第32話赤い雨

霧雨だった雨は激しさを増し、雷雨となって行った。まるで私の心を映しているかの様に。


「……ク、クロエ……さん……クロエさーん! だ、誰が! あなたを!」


雷雨と共に行き場の無い怒りを言葉に乗せて叫ぶ私を誰も止めなかった。自警団の人々もこの惨状に狼狽え、思考が停止し、私を止めるという至極当たり前の対応を失念していたのだろう。何人かは拳をギュッと握り、打ち震えている。


美しかったクロエさんのグレーの瞳には何も映していない。更に左の巌窟には眼球自体がなく、綺麗な歯の何本かは無く……顔色は白く、肉の色があちらこちらに見られ、赤い血が狂った絵の具の様に塗り尽くされていました。


彼女には幸せな未来があった筈です。そうなる権利があった筈です。彼女が善人である事は私が保証する。そんな彼女が……死んでいい筈が無い……ギルバートが絡むと少々意地が悪くはなりますけど、どんな理由が……どんな理由で、いえ、どんな理由があろうとも、こんな残酷な殺され方をされるいわれはありません。


「……ク……ロ、エさん」


何度目かわからない彼女への呼び声に、当然返事は無く、いつの間にか雨は時々止み、時雨へと変わっていきました。そして時々降る雨は赤く、朱に染まっていました。


「……リーシェ嬢」


「ク、クロード様」


突然声をかけられて振り返ると、そこにはクロード様が真剣な眼差しで私を見ていました。


「ここは自警団と騎士団に任せるんだ。これは殺人事件だ。学生が関わる事じゃない。クロエ君の事は皆で弔おう」


「……許せない」


「……リーシェ」


「許せるものですか!」


「若い君には辛いかもしれないが、危ない事には手を出すな」


気がつくと私はクロード様の胸に向かって、手を叩きつけていました。行き場のない怒りをクロード様に向けて何になるのか……無意味と知りながら、ずっと、その時突然。


「もう、止めろ」


そう言って、抱きすくめられました。殿方の胸の中で、私は恥も外聞もなく、激しく泣き出してしまいました。


☆☆☆


自分の知り合いが異世界人だったのは初めてだった。何故、よりにもよって身近な人間に異世界人は乗り移るんだ! 激しい怒りを覚えるが、自分の行いはこの世界の平穏を守る為。仕方のない犠牲だったのだと自分に言い聞かせる。それに、あの女は自分にとって大した存在ではないし、消えても何の問題もない人間だった。


問題がないし、崇高な使命の為だ。少し罪悪感を伴ったが、それより……あの時のクロエの表情はたまらなかったよ。そうだ、もし、リーシェが異世界人に乗り移られたら……僕は興奮を抑える事ができなくなって来た。


☆☆☆


クロエさんの葬儀はしめやかにとり行われた。子爵家の令嬢であり、格式の高い貴族の娘であるクロエさんの葬儀は家族と学友達だけで別れを惜しむという訳にもいかず、貴族社会の社交の場と化していた。それが分かり、腹立たしく、クロエさんのご両親や家族はそれに耐えながら、貴族の一員として対応されていた。それを考えると心が痛む。


最後に小さな木箱が土に埋められて、墓標が建てられて、教会の神父様のお言葉を聞いて……ありふれた葬儀……なのかもしれません。大半の人にとっては。でも、家族や私達学友達は皆、悲しみに暮れていました。女生徒達は皆泣いていました、私以外。もう、私の涙は枯れ果てていました。


私は決意を固めました。必ず犯人を突き止めて、断罪してやる、と。


☆☆☆


「まずは奉仕部の活動方針を決めるわ」


「て、言うか、奉仕部って何だっけ?」


「生徒会の雑用係みたいなもんっす」


「え?」


ギルバートはクロエさんが亡くなったのにあまり変化がない。間抜けな回答を口にしています。例え、公私混同だと言われましても、私はやります。クロエさんの仇うちのために。


「女生徒ばかりを狙う、連続殺人事件の捜査を最初のお仕事に致します」


「クロエの仇うちか?」


「協力するっす! うちも許せないッす!」


ギルバートとリリさんの承諾は取り付けました。


「リリさん、この犯人の目的、動機は一体何なのでしょうか? 被害者は4名、全て女生徒ですが、この学園だけではありません。彼女らに共通点はなかったと自警団の方々は言っていました」


「リーシェ様。おそらくこの犯人に動機なんてないっス」


「どういう事? まさか娯楽で殺人を犯したとでも言うの?」


「いえ、捕縛されれば極刑です。娯楽でというのは違うと思います」


「では、性的異常者かしら? こういう事でしか性的欲求を解消出来ない異常者?」


「近いと思いますが、うちはこう考えています。多分、狂った人間の仕業……かと」


「何故そう思うの?」


「被害者に関連性がないからっす。現場の泉は真っ赤に染まっていました。泉の中からは魔力が注がれた薬草が検出されています。被害にあった女性は全て魔力がある方ばかりでした。だから、薬草と血が反応して、広い泉が赤く染まっていたのです。おそらく、犯人は一種の芸術作品か、何か意味がある事と考えていると思うっす。犯人は性的異常者であると同時に頭がいかれた男性だと思うっす」


なるほど、リリさんの見解には同意するわ。一見、性的異常者の場当たりな犯行に見えるけど、一方で理解し難い行動論理があるように思えます。


「リリさん、これは論理的思考、垂直思考で解決できる問題かしら?」


「無理です。狂人の行動を論理的に理解する事は不可能です」


ならば! 私はなすべきことが見えて来た。

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