第36話異世界人
「君は本当に腹が立つ女だね。そうだ、未だ、答えをもらってなかったけど、もう一度聞くね。僕の事好きか?」
「ええ、好きでした。先程までは、本当に」
私は涙声になっていた。信じていた人に裏切られる。それがこんなに辛い事とは……それが異性として好意を持っていた人なら尚更。
「じゃあ、きっと、さぞかしクロエみたいにいい顔をしてくれるだろうね。そうだね、でもその前に君にも理由を説明しておかないとダメだよね。君が殺される事は仕方ない事なんだ。だって、君は異世界人なんだから、殺さないと、どんどんこの世界を乗っ取っていくだろう?」
「一体……何を?」
リリさんの言う通り、犯人の動機は狂気。ギルバートは殺人に快感を見出しているに過ぎないのに、その理由は異世界人だからと理由をつける。そんなの小説の中の虚構に過ぎないのに。
「僕ってさ。君やクロエと違って、しがない男爵家の息子だろ? だけど、唯の男爵家じゃないんだぜ。前は子爵家だったのに、親父の部下が国のお金を横領なんてやってしまってね。領地を没収された挙句、男爵家に降格さ」
「それが何だって言いますの?」
「そう急かないでよ。順に追って話すからさ。そう、領地のない僕の家はお金に困ってね。男爵家なんて名誉だけの貴族の末席なのに、子爵家の頃のような生活をしようと思うから大変さ。妹は夜の街で街頭に立たされたんだぜ。あいつ、未だ十三なんだぜ。親父も親父だけど、買うやつも大概だよな。そう、僕も時々客を取らされるさ。とんでもなく歳のいったおばさんとか、おかしな趣味の男とかさ」
「だから、それが何ですの!」
私は不快な話ばかりが耳に入り、とんでもなく憂鬱になった。ギルバートが壊れた理由がわかって来たから。
「もうちょっと、ちゃんと聞いてよ。これから君は死ぬんだよ。ちゃんと、死ぬ理由位わかっていた方がいいって思わないかい?」
「私は死ぬつもりなんてありません!」
「君がそのつもりでも、僕が許さないからさ。だから聞いてよ。僕はそんな境遇だったんだけどね。ある日、神様から使命を託されたんだ」
「使命?」
「そうさ。ある日、夢を見てね。神様からこの世界を救って欲しいと、異世界人から守って欲しいってお告げをもらったのさ。そしたらさ、僕には見えるようになったんだ」
「一体、何が見えるのです?」
「糸さ。異世界人の頭には糸が天と繋がっているんだ。だから、すぐに僕にはわかる」
それだけ話すとギルバートはニッコリと、そして歪んだ笑いを浮かべた。
「船から降りる時、手を貸したよな? あの時、リーシェは僕に好意を持ったよね? 隠さなくてもわかるよ。顔が赤かったし、顔に好きって書いてあった」
「そ、そんなこ……と」
いや、確かにあの時私はギルバートに心を持って行かれた。いつの間にか大人になった幼馴染に男性としての魅力を感じた。
「クロエの時もそうだったよ。あいつ、ちょっと優しくしたら、あわあわと、顔を赤らめたり、うっとりした顔して、傑作だぜ、これから殺されるのにさ。ほんと、あいつ馬鹿だよね」
「クロエさんへの侮辱は許しません! あッ!!」
あまりの暴言に冷静さを欠いた瞬間、キンという金属音と共に、私の持っていた短剣がギルバートの剣で跳ね飛ばされてしまい。
「油断したね。ようやく隙をつけたよ」
「クッ!」
失敗しました。この時間では人が通りかかる可能性はありません。流石に徒手空拳で剣と渡り合える筈がない事は誰にだってわかる事。
「さあ、最初は足の腱から切るかな? それとも手? もしかしたら、耳とか、目にブスッと行くかもね。楽しみにしてよ」
「好きなようになさい。必ず天の捌きが落ちます」
「あれ? 観念しちゃった? 大丈夫だよ。手足の腱を切って動けないようにしたら、たっぷりと殴ってあげるから。そうしたら、クロエみたいに情けない顔で命ごいするに決まっているからさ」
そう言うやいなや、ギルバートは剣を振るって来ました。私の右手の腱を狙って。
すかさず、剣を避け、ギルバートに接近して、体当たりする。
「あなたの方こそ油断ですわ。サフォーク家の家訓に諦めるという言葉はありません」
「チッ。逃げられると思うな」
急ぎ、船着場に向かって走る。学園の制服でスカートの私に対して身軽な衣装のギルバートの方が有利。
それでも、最後まで諦めたりなんてしません。死んでも命ごいなんてしません。せめて一矢報いでおけましょうか?
あと少し、あと少しで小道に出る。あそこまで行けば、船着場からこちらが見える。誰か気がついてくれるかもしれない。
「……あッ!」
しまった。木の根が飛び出ている事に気づかず。
「はあ、はあ。どうやら、これで鬼ごっこも終わりみたいだね。こんなの十年ぶりだね」
「グゥッ!」
思わず唸ってしまいました。不覚です。おめおめと殺人鬼にしてやられるなんて、サフォーク家の名折れ。
「覚悟しろ。まずはその足の腱を切ってやる」
そう言って、剣が振り下ろされ、斬られる、そう思った瞬間、きぃんと金属音が響いた。
ギルバートの剣は誰かの剣で受け止められました。
「ク、クロード様!」
そこにいたのはクロード殿下でした。
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