第11話仮面の男

「意外と素直に連れ去られたのだな?」


「我が家に人質を見捨てて一人だけ逃れるなどという気風はございませんわ」


私は目隠しに手足を拘束されて、どこか知らない場所に連れ去られていた。


狡猾にも、私達を連れ去った馬車は同じ道を通ったり、何度も道を変えて、ただでさえ、目隠しをされて行き先が分かり辛いのに慎重に馬車を進めた。


おかげで、ここがどこだかさっぱり分かりませんわ。この街の大体の路地は把握しておりますが、ここまで徹底されますと。


その上、ジャックと引き離されて、何処か広い所に連れて来られて、突然声をかけられた次第でございます。


「ふっ、流石、サフォーク家の令嬢だな。まるで臣下を救うのは自身だと言わんばかりだな」


「言葉通りですわ。臣下は戦地においては戦友でもあります。見捨てて逃げるなど、武家である我が家にはありえない考えですわ」


「しかし、君は女性だろう? 姫が臣下を救うなど、聞いた事がない」


「つまり、あなたは私がサフォーク家の令嬢と知って連れ去ったという訳ですね?」


「……」


「あなたの目的はなんですの? 我が家も政敵が多い故、襲われる事態は十分に考えられます。しかし、私を害するおつもりなら、さっさとそうなされば良いでしょうに。かといって、身代金目当ての賊とも思えません。賊程度の練度ではございませんわね。あなたの手の者は……そう、かなり訓練の行き届いた兵士レベルとしか」


「わかった。君に時間を与えると、どんどんとこちらの情報が知れる、早々に用件を伝えよう。おい、その娘の目隠しを解いてやれ」


「はっ」


声は一人だが、息遣いから、複数人がこの部屋にいる。この練度の兵士相手だと加減はできませんことね。


「待て、この娘の持ち物は十分に検査したのか?」


「はい。女性の兵士に念入りに調べさせました」


あれは女性の兵士だったのですか? 随分と配慮が行き届いている賊ですこと。


ますます、この方々の正体がわからなくなりましたわ。


気がつくと、目隠しを取られて、目の前に黒装束に仮面を被った男がおりました。


おかしい。黒装束の男を見ると、何かモヤモヤする。


これはおそらく、認識阻害の魔道具。この人物をはっきり認識できない。


その上、声も何処か機械じみている。おそらく声も魔道具で変えているのですわ。


……と、いうことは。


「失礼する」


私の目の前に足を進めた仮面の男は私の胸元を探り、あっさりと愛用の短剣を取り上げられてしまった。なかなか巧妙に隠したつもりなのですが、何故見つかったのでしょうか?


「女性の胸元を探るとは、残念ですわね。紳士とお見受けしましたのに」


「失礼は重ね重ねお詫びする。だが、物騒なモノで大立ち回りをされてはかなわん」


「あなたのご用件。お伺いしても宜しいでしょうか?」


一体、この男の目的はなんなのでしょうか? ただの人攫いとは思えない。それなりに訓練を受けた兵士、それも騎士クラスの手だれを引き連れた上、目的が皆目わからない。


害するなら、毒か何かでこっそりと、証拠を残さずにやるべきだ。


これだけ証拠を残した上、攫うなど、正気の沙汰とは思えない。


「私は君を殺さなければならない」


唐突に告げられた内容は衝撃だったが、辻褄が合わない、私の脳が、急速に回転する。


「殺さなければならない。と、おっしゃいましたね?」


「ああ」


「つまり、好き好んで私を殺害したい訳ではないと?」


「その通りだ」


「あなたの身なりや家臣の練度から見て、かなりの身分の方とお見受けします。そして、王国のサフォーク家に仇なすだなどという不心得者は大勢いますが、あなたの様な身分の方に意に沿わぬ指示を出せる者となる……と」


「待て。あまり喋るな」


「いいえ、言わせてもらいますわ。あなたに私の殺害を命じた者はレンブラント王国縁の者。かなりの高位の王族。違いますか?」


「……」


沈黙ですか。しかし、その沈黙は肯定と同じですわ。


「それで、あなたは私を殺害したくない代わりに、私をどうするおつもりですか? このまま拐って、何処か遠くの異国の土地に囲えば、殺害したと嘘の報告をしても分からないのではないのですか? 何故、ご自身が姿を晒すなどという危険を犯します? いえ、あなたが主人だとは限りませんわね。しかし、あまりに辻褄があいませんこと。説明頂けますか?」


仮面の男ははぁとため息を吐くと、話始めた。


「やはり君を攫って良かった。これだけの情報を瞬時に把握できる頭脳を持つ君なら、もう一つの解決方法を君に委ねることができるかと思う」


「もう一つの解決方法?」


「正直に言おう。君の推理通りだ。私の家臣がレンブラント王国の家臣を些細ないざこざから害してしまってな。詫びたが、君を殺害するか……」


「殺害するか?」


私の殺害はかなりハードルが高い。サフォーク家の一人娘を害したら、我が家は犯人を徹底的に探し、決して許すことはないだろう。例え、レンブラント王国縁のものだとしても。


ならば、もう一つの方が主目的と考えるのが筋だろう。


だが、それならば、何故私を攫った?


「この小瓶の持ち主を探して欲しい。と、言うのが、私を脅している者の命令だ」


「小瓶の主は既に探されたのですか?」


「もちろん、調査した。だが……皆目わからない」


「なるほど。とは言うものの、何故私なのですか? 調査なら、大金を使えば何とかなるでしょう?」


「それが、命令にはもう一つの制約があって……な」


制約? そしてわざわざ私を攫う? 辻褄が合いましたわ。


「つまり、あなたを脅している者はこの小瓶の持ち主を私に探させろ、と、命じたのでね」


「その通りだ。私には二つの選択肢が与えられた。一つが君の殺害、もう一つは君にこの小瓶の持ち主を探させるというモノだ」


状態は把握出来た。これまでの情報から導き出せる答えは。


「この依頼は奇妙極まりません。しかし、一つの仮説が見い出せます」


「一体なんだ?」


「簡単なことです。この小瓶の持ち主は私にしか探し出せない可能性が高いという点です」


仮面の男は得心が言ったという顔になると。


「わかった。その小瓶の調査をお願いしたい。調査費用は支払おう。詫びの品も贈らせてもらう。だが、1週間後に再び拘束させてもらう。それまでに小瓶の持ち主が見つからない場合……は」


「見つからなかった場合、後日毒殺でもされますか?」


「いや、君を攫って、遠く、誰にもわからない所に匿って、殺害したことにする」


「随分と破格の待遇ですのね?」


「君自身が言っていたろ? サフォーク家を敵に回したくないだけだ」


「……そうですか」


少々釈然としないものの、仮面の男は再び私に目隠しをして、元の馬車の中で解放された。

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