第35話殺人鬼
「リリちゃんは、肝心な時にだめだなぁ」
「ふふ。リリさんらしいですわね」
ギルバートと目が合い、つい微笑んでしまいました。
やはり、私の勘違いですわ。こんなに爽やかな笑顔のギルバートがクロエさんを殺したなんて、ありえませんわ。今日、私に何もなければ、彼の無実は証明されたも同然ですね。
「どうやら、着いたみたいだよ。お手をどうぞ。お姫様」
「いやだ。どうしたの? ギルバートったら?」
「男爵家の息子の僕から見たら、君はお姫様だろ?」
「止めてよ。あなただって、知ってるでしょ? 私の母が平民な上、グエル殿下に婚約破棄されたのよ。もう、平民となって生きるしかないじゃなくて?」
私がそういうと、ギルバートは頬を染めて私を見ていた。籠の中の鳥は手に届かないモノじゃなく、手に届くかもしれないと知ったと言わんばかりに。
「さあ、行こう」
「ええ」
こうして、私達は船着場で精霊を祀ったモミの大樹を探して、薄暗い公園の中に入っていた。
公園には魔法による街灯が灯り始めた。予定が狂ったので、あまり長い間はいられない。
暗がりで犯人と出くわすのは、あまりに危険だと思います。
「ねえ。何故ギルバートは私の後ろを歩くの?」
「逆に僕が君やリリちゃんの前を歩いた事があったかい?」
「……それは、そうだけど」
確かにそうだ。だけど、この状況で、男の子が女の子の後ろに着いて来るなんて……いや、子供の頃のギルバートはこういう時は決して私の後ろに隠れるような男の子じゃなかった。
……それに。
いや、考えすぎ。ギルバートも大きくなったし、私も大きくなった。剣術なら私の方が強いと思いますわ。サフォーク家の娘の剣は騎士団長のヴォルフ兄様直伝の折り紙付きでしてよ。
あの怖いクロード殿下の婚約を上手く誤魔化して、平民になって、ギルバートのお嫁さんになれたら? 以前は弟みたいって思っていたけど、湖の渡し船から降りる時にとってもらった手は男の子らしく、無骨で、剣ダコができた、硬い男の手でした。
私の知っている、子供の頃の小さくて柔らかい手じゃなく、男を意識させる手。
お姫様と言われて、手をとってもらった時、初めてギルバートも男の子なんだと実感しました。
そうですわね。あの怖いクロード殿下や、実の兄同然として育ったヴォルフ兄様の嫁になるより、お似合いなんじゃないかしら?
ごめんなさい。……クロエさんに申し訳ない……ですわね。
そんな夢想をしていると、何故かギルバートが止まった。
「ギルバート。何故止まるの? モミの木は未だ見えてないわ」
「モミの木はここから歩いて3分位の所さ」
「ギルバート?」
何故ですの? 何故ギルバートは?
「ギルバート。何故あなたは剣を抜いているんですか?」
「おっ! 気がついたかい? 流石、武家サフォーク家の一人娘だね。普通、気が付かないよ」
「そうじゃなくて、何故あなたが今、剣を抜く必要があるの?」
私がそう言って、胸に仕込んだ短剣を取り出して、ギルバートの方を向くと、私の知らないギルバートがそこにいた。
「……ギルバート」
「チッ。やっぱり武器を持ってたか。女の癖に、なんてヤツだよ」
そこには柔和な顔のギルバートではなく、歪んだ顔をした、私が見たことがないギルバートがいました。
「ギルバート。嘘よね? あなたじゃないわよね?」
「俺じゃない? 何の事かな? もしかして、クロエを殺した事とか? 誤解だよ。あれはクロエじゃないよ。クロエに成り済ました、異世界人だったんだ」
「……ギ、ギルバート。やっぱり」
「なあ。リーシェは僕の事好きか?」
「なっ! 何を言って!」
思わず顔が赤くなりそうです。先程までの夢想を読み取られたような気がします。
「クロエは僕の事、好きだったよな?」
「そうよ! クロエさんはあなたの事が好きでしたわ。誰でもわかる位に!」
「あいつ、どんな顔したと思う?」
私は体中の毛が逆立つかのような錯覚をした。
「クロエさんがあなたの事を好きだと知っていて、それなのに?」
「僕、殺すのがどんどん上手くなっているんだ。先ずは手や足の腱を切って、動けないようにして、適度に死なないように痛みを与続けて、顔なんかも結構ボロボロになるまで殴っても、意外と死なないんだ。この辺の加減はほんと、経験値だよね」
「私は聞いているますの! クロエさんのあなたへの気持ちを知っていて、あなたは殺したのですか?」
「君だって、僕の質問に答えなかったじゃないか? それに、それは僕が言いたかった事だよ。そうだね……流石に僕も迷ったさ。僕も彼女の事はまんざらでもなかったからね。でもさ。あいつ、凄い驚いていたよ。僕に聞くんだよ、なんでこんな事するの? てさ。あいつ馬鹿だよな。何でって、楽しいからに決まっているじゃないか? それで、そう言ってやったら、今度は泣き叫ぶんだ。助けて、止めてって、命ごいするんだ。あの時の表情な……最高だったさ。僕は興奮したよ。あの表情、たまらないね」
私は絶句した。私の知っているギルバートはそこにはいなかった。そこにいるのは、ギルバートの仮面を被った何か。
クロエさんの無念を考えると、胸が締め付けられる。命の危機に対する絶望、そして……好きだった人に殺されるという事実に砂をはむような気持ちだったに違いない。
「あいつ、涙を流して命ごいしたんだぜ、これが楽しくない訳ないよね?」
「クロエさんの流した涙は悲しみの涙だけじゃありません!」
「はあ? お前、何を言って?」
「クロエさんの涙は、あなたに対する哀れみの涙です!」
途端、ギルバートから殺意が立ち上った。
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