第41話お茶会

「本日はお招き、ありがとうございます」


「こちらこそ、ご足労頂きまして、ありがとうございます」


そう言って挨拶を返すのは、あのエリス男爵令嬢でした。


私はエリスさんからお茶会のお誘いを受けていまして、貴族のたしなみとして、お断りするのも失礼になります。少々疑問を感じつつもお受けしました。


「エリスさんは以前にもこの魔法学園に通われていらっしゃったのですね?」


「はい。半年ほど前まで、この学園に在籍していました」


そうでした。半年前に王国の学園に転校した後、グエル殿下はすぐさまエリスさんに心を奪われてしまったのでしたわね。


「で? 本日の用向きとは何でしょうか?」


エリスさんは一体何の意図があってわざわざ二人だけのお茶会に誘ったのでしょうか?


下級貴族の男爵家の令嬢が辺境伯令嬢の私を誘うとあらば、彼女が我がサフォーク家の力添えを得たいという話になります。


しかし、グエル様の件もあり、それは少々考えにくい点がございます。


「......グエル様の件で、お詫びがしたい......という話。聞いて頂けませんでしょうか?」


「あの件はグエル殿下のお心を私が繋ぎ止められなかっただけ。それだけです。あなたの誠意は受け取ることはできますが、今更何の意味もございません」


「......ですが」


「我がサフォーク家の報復が怖い、と、いう事ですか? それならご安心ください。陛下からはあなたからグエル殿下に近づいた訳では無く、グエル殿下の一方通行な想いによって生じたもので、あなたに非はないと伺っております」


「そうは言われましても、私がグエル様との距離を取るという努力を行わなかった点は確かです。正直、殿下に好意を寄せられて舞い上がっておりました。リーシェ様のご指摘に耳を貸すこともなく」


全くその通りでございますわね。私とて、むざむざ婚約者に他の女性が接近するのを手をこまねいていた訳ではございません。


牽制や、彼女の耳に入るよう、諭す内容の風評も流布しました。


「ご安心なさい。我がサフォーク家があなたの家族に害を及ぼすということはございません」


「......しかし」


しかし、と言われましても、今更としかいい様がございません。


我がサフォーク家が彼女に害を及ぼすことはございません。


ただ、彼女がお困りの際にサフォーク家が力を貸すことはないでしょう、と、いうだけです。


「陛下はグエル様の件に関してあなたの処遇は不問にされました。臣下である私達もそれに従うべきです。ですから、もう、お忘れなさい」


「しかし、私は罪の意識に苛まれております。言葉だけになることは承知しております。ただ、それを言葉にしないと、自分の気持ちが収まらないだけでございます」


「......」


一応、筋は通っております。正直、私はグエル様の件は忘れているので、今更なのですが。


「許される筈がないことは承知しております。ただ、自分の気持ちを言葉にしたいだけです。どうか、この言葉だけでも聞いて下さいまし」


「わかりました。過去のことです。お互い、この件は不問にしましょう」


私はばかばかしいと思いつつもエリスさんを許しました。


私が許しても、サフォーク家が何代にもわたって、決して許すことはないと承知のことです。


バカげた茶番です。それでも、彼女は心の安寧が欲しいのかもしれません。


「ありがとうございます。では、御一服如何でしょうか?」


そう言って、彼女は紅茶のカップを持ち、口にする。


エリス嬢は十分と言えないものも、多少の作法がご存じのようでした。


家格が下の者が毒見を兼ねて、先にお茶などに先に口を付けるのは当然です。


この茶会は彼女が主催したものなのですから。


「では、頂くわ」


そう言って、紅茶が注がれたカップに顔を近づけ、香りを嗅ぐ。


紅茶の香りを楽しむふりをして、毒ではないかと確認する。


たいていの毒は僅かな異臭や刺激がある。


そして、少し口に含み、様子を見る。


舌がしびれるということもないので、安全と判断すると、紅茶を少し喉に通す。


「ぐッ!!」


「あら、どうされました?」


そう言った声の主を見ると、嗜虐心が顔に現れています。


しまった。毒でしたか? しかし、同じティーポットから注がれた紅茶を彼女も飲んでいる。


飲んだふり位、見抜けます。彼女は間違いなく、紅茶を口にしていた筈。


一体これは?


「悪く思わないでちょうだい。私は本当にあなたのことが嫌いなの。初めてあった時、てっきり平民の子だと思ってた。それが王国の辺境伯卿の娘? その上、クロード様のギルバートもあなたばかりに懐いて、腹立たしいたら、ありはしない」


「そ、そんな事で私を殺すのですか? 正気なのですか?」


「あんたは私の欲しいものは全部持ってる。それがどれだけ腹がたつことか! そうね。冥途の土産にいい事を教えてあげましょうか? グエルがあなたを捨てたのはね。私の魔眼に彼が堕ちたからよ。それにギルバートも私に色目を使って来るから、ちょっと操作したらおかしくなったわ。あははははッ! 傑作! あんたの大事なものを壊すのってたまんない!」


「う、嘘ですよね? 魔眼は禁忌」


「あら、おかしいわね。未だに顔色が悪いだけでバラバラにならないなんて。でも、十分に効いているようね。それと、傑作なことを教えてあげるわ。あなたってば私の能力にやられて、私に結婚しようって約束したのよ。傑作だわ。私はあなたが心底嫌いなのに、私の事が大好きですって、ほんとに笑える」


うっすらしていた記憶が蘇る。私が幼馴染四人と遊んでいた頃、お嫁さんになると告白したことがある。


その相手は....。


エリスさんだ。


「……さて。リーシャさんとの会話も名残惜しいですけど、そろそろお別れね」


「こ、こんなことして? あなたは正気なのですか?」


時間稼ぎをしたいが、打つ手がない。


「死体が残ったら、私に嫌疑が及ぶのは想定内。残念ですが、この毒を飲むと、身体がはじけて、バラバラになるのですから、誰もここに残った汚物があなただとは思いません。ちゃんと、子供で実験したから間違いありません」


「こ、子供?」


私は衝撃的な言葉を聞いて、気が遠くなりそうになりました。

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