第13話ラテラルシンキング
「リーシェ様、その小瓶の調査は既にある程度行われたにも関わらず持ち主がわからない。違いますか?」
「え、ええ、そうよ。この小瓶はある方が散々探しても持ち主がわからないからと、私に調査を依頼、いえ、託されたのです」
「ならば、小瓶をいくら深く深く掘り進めても何もわからないっす」
リリさんは毅然とした態度でそう言った。
「どうしてなの? 物事を追及するのに、結論と根拠を論理的につなげて理解する思考するのは当然ではないかしら? なら、先ずはこの小瓶について深く調査するべきではなくて?」
私はリリさんの言っていることに理解が追い付かなかった。
少なくても私は合理的で道筋が通っていて因果関係を正しく理解することが重要と考えていた。
「リーシェ様の考え方は王道とも言える論理的思考、いわゆるロジカルシンキングです。しかし、今回の調査には不向きっす」
「何故? というより、他に調査の進め方なんてあるかしら?」
「あります。先ず、今回の場合、既に論理的思考で調査がなされ、結果が出ていない。違っすか?」
「そ、それはそうですわね」
「つまり、それが問題です。論理的思考で解決できていないことが既に証明されています」
「なら、どうすれば良いのかしら?」
私はリリさんの言葉に疑心暗鬼になりながらも、確かにと、理解して来た。
「先ずは小瓶を調べてもさしたる糸口が出てこないと言う点です。ならば、違う視点から解決方法を模索するのです」
私はますますわからなくなった。小瓶の持ち主を探すのに、小瓶の調査をしないなんて、考えもつかない。
「なら、どうやって考えればいいのかしら?」
私は疑問を口に出した。ギルバートもクロエさんも同感のようだ。
それに対してはリリさんは自信たっぷりという感じで切り出した。
「先ず何故リーシェ様は小瓶の調査を依頼なんてされたのですか? 少々ひっかかるっす。小瓶の持ち主は赤の他人のものっすか? リーシェ様は赤の他人の小瓶の持ち主を探しているっすか? それがそもそも不自然っす」
「......そ、それは」
私は言い淀んだ。それは私自身が推理した、この小瓶の持ち主は私にしかわからないのではないか? という論理的思考からだ。
調査に協力してもらえるのは嬉しいのですが、例の仮面の男がみなに害をなさないか心配で言いそびれていました。
「先ずは観点を変えましょう。前提条件である、この小瓶の持ち主は誰の物かわからないという点を崩しましょう」
「それは無理なんじゃない? リーファ商会の商品は少し裕福な人ならだれでも買えるわ。不特定多数の無数のリーファ商会の小瓶が誰の物かわからないのは当然と言えるわ」
クロエさんが私の意見を代弁してくれました。有名な商会の商品であるからこそ、流通量も多く、特定が困難なのは自明の理ですわ。
それに私が言い淀んだ所はスルーしてくれました。おそらく事情があると察してくれたのですね。
「先ずは最初の前提の破壊っす。この小瓶の持ち主はリーシェ様の知っている人ではないか? という発想です」
「わ、私が知っている人?」
私は困惑した。そして知っている人を思い出して、思わず絶句した。この小瓶は子供の頃に母が使っていた化粧水の小瓶と似ている。何故、今まで気が付かなかったのか。
私の生みの母は平民でしたが、金銭ではそれ程困ってはいなかった。
それだけ流通しているということだと思いますわ。
「リーシェ様の知っている人で該当する人はいないっすか?」
「……そういえば」
「「「そういえば?」」」
三人が顔を乗り出して来る。こんなに簡単に結論なんて出るものかしら?
「これは私の母の使っていた小瓶に似てますわ。母はたくさん持っていましたから」
「お母様というと、辺境伯卿の奥様ですか?」
「違うんだ、クロエ。リーシェの本当のお母さんは……リーシェ、言ってもいいよね?」
私はコクリと頷いた。それは私が平民出身であることを暴露することだ。
王国でも知っている者は少ない。貴族の娘とは言っても、社交界にデビューしなければ、あまり記憶に残っている筈もない。
「リーシェのお母さんはこの帝国の街、ブランシェに6歳まで住んでいたその」
「平民の女性でした」
ギルバートが言い淀んだので、私の口から言いました。ギルバートが気に病む必要もないし、私はお母様を誇りに思うこそすれ、隠すべきことだとは思っていない。
グエル様と婚約した後、お父様からその辺はあまり口外しない様に優しく言われました。
お父様の言いたいことはわかります。義理のお母様への気遣いもありますし、何より王家への配慮ですわ。王室に平民の血が入るという事は、場合によっては火種となりかねませんので。
「ちょっと待って、それは変よ」
「何がだい? クロエ?」
「だって、リーファ商会が創立したのは8年前よ。私も持っているけど、Since788とあるわ。6歳までお母様と、このフランシェの街に住んでいたのならば、その頃にリーファ商会の化粧水を所有しているなんて、変よ。それに発売当時のこの商会の化粧品はとても高額で、そんなにたくさん購入できるなんて、大貴族でも難しい筈よ」
「なら、これは母の物ではないという事になるのかしら?」
私は少し暗い声になった。一筋の光明が見えたのに、それがついえたと思ってしまったからだ。
「そうとは限らないっす」
そう言ったリリさんの顔は何か確信を得たとばかりの顔色だった。
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