第29話英雄ティアの誤解1
「あなたは英雄アリアさんではありません。アリアさんの姉であるティアさんです」
「ち、違う! 私はアリア! 前線で戦い、命を落としたんです!」
「では、何故あなたの学園の制服のループタイは黄色なのですか? それは三年生のもの。アリアさんなら二年生のグレーの筈。それにあなた達姉妹の肖像画が残されていました。あなたの顔だちはアリアさんではなく……ティアさん」
「……ち、違う! 私はあんな卑怯者じゃない! 私は英雄アリアなのです!」
アリアさん、いえ、ティアさんは頭を抱え、叫び出した。
「ティアさん。アリアさんがこの地に遺恨を残し、ここに縛り付けられる筈がないのです。あなたは知らなかっただけ。そして、あなたがこの学園で総指揮官として命令を下し、妹さんや多くの学生を死地に追いやった事の罪の呵責から逃れられず、いまなおこの地に彷徨続けているのではないですか?」
「私がティア? 違う、私はあんな安全な後ろでただ命令を出すだけの卑怯者ではない!」
「あなたは卑怯者ではありません。思い出してください。あなたがどんなに苦しみ、前線に学友達を送り出したのか? そして、あなたの立てた奇襲作戦は王国兵に甚大な被害をもたらしました……あの戦いで、あなたもまた、英雄として語り継がれているのです」
「わ、私が英雄? ただ安全な後ろで指揮していただけの卑怯者の私が?」
「あなたは何故それ程苦しんでいるのですか? それは多くの学友や妹さんを死に追いやった事の罪の呵責ではないのですか? あなたが一番辛かったのではないですか?」
頭を抱え、苦しむティアさんには心が痛む。彼女は苦しんでいたのだ、百年間も。
「ティアさん。思い出してください。あなた達魔法学園の生徒が何故最前線に赴く事になったのか? それはこの地の駐屯兵が皇帝の命に背き、逃亡したからです。あなた達はこの街の市民が逃げる時間を稼ぎ、帝国の増援が駆けつけるまでの時間稼ぎをしたのです」
「わ、私は本当に役にたっていたのか? こんな卑怯者の私が?」
「これを見てください」
私は手にした一枚の古い肖像画の模写を見せた。図書館で失敬してきたものだ。
そこには二人の騎士服を着た少女が描かれていた。一人はティアさん、もう一人はアリアさんだろう。
「アリア……その横に並んでいるのは……私?」
「そうです。二人の英雄を描いた肖像画です。この街の人はあなた達英雄に感謝しています。今でもあなた達に感謝を捧げる感謝祭を毎年執り行っています」
「……わ、私が英雄? いや、やはり私は卑怯者だ! 妹だけ死に追いやり、蹂躙されて……どんなに辛かったんだろう? 私には罪を償いきれない。償いしきれないんだ!」
「あなたの妹さん、アリアさんは蹂躙などされてなどいません」
「う、嘘だ! 戦争で負けた少女兵がどんな末路を辿るかなんて!」
そう、この誤解を一番解かなければならない。妹さんのアリアさんは王国兵を二十人以上倒した剣の天才だった。そんな彼女が命を落とした理由。それは我がサフォーク家の当時の嫡男。当時の王国の騎士の一人だったリアム・サフォークが原因だ。
「ティアさん。アリアさんを倒したのは王国のサフォーク家の嫡男リアムでした。そして彼はアリアさんの婚約者でしたよね?」
「アリアを殺したのが、あのリアム様? 嘘です! あんなに仲の良かった二人がそんな!」
「お二人は愛し合っていたと聞き及んでいます。最初は政略結婚だった筈が、仲睦まじい恋人同士となっていたそうです。だからこそ、あなたの妹さんは討たれたのです」
「好いた男を殺せないアリアをあの男は討ったというのか! 王国の人間はそこまで非道なのか!」
「それも違います。彼を討ったのは、あなたの妹さんなのですから」
アリアさんは目を大きく見開いた。おそらく二人の結末に気がついたのだろう。
「アリアとリアム様は……お互いに……」
「そうです。アリアさんは剣の天才でした。彼女に勝てる相手などおりません。しかし、戦場で二人は出会ってしまった。戦いは一時間にも及びました。お互い、倒す機会は何度もあったと思います。しかし、お互い、それができなかった。そして、全ての人の憶測なのですが……お互い考えている事が同じ事に気がついた二人は」
「……互いに差し違えて」
「そうです。最後はまるで呼吸を揃えたかのように、同時に互いの胸を剣で貫いたそうです」
「......そうか」
そう、帝国も王国もこの二人の結末を後世に残している。
戦争がどの様に悲惨で惨い事を引き起こすのか?
愛し合う二人が殺しあい。結果、二人共互いに刺し違えた。
「やはりアリアは英雄なのだな。きっと、後世にあの愚かな戦争の悲惨さを知らしめたのだろうな」
「はい。アリアさんは英雄です。王国の兵もこの悲劇に心を痛めました。戦争は人の心をおかしくします。戦争において女性が被害にあうのは世の常です。しかし、アリアさんには王国の兵にもおかしなことはしませんでした」
「アリアの遺体はどうなったのだ?」
「愛し合っていた二人はそのまま近くの大樹の下に埋められました。お二人が天に召されても、きっとすぐに互いをすぐに見つけられるようにと願って同じ処に埋葬したのです」
「やはりアリアは立派だ。それに比べて私は」
妹さんが蹂躙などされていない事を理解してくれたが、もう一つのティアさんの心残りを解かなければいけません。
何故なら、ティアさんもまた英雄であり、後世に戦争の悲惨さを伝えた人物なのですなのですから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます