第31話殺人
「リーシェさん。ありがとうございます。カーライル家の娘として、お礼を言わせてください」
「クロエさん、お礼は無用です。ティアさんとアリアさん、そしてこの魔法学園の不幸な歴史には王国に大きく責任があります。それにあの戦いの主兵は私の家でした」
「それでも言わせてください。ティアさんがこの地に未だに縛りつけられているとは思っていませんでした。確かに彼女はこの池のほとりに埋葬されたと記録にありますが、これまで、彼女の幽霊が出るなんて、話は聞いた事がなく、あなたが来てくれた事は幸運でした」
「私もまさか百年前の遺恨が未だに残っているとは思いませんでした」
私は思わず、自分のループタイを握りしめた。
「そう言えば、あの戦争の時、学生のループタイが兵士のタグ代わりに使われたのですね?」
「ええ、ループタイの根元の五芒星の魔法学園生の証には名前や学籍番号が書いてありましたから」
そう、ループタイの色が百年前に変わった所以はそれだった。ループタイは三百人の学生の死を彷彿させてしまう。だから百年前に色とデザインが改められた。
改められたのはそれだけではない、帝国も王国も例え魔法が使えるからといって、年端の行かない学生を戦場に出す事を固く禁じた。
悲劇の歴史は二度と繰り返さない。あの戦争は勝った帝国も負けた王国も反省する点が多く、中でもこの学園に起きた悲劇は両国の最大の罪とされている。
そう思わせる程、王国の騎士達は心を病み、帝国の息子や娘を失った親の悲しみは大きかった。
「おお! リーシャか! どうだ? 幽霊は出たか? 出る筈はないが、奇妙な事を言う学生がいたので奉仕部を紹介した。だが気になってな」
「クロード様ッ!」
私やクロエさんが深い悲しみに暮れているさなか、クロード様からご機嫌な声で声をかけられて、不快感が増します。
「ん? どうした? まさか幽霊なんて出るわけないのに、怖くて仕方がなかったのか? はっはっは! お前もやはりか弱い女性なんだな、俺は安心したぞ!」
「幽霊ならもう出ました!」
「何だと! 今、俺が成敗する。どこだ?」
「もう逝ってしまいました。それに護衛なら、ギルバートがいます」
「ん? そこでリリ君と仲良く寝ているギルバート君が役に立つとは思えぬが?」
私とクロエさんが目線を移すと……気絶しているらしい、二人がおりました。
「ぷっ。ふふふッ」
「……クロエさん」
笑うクロエさんを見るのが、これが最後だなんて、思いもしませんでした、この時は。
☆☆☆
「や、やめッ! 嘘よ! そんな筈ない! あなたがそんな人である筈ない!」
「ごめんね。僕、そんな人なんだ。それに僕はこの世界を守る為にやっているから」
なんか言ってる。馬鹿みたい。無意味な異世界人の事なんて聞いても意味がない。
それにしても、まさか君が異世界人だったとわね。僕も少し胸が……痛まないか、ははッ!
思わず笑みが浮かぶ、いい顔だなぁー。信用していた人に裏切られるって、辛い事だよな? ああ、でも、ほんといい表情するなぁー。絶望? いや、これは失恋したみたいな顔だなぁー。
「……どうして、どうしてこんな酷い事するの?」
そんな問いにいちいち答える訳ないだろう? メンドクサイ。
顔面を何度も殴りつけて、片方の眼球は潰れたみたいだし、手や足の骨もあちこち折っておいた。でも、これ位だと、中々異世界人は死なないんだよなぁー。首を刎ねないと。
「……や、止めて」
止める訳ないだろう? 君は異世界人なんだし、そんな顔をされたら、あはッ!
楽しいだろう?
そうか、どうしてこんな事するのか? その問いに答えには答えておこうか、もっといい顔をしそうだ。
「どうして、こんな事するかって聞いたよね? 教えてあげるよ……そりゃ楽しいからさ、あはははははははッ!!」
そう言った瞬間、最高の顔をしてくれた。僕はここがフィナーレだと思った。だから、剣を振り下ろし、彼女の首を刎ねた、最高の表情のやつをね。
☆☆☆
幽霊の一件が終わって、雨が降りしきる中、馬車で帰宅する。途中の森で何故か渋滞してしまった。こんな事は初めてだった。ノロノロと走る馬車の中で退屈なので周囲の様子を見ていると、人が大勢いて何やら話こんでいる。こんな森の中で一体?
「近くの泉で魔法学園の女生徒が殺されたらしいぞ」
「ああ、紫の髪の子で、多分、ありゃ、貴族の子だな」
私の脳裏に嫌な予想がよぎってしまった。紫の髪の魔法学園の女生徒。紫の髪は帝国でしか見られない珍しい髪色だ。私が知る限り、一人しかいない。
「ジャック、少し行って来ます!」
「え? お嬢様? 突然?」
「ごめんなさい。理由は後で!」
そう言って馬車から飛び出し、人が集まっている方へ向かう。森から小道が見えて、そこに人が多数。衣装からおそらく自警団の人達でしょう。ならば泉はこの小道の奥。
「ちょっと、君! ここから先は立ち入り禁止だ!」
「知り合いかも! 知り合いかもしれないんです!」
「例えそうでも、君の様な女の子が見ちゃいけない」
ゾォーと、体の奥から悪寒の様なものが走った。でも、私は確認したい衝動に駆られた。人違いであって欲しい。例え、不謹慎と思われても、他人であって欲しい。それが人間だからだと思いたい。
「あそこに誰か!」
「何ッ!」
不意をついて、声を出すと、咄嗟に目の前の自警団の人は視線を見当違いの所へ向けた。その隙をついて、自警団の作った黄色い縄の奥に入り込み、走る。
「し、しまった! 誰か、その子を止めろ!」
何人かが私を止めようとするが、武の心得のある私は彼らをかわして、泉に辿りついた。
「……ク、クロエさ……ん」
真っ赤に染まった泉の中央の小岩の上に……変わり果てたクロエさんの首だけが……乗せられて……いました。
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