第42話毒殺未遂

「あんたのことは子供の頃から本当に嫌いだったのよ! てっきり平民かと思って見下していたら、本当は辺境伯の娘ですって! その上、クロードもギルバートもリーシェ、リーシェって、私は何なの? 本当に不愉快な女! だけど、光魔法の使い手のあなたでも、さすがにこの毒の前では死ぬしかないわ。一口飲んでそれですもの。もっと飲み下せば!」


「や、やめ、やめっ──」


「さようなら、辺境伯家のお偉いお嬢様!」


エリスさんは私の口にグラスを無理やり押し付け、顎を持ち上げ、無理やり毒を飲ませる。


「!!!!!!!」


とてつもない量の毒。感じるのは体中に巡る魔力の籠った闇の魔素。


普通の人なら即死しかねない。


光魔法の使い手である私の体内では自然に毒の類の魔素はかき消される。


すぐには死なない。


とはいえ、このまま毒を飲まされ続け、治療をすぐに受けなければ死に至るのは間違いない。


「まだ死なないの? ほんとうにしぶとい子ね。そうね、いっそ、このナイフで心臓を一突きすれば......どうせ身体は爆発して粉々になるし-------ッ!


エリスさんが言い終えないうちに個室のドアが破壊されて、クロード様の姿が目に入り、エリスさんを突き飛ばしていました。


「大丈夫か? リーシェ?」


「ク---ロード様」


そう言い終えるのがやっとだった。


「このバカ女! うちのリーシェ様になんてことするっスか!」


消えゆく意識の中で、リリさんの声も聞こえる。


二人が助けに来てくれたと知るが、もう私は助からない。


毒を解毒できるのは光魔法の使い手位だ。


だが、光魔法の使い手は少なく、貴重なその張本人の私が毒に犯されている始末では、手の打ちようがない。


「許せ!」


クロード様の声がかすかに聞こえる。しかし、消えゆく意識の中でも驚愕した。


「ぷッ! はッ! 少々手荒だが、胃の中の毒を全部吐け! 口移しでドンドン水を流し込むぞ!」


クロード様の唇が私の唇に触れているのですが?


「だ、だ------めです。ク------「そんなことを言っている場合か!」


クロード様は強引に私の唇に唇を重ね、水を無理やり私の口の中に流し込んできます。


「はッ!!」


かなりの量の毒を吐きだして、少し楽になりました。


「リーシェ! 自身に治癒の魔法を施せ! 私も光魔法の使い手だ! 唇から魔力を流し込む!」


そう言って、何度も何度も唇を重ねます。


魔力の高まりと共に、私の頭はぼんやりとして来ました。


「クロード様」


そう言ってクロード様の唇を求める。


「リーシェ」


クロード様も答えてくれる。


気が付くと、私は何度も何度もクロード様の唇を求め、目の焦点はあっていなかった。


「それ以上やるっすか?」


「いかん。俺としたことが」


「俺としたことが?」


「つい、リーシェの色香に惑わされた」


「恐縮ながら殿下。役得を享受し、己の願望を達成しただけっすよね?」


私の耳に言葉が入ったのは、それが最後だった。


☆☆☆


「……クロード殿下って、実はかなり冷静でしたよね? 確信犯っスよね?」


「誰でも慌てれば間違いもある。あの時は流石に危急を要したので、私も願望に抑えが効かなくなっただけだ。あらぬ誤解を招く発言は止めてもらいたい」


「いや、それ、ほとんど自白っス!」


気が付くと、クロード殿下とリリさんの声が聞こえてきました。


私は助かったのでしょうか? それともここは天国?


「ん------んん」


少し頭痛もしましたし、つい声もくぐもってしまいました。


「リーシェ!」


「リーシェ様!」


二人の声が頭に響くが、段々と記憶が蘇ってきました。


「クロード様、それにリリさん?」


「良かったっス。リーシェ様の目が覚めたっす」


「うむ。もう丸三日も寝込んでいたからな」


私は自分の身に起きたことを少しずつ思い出して来た。


エリスさんが私を毒殺しようとしたこと、そして。


「クロード様。エリスさんは危険人物です。私を殺害しようとしただけではなく、既に子供もあの毒で殺害されたようです。私を殺害するための......実験の為に」


「何だと? それは放置できん。至急調べる」


「それだけではございません。彼女は魔眼、魅了の魔法の使い手です。至急対処しませんと! ギルバートがおかしくなったのは彼女の魔眼が原因です!」


「わかった。彼女の身柄は確保済だが、至急魔眼の件も調査する」


グエル様の件はあえて言いませんでしたが、いずれ露見するでしょう。


私が会いたかった結婚を約束した人。それがエリスさんだったとは。


そのエリスさんが私の事を嫌いだったことにショックを受けました。


「ところで、もう一人犯人を告発する必要があるっすよね?」


「リリ君。君はこんな時に一体何を言っている?」


リリさんとクロード様が何やら険悪な様子だ。


「私が敬愛するリーシェ様に口づけを何回もしましたよね?」


「あれは治療の為、やむなくだな」


「胃の中に水を流し込むのに、わざわざ口移しで行う必要、ありましたか?」


「いや、何か言いそうになったから、黙らせる意味もあってだな」


「つまり、さしたる理由もなく、死の危機に瀕したリーシェ様の唇を奪った訳っすよね?」


「いや、直接口移しで水を流し込まなければ、リーシェに水を飲み込む力はなかった」


私は段々思い出して来ました。


あの時、クロード様にキスをされました。


いや、あれはクロード様の言う通り、治療です。


私のファーストキスにはカウントされません。


あくまで治療です。治療なんです!


「だけど、リーシェ様が大半の水を吐き出してからも何回もキスしてましたよね? 別に口移しじゃなくてもよかったすよね?」


「気が動転していただけだ。邪推するな」


「じゃあ、胃の中の毒を全部吐き出し終わっても尚、キスを続けた動機は?」


「そんな事件の容疑者みたいに言うな。単に俺が光魔法の使い手で、治癒の魔法をリーシェに送り込んでいただけだ」


「それ、別に口移しでなくてもいいのでは?」


「だから、気が動転していたと言っているだろう?」


「いや、クロード様、冷静でしたっス! 絶対確信犯っス! それに治療が終わってからも何度も何度も!」


私は段々聞いていて、恥ずかしくなってきました。


あの時、ぼーとなった頭で、クロード様と唇を重ねるうちに、クロード様に「口づけをしてください」と耳元で囁いたのは私だ。


私は思わずお布団を被り、隠れることにしました。


「リーシェ様? 一体どうなさったのですか?」


「リリ君があまりに無神経だからだ」


クロード様も無神経なことを言わないでくださいまし。


私は泣きたくなりました。

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