるを得ないことは想像にたやすい。


私はここで聞いてみることにした。聞くことでグエル様の話が更に長くなることは想定済だが、確認しておきたかった。


「僕が早く気付いて注意できていれば!」


「そうですか。それでは、順番に質問をしていって宜しいでしょうか?」


「ああ、もちろん構わん。それで君が罪を認めてくれれば僕も君を許す事ができる」


「では、遠慮無く申し上げます……婚約者のいる身で他の令嬢と恋仲になるなど、陛下にどう弁解なさるおつもりですか? 不貞ですよね?」


「えっ?」


本当に、グエル様は大丈夫か?


今まで直球で指摘されたことがないのだろうが、たった一言で狼狽し始めた。


「それでは、陛下に誠心誠意、心からのお詫びをなさってください」


「……い、いや、だが!」


「だが?」


まだわからないのか? グエル様は? そこまでに重症? というか頭のねじが緩いのか?


「だが、君はエリスを虐めたではないか!」


「そうでしたね。それについても質問をさせて頂きます。少々侮っておりました。申し訳ございません」


「いや、そんなことは気にしなくてもいい」


かなり無礼で失礼な事を言ったつもりだが、流石グエル様だ。気が付かれなかった様だ。


「では、次の質問です」


「……うむ」


既に夜の9時を回っている。最後まで私の指摘を聞いて頂いてから、陛下に弁解していただこう。


「虐めの実行犯は誰だったのですか?」


「ああ、あの女はラッセル家のオリビアだ」


「男爵家の?」


「ああ。間違いない」


「それは妙ですね、ラッセル家は我がサフォーク家とは仇敵でしてよ?」


「はっ? そんなバカな! いや、確かに」


簡単に自分の主の名を出す筈がない。


そもそも私が犯人だったとして、それが何だと言うのだ。


婚約者を取り戻す為の行為なら、当たり前だと思う。


「不自然ですわね。では、次の質問に行きます」


力なく首を垂れるグエル様。


「では、エリス嬢が私に虐められたという証拠は?」


「えっ? だから、男爵家のオリビアが白状した!」


「誰が信じます? 少し考えただけでおかしいですよね。そもそも、そんな証言では証拠能力が不十分です。仮に教科書の件を私が行ったこととしましょう。他の件の証拠は?」


「し、しかし君は散々皆の目の前でエリスに罵声を!」


「婚約者を誑かす相手を牽制するなと?」


「いや、君は意地悪な顔でエリスに嫌味の限りを!」


「婚約者がいる男に愛想よく振るまう女に、嫌みの一つも言うなと?」


「……」


本当に愚かな方ですね。


ああ、もうグエル様に王室を任せるなんて無謀のレベルでは?


まあ、それより一番大事なところです。


「では、一番大事な質問をしますが、よろしいでしょうか?」


無言になったグエル様に止めを刺しに行くつもりの私。


だが、私の未来を奪ったのだから相応に良くわかっていただかないと。


「グエル様はさしたる証拠もなく、婚約破棄を私に言い渡しになった? 私は辺境領伯とはいえ古くから王家に仕える家の娘です。陛下がこんなおかしな婚約破棄を納得しますか?」


「……」


「な・っ・と・く・し・ま・す・か・?」


「……しない......かな?」


全く、自分勝手な婚約破棄など。

エリス嬢のことを随分熱く語ってくれたが、それが浮気だと何故に気が付かないのか?


しかし、納得されたかと思えたグエル様はプルプルと震えて立ち上がり、剣を抜き放し、私に斬りかかって来た。

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