第34話金曜日
私は一冊の本を読んでいた。それは古書店で見つけたギルバートが読んでいたであろう小説。タイトルは『聖戦』。内容は異世界からの侵略者からこの世界を守るという物。
そして、肝心の五芒星の事もわかりました。異世界からの侵略者はゲートと呼ばれる物を通ってやって来る。そして、そのゲートを塞ぐにはこの街の命脈に異世界人より奪ったアイテムを収め、五芒星を形作る結界を作る事。
リリさんの推理は正しい。殺人はこの小説をモチーフにして行われている。犯人は五芒星を完成させ、結界を作ろうとしているのだ。
でも、何故? 結界を作って、何を塞ぐのか? これはただの小説。空想の産物。
これが……これがリリさんの言っていた、犯人が狂人である所以。
「ギルバートも容疑者の……一人」
思わず首を振る。そんな……そんな筈がない。ギルバートは虫も殺せない男の子。年下のリリさんにおちょくられる、良くも悪くも優柔不断な普通の男の子。
ましてや、あんなに仲が良かったクロエさんを……クロエさんを殺すなんてあり得ない。
でも、私の心の中にそこはかとない不安がよぎる。
そうして、不安の中、金曜日がやって来ました。
「いよいよだね」
「委員長、絶対に足引っ張るっス」
「……」
最後の聖地、カリユシの湖の湖畔に向かって、私達は馬車に揺られていた。
私は不安になっている。それは真剣勝負の前の不安に似ていた。それはつまり……ギルバートへの疑惑を払拭できないから。
「ジャック、ありがとう。ここで降りるわ。一時間後には戻るわ」
「承知しました、お嬢様。くれぐれも危ない事はしないでください」
「当たり前じゃないの。今日は湖畔で夕暮れを楽しもうと言うだけよ、危ない事なんて」
「だといいのですがねぇ」
ジャックは鋭い。これから犯人探しをするという私の不安を察しているようだ。
ましてや、容疑者を身内に抱えている訳だ。ジャックが気が付かない訳がない。
「ここね。この大きなモミの木が聖地なのね」
「ああ、そうだよ。懐かしいなぁ」
「これが聖地っスか? 随分と小さくないっスか? 多分、違うっス」
「「え?」」
私とギルバートは同時に声を発した。
そう言われてみれば、このモミの木は小さくて、聖地として相応しくない。
確か昨日読んだ小説の中では湖の精霊を祀った木と記されていた。
「ギルバート? 本当にこれなの? 十年前に見たのは、確かにこの木だけど」
「う〜ん、と。確か精霊を祀った木だから、これだと思うんだけど?」
「委員長! ちゃんと確かめたっスか? 子供の頃の勘違いじゃないっスか?」
「そう言われると自信ないよ」
「もう、これだから委員長わ! あそこの船着場で聞いてみるっス!」
私達はリリさんに促されて、船着場へ向かった。船着場は対岸の船着場への渡し船が出ている。この街では交通の要衝で、三十人は乗れる大きな船が見えていた。
「あの、すいませんっス。この湖の精霊が祀られている木ってどれっスか?」
「はぁ? お嬢ちゃん、そんなものに興味あるのかい? 昔はよく、お参りに来る人達もいたけど、今じゃすっかりなぁ」
「おっさん! そんな昔話はいいっス! 何処にあるっスか?」
「なんだ、そんなの対岸の船着場の近くの公園の中に決まってるさ」
「なんですって!!」
「ねえ、リーシェ。急にそんなに大声あげないでくれよ」
「ギルバートがいい加減だからでしょう?」
しかし、私は大変な事に気がついた。もう夕方近い。船は夜になると、途端に便数が減ってしまう。この船着場の感じだと、夕方の後はもう便はないかもしれない。
「あの。対岸への船の最終便は何時なんですか?」
「午後六時のと、次は七時だな。だけど、こちらに帰って来るつもりなら、六時が最終だぜ。船は一隻しかねえんだ。七時の後はあっちで船はドックに入って、帰って来れねぇて訳さ」
「ありがとうございます。すぐに六時の船に乗ります」
「いや、もう間に合わねぇぜ。今、きっかり六時だ、出航の時間だぜ?」
「……そ、そんな」
「待つっス。未だ錨を上げただけっス。出航時刻は錨を上げた時間で、未だ乗り降りのタラップは外れてないっス」
「ちっ。よく、そんな事知ってるな。直ぐに切符を買って、走れば間に合うかもな。だけど、もう出航の錨は上がってしまったから、タラップが外されたら、もう乗れねぇからな。間に合わなくても料金は頂くから、後で怒るなよ」
リリさんは何故そんな事まで知っているのだろう? 確かに船の出航は錨を上げた瞬間と決まっている。でも、実際にはその後、船と岸を繋ぐタラップや、ロープを外す時間が必要だ。当然、時間差が生まれる。
これは、王国も同じで、この大陸ほぼ全てに共通のルールだ。外航船も内航船も同じ。当然この船着場も。
「リーシェ様! 早く、料金を払ってください!」
「え? 私?」
「他に誰がいるっス?」
リリさん。酷いですわ。確かに私が一番裕福かもしれませんが、同じ学友でしょう?
なのに逆差別みたいで嫌ですわ。
「では、三人分。これで宜しいでしょうか?」
「ああ、確かに三人分頂いたぜ。走って転ぶなよ」
「みんな、急ぐっス!」
リリさんの一声で、皆、走る。船着場のタラップ目掛けて、切符をめいめい握りしめて、走った。
「ぎゃあ!!」
「リリさん?」
「だめだ。リーシェ! 今はとにかく乗ろう!」
「え? うん、わかった!」
リリさんは一番小柄なのか、全力疾走の私達より遅れたのですが、途中で転んでしまいました。かなり盛大に転んだので、今は治療を受ける方が先だと思うのですが……。
私はギルバートに促されて、つい、ギルバートと二人っきりで船に乗ってしまいました。
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