第12話謎の小瓶

謎の小瓶。淡い、美しいコバルトブルーの小瓶は、化粧用品でしょうか?


あいにく、私の王太子妃教育の中で、本来あるはずの美容や化粧の知識は乏しい。


グエル殿下の代わりに執政を手伝い、官吏が腐敗していたおかげで、本来やらなくても良いことをやらされて、やむなくその辺は削る羽目になりました。


まあ、私自身、それ程自分を着飾る趣味はなかったのも一因だったのですが。


「やあ、何をため息をついているんだい?」


「え? ギルバート、私はため息などついていましたか?」


「かなり盛大にはぁと言っていたよ」


「……はぁ」


魔法学園の教室で、幼馴染とも言えるギルバートに声をかけられてしまいました。


やはり、面倒極まりないこの依頼にため息が出てしまいました。


「その小瓶をずっと見つめていると言うことは、それが原因かい?」


「ええ、この小瓶の持ち主を探したくて、困り果てていた所ですわ」


「なんで、そんな面倒なことを?」


「それは聞かないでもらえると嬉しいわ」


「わかった。なら、聞かないで僕も協力するよ」


「ありがとう、ギルバート!」


幼馴染の協力を取り付けて、少し安堵する。正直、一人から二人になっても、大して変わらないが、精神的な気持ちは違う、かなり安堵した。


「まずは、この小瓶がなんなのか、そして、どこで製造されたものかを知りたいの」


「それなら、クロエに聞けばいいよ。彼女はああ見えても子爵家の娘なんだ。化粧品の類は詳しいと思うよ」


「本当?」


「誰が、ああ見えてもなのかしら? ギルバート? いえ、委員長?」


いつの間にかクロエ嬢が私とギルバートを睨みながら近づいて来た。


「あ……いたんだ」


「さっきから、ずっと自分の机に座っていたわよ」


「そっか」


そっかじゃありません、ギルバート! 未来のお嫁さん候補の所在を絶えず把握していないなど、男子として、言語道断です! ああ、もう、この朴念仁は、どう致しましょうか?


「まあ、ギルバートが私に冷たいのはずっと前からだから、別に気にしないわ」


「え? 僕は君に冷たくしたつもりなんてないけどな。クラス委員同士として、親密に接しているつもりだけど?」


「あら、そう、それはごめんなさい。私はクラス委員同士なんて、頭の片隅にも入っておりませんでしたわ」


「そ、そっか。僕だけの一方通行だったか」


ああ! もう! 一方通行はギルバートの方よ! クロエさんの気持ちを察してあげて!


「そんなことより、話は聞かせてもらったわ。その小瓶、リーファ商会の化粧水の小瓶だと思うわ」


「本当ですか? それでリーファ商会って、この街にもあるのですか? クロエさん?」


「有るどころか、この街が本店よ」


「じゃ、その本店に行けば、何か手掛かりが?」


『それでは何もわからないーーーーーっす』


突然、何処からか、大きな声が聞こえた。


リリさんの声だ。思わず、教室の扉の方を向いて、身構える。


リリさんはまだ朝のホームルームに来ていない。


先生もまだだから、一応セーフなんだけど、私の身がセーフとは限らない。


唇位は覚悟しておかないと、それ以上の何かをしそうな子だ。


どこ〜ん。


盛大な音を立ててリリさんが登場したのは……掃除用具入れの中からですわ。


……私達の真後ろの。


「リーシェさまぁああああああ」


ひょい。


不意を突かれたが、リリさんの姿を目にとらえた途端、本能的にリリさんの突進から避けました。


ドドーン。


今度は前方の黒板に突撃して、ピクピクと痙攣している。


「死んでおしまいかしら?」


「あなた、軽薄ね。仮にもこれだけ想われているのに」


「あはは。また教室の備品が……修理用の木材、クラス経費でちゃんと落ちるのかな、あははは」


クロエさんの言葉はちょっと重かった。何しろクロエさんの気持ちに全く気が付かないギルバートときたら。ギルバートの言葉は……相変わらず可哀想な生き物を見る視線が痛いですわ。


「まあ、あの血走った目が無ければ、むしろ抱きしめて、頭を撫でてあげたい位の愛らしさですのに。残念なのですが」


「そうかもしれないけど、人の気持ちは大事にしないと行けないと思うわ。あなた……委員長にだって」


思わず下を向いてしまった。重い、重い一言だ。クロエさんはギルバートが私に好意を持っていることに気がついている。


いわば恋敵の筈だ。それにも関わらず、こんな言葉が出るのは、一重に彼女の好意が友情などではなく、彼への恋心だからだろう。


私もグエル様が浮気をし始めた時は心揺れました。形ばかりの婚約者とはいえ、長い付き合いのあった身。まして、それまでのグエル様はとても好青年でした。


婚約者が自身から離れて行った時、初めて抱いた嫉妬という感情に、私はグエル様をそれなりに愛していたのだと思いましたわ。


人の心は大切。それを踏み躙るのは心の殺人とも言うべき非道な行為ですわ。


だからクロエさんの言いたいことはわかる。ギルバートには早めに自分に気持ちがないことを伝えるべき……だ。例え、それで幼馴染という関係にヒビが入ったとして、それは受け入れなければならない……人として行うべき、責任。


私はギルバートに愛想を振り撒いていると思われても仕方ない発言や行動が多い。


クロエさんの指摘は私への忠告と憤りを現しているのだと思う。


早めにこの決着をつけよう。それがギルバートとクロエさんに対してのケジメだ。


「リーシェ様、それでは何もわからないっす」


その時、いつの間にか復活したリリさんが私を見つめ、そうはっきりと宣言していた。

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