第30話英雄ティアの誤解2
「そうか、アリアは愛するリアム様と添い遂げることができたのだな。流石、アリアだ。あの子は私と違って武の才能に恵まれて、あの厳しい戦いで多くの人の為に戦って、それで最後も立派に......最後までおめおめと生き残り、恐怖のあまり、自分で命を絶った私とは大違いだな」
「ティアさん。もうこれ以上自分を責めないでください。あなたのたてた戦術が僅か数百名の学園生で数千もの王国軍を三日も足止めできたのです。そのおかげでこの街の人は救われたのです」
「私は怖くて怖くて仕方がなくて、ただ、皇帝の命のまま友達を、妹を、たくさんの顔見知りを戦場に送り出しただけだ。自分だけ安全なこの学園という一番後ろで。私は卑怯者、ただの卑怯者。ああ、今でも思い出す、私を庇う為に胸を刺し貫かれた親友のナディア。いっそあの時死んでいれば」
「......ずっと、辛かったのではないのですか?」
「ああ、辛かったさ! 生きて帰れる筈の無い戦地に友達を送り出す、妹を差し出す。そんな命令を平然と出していた自分が惨めで、怖くて、何もできない自分が辛かったさ!」
私は図書館で書き写したティアさんの死の際に残した遺書を差し出した。
「これは帝国の大半の図書館に所蔵されている、あなたが残した遺書の一部です。あなたは死を覚悟していましたね? 多くの学生がそうでした。あなたが一番最後だったのは、領主の娘だったから指揮官に任じられてしまっただけの事です。指揮官が前線で戦う筈がありません。あなたもわかっている筈です。前線に出たくても出るに出られない立場だった」
「そんな優しい言葉だけで許される訳がないだろう? 私の命令で三百人もの学生が命を......私のせいだ。私がみんなを......」
「ティアさん、このあなた自身の遺書を読んで下さい。思いだしてください。あなたの想いを! あの戦争で多くの人の心を動かした、あなた自身の言葉を!」
ティアさんは私が差し出した彼女の遺書を書き記した紙を差し出した。
「......あ......ああ」
そこには彼女の想いが綴られていた。
『私はもうすぐ死んで、この世を去るのでしょう。もう一度アリアに会いたかった。もう一度友人達に会いたかった。でも、天国に行ったとしても、それは叶わないのだろう。あの子達は決して私を許さないだろう。たくさんの友達や妹が死んだのは全部私のせいだ。私だけは地獄で苦しむのだろう。そうでなくても、私には彼女達に合わせる顔がない。みんな辛かったんだろう。怖かったんだろう。きっと痛かったんだろう。何が指揮官だ! 何が帝国の為だ! 理不尽な命令! 玉砕? あなた達は知ってるのか? 私達魔法学園の生徒が何人死んだのか? 私のために死んだ仲間! 人が焼ける匂い! 仲間の血の匂い! 仲間から託された想いの重さを! なのに皇帝陛下! あなたは、ただ命令を私達学生に命じただけ! 兵士は逃げ帰り、私達を置いて行った! 神様、どうかこの想いを届けて下さい! もう、二度とこんな惨い戦争をしないで欲しいと』
「あなたの想いが綴られた言葉です」
「私は皇帝に歯向かっていたのだな。さぞかし汚名を着せられたのだろう。仕方ない。どうせ私は卑怯者なのだから」
「......もう、自分を許してやって下さい」
「自分を許す?」
そう、彼女が百年もこの地に捉えられ続けた訳。それは彼女自身が自分を許せなかったから。
妹のアリアさんを死なせ。友人を死なせ。自分だけ自決したことへの後悔。
しかし、誰が彼女を責めることができようか?
十七歳の少女に、こんな惨い役割を与えてしまった戦争......それが一番の問題。
「この遺書は我がサフォーク家の騎士が見つけたものです。この戦いでは王国の騎士達も多くの者が苦しみました。子供同然の学生を何人も殺し、この戦いに生き残った者の多くが心の病を発症しました。この遺書を命からがら王国に持ち帰った騎士はこれを後世に残すべきだと、当時のサフォーク家の長に進言しました。実際、戦争が終わり、和平が結ばれた後、あなた方の皇帝に、あなたの遺書を渡しました」
「皇帝はなんと言ったんだ? こんな意気地なしの指揮官を罵りでもしたのか?」
「違います。当時の皇帝陛下は自らの過ちをあなたのご両親に語りました。涙を流して謝罪したそうです」
「こうてい、陛下がか?」
「はい。予備兵力に過ぎなかった筈の魔法学園の生徒が犠牲になり、誤って伝わってしまった玉砕命令に、皇帝も深く心を痛めたそうです」
ティアさんはほうけたような顔になった。ようやく、当時の自分の事や本当の事実がわかって来たのだろう。
「......玉砕命令は誤報だったのか」
「それはこの地を守備していた帝国兵へのものでした」
「やはり私のした事は......何の意味もない......」
「違います! あなたのこの遺書が戦争から玉砕というものを無くしました。皇帝陛下も我がレンブラント王国も、いかなる時も兵士に降伏の機会を与えました」
そう、彼女のこの遺書は、この大陸の戦争における一つの革新を起こした。
それだけではありません。何故このブランシェの街が帝国の領土でありながら、王国との行き来が簡単なのか?
「あなたの遺志はその後の人々に語り継がれ、二度とこのような悲劇を生まないようにと、たくさんの取り決めがなされました。その中の一つが、このブランシェの街と、我がレンブラント王国との取り決めです。王国はいかなる時も、この地を荒らさないと約束しました。あれから百年が経ち、三回の戦が起こりましたが、この街は耐えず戦禍から逃れています」
「私のしたことは意味があったのか?」
「はい。ありました。あなたの遺志は、この地に永世中立地帯を作り上げたのです。あなたは英雄なのです。そして、優れた指揮官としても高名です」
ティアさんは涙ぐみながら、悟ったようだ。もう、自分を許していいの......だと。
「自分を許してあげてください」
「ありがとう。王国の姫よ。私はあちらに逝ってもいいのだな?」
「ええ、きっと皆さんは待っていると思います。さあ、お逝きなさい」
ティアさんは涙を拭うと、その姿が消えていった。
「ティアさん」
私の彼女を呼ぶ声に、二度と答えは帰ってこなかった。
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