第37話殺人鬼の最後
「なかなかやるね」
「俺が本気を出しているとでも思っているのか?」
ギルバートが挑発し、剣と剣が擦れる音が更に強く鳴り響く。
まずい。
クロード様は一切の迷いなく、驚くほど精確無比の一撃を畳み込み続けている。
しかし、その的確な剣筋を容易く受け続けるギルバートの剣もまた、人並外れている。
押しているのはクロード様だが、何か嫌な予感がする。
先程、ギルバートは虚言を以て、隙を突いて私の短剣を跳ね除けた。
おそらくギルバートの強さは剣筋事態より、意表をつく、卑怯ともいう剣。
シュッ!
ギルバートがクロード様に向かって、懐から短剣を投げつけた。
私の使う、剣技用の短剣ではなく、投擲用のダガーというタイプの小型のもの。
クロード様は必死に回避する。だが、回避を予測したダガーが更に迫る。
無理やり体を捻って避ける。だが、それも誘い。
ギルバートは急速に接近していた。クロード様がダガーを避けている間に。
そこに、剣撃によるラッシュ!
更に避ける、だが。
「がっ、あっ!」
一撃もらってしまう。
「クロード様!」
私も挫いた足に鞭打って、微力と知りながらも、声をかける。
更にギルバートの剣がクロード様に襲い掛かる。
シュン!
「グァ! 何だと!」
ギルバートが腹に刺さった私の投げた短剣を抜いて投げ捨てた。
短剣が一本だけなんて、誰が決めたのかしら?
最後の切り札は最後まで切らない事が肝要よ。
「すまん。リーシェ!」
クロード様は私の作った、この機会を逃さなかった。
クロード様の鋭い剣が軌跡を描きながらギルバートにめり込んだ。剣は胴体を貫通し、背中から突き出た。
心臓を破壊、更に剣を引き抜き、顔を殴打、更に左手の拳で、腹に一撃!
更にギルバートの腹を何度も何度も殴る。
とても嫌な音がした。
「クロード様!」
「すまん。お前を害されて、気が高ぶった」
「はい。ギルバートはもう、死んでいます」
クロード様が見下ろす先には既に息絶えたギルバートがいました。
胸の心臓を貫かれては生きている筈もございません。
「クロード様。大丈夫ですか?」
「かすり傷だ。気にするな」
「かすり傷な訳がないでしょう? 上腕二頭筋は大事な筋肉です」
「治癒の魔法でもかければすぐに元通りだ」
それはそうですが、一国の皇子ともあろうものが、共も連れずに私の為にこんな処に来て頂いたとあらば、一大事です。
それに、何故クロード様はここに?
「リーシェ様! 良かったっス!」
ガシッとリリさんにしがみつかれてしまいましたが、足を挫いているので、避ける事もできません。
「リリさん? 何故あなたまでここに? 対岸にいた筈じゃ?」
「あれは一芝居だったっす。うちはギルバートが怪しいと踏んで、予めクロード様に相談して、来てもらったっス」
「まさか対岸まで行ってしまうとは思わず、焦ったぞ」
「そのために騎馬も用意してもらったっス」
「ギリギリではないか? リーシェでなければ、最低、今頃怪我はしていたぞ! 万が一、リーシェの肌に傷でもついたら、どうするつもりだったのだ?」
「賢いリーシェ様が簡単に殺されてしまう筈がないっス」
「ふぅ」
思わず安堵の声が漏れてしまいました。
「クロード様、リリさん、ありがとうございます。あなた達は私の命の恩人です」
「好いた女を守るのは男として、当然ことだ」
「そうっす。好きな人を守るのは当然っス」
リリさんは黙っていてくれないかしら?
と、言いますか、私を窮地に追い込んだのはリリさんですよね?
おかげで犯人をあぶり出すことに成功はしましたが、何気に私の命を使いましたよね?
とは言え、一応、命の恩人ですから、水に流しましょうか。
気が付くと、クロード様が私に手を差し出す。
「足を挫いたのか? そんな身体で短剣を投げてくれたのか?」
「サフォーク家の女が無様に倒れていたとあっては、家の恥です。少しでもお役にたてていたら幸いです」
「あの一投が無ければ、負けていたのは私の方かもしれん」
「お役に立てたと知れて嬉しいです」
私はクロード様の手を握って、立ち上がり、いや、抱き留められた。
「あまり危ないことはしないでくれ」
「......クロード様」
クロード様に抱き留められても嫌と言える筈もなかったが、ギルバートの死に顔を見て、やはりさっきのは現実で、夢でないと知り、悲しい気持ちになります。
壊れてしまったギルバート。
そのギルバートに殺されてしまったクロエさん。
気が付くと、私はクロード様の胸の中で泣いてしまいました。
「忘れろ。ギルバート君は俺の幼馴染でもある。俺も辛い。だが、お前が生きていてくれた事は嬉しい」
「忘れたいです。でも、こんな事って、あります? あんまりです」
「ギルバートは心に悪魔が住んでしまっただけ。ただ、それだけだ。良くあることに過ぎん」
クロード様はどこか遠くを見て、そうおっしゃいました。
まるで、同じ様な場面を何度も見て来たかの様な声色でした。
「俺は好いた女に近づいた男に嫉妬し、手打ちにした。いいな?」
「クロード様! いけません!」
私は痛む足をこらえてそう叫んだ。
クロード様の考えはわかりました。
それはギルバートの家族の為。
もし、ギルバートの殺人が明るみになれば、ましてや皇子であるクロード様に刃を向けたとあらば、一族全員、死を賜る。
だからと言って。そんな事を言えば、またあなたの風評は好きな女性を奪いとる為、相手の男を殺した冷酷な皇子と言われてしまいます。
クロード様?
あなたは冷たいお方ではなかったのですか?
それとも、今見せている顔が本当のあなたの顔なのですか?
私は震える声で叫んでいた。
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