第38話エリス再び

「いけません! そんなことをすれば、殿下の名に傷がつきます」


「そんな悲痛な顔で言われてもな......ギルバートの妹さんのこと、お前も気にしているのだろう?」


「そ、それはッ!」


キリリと唇を噛んでしまう。


ギルバートの罪が明るみに出れば、おそらくギルバートの妹さんも家族共々処刑される。


貴族は一挙手一投足の全てに責任が生じる。


人の上に立つからには相応の覚悟が必要。


だからと言って、ギルバートの罪を彼の妹さんが被るのも筋違いとも思えます。


私はどうすればいいのか分からなくなってきました。


王太子妃教育を受けた私の理性は殿下にNoを伝えている。


しかし、真意は?


「リーシェ。唇から血が出ている。お前が一番辛いのだろう? お前とギルバートの妹さんとは仲良くしていたのではないか?」


「......クロード様」


そう、私はクロード様とは十年ぶりにお会いしましたが、ギルバートとは、その後数年間縁がありました。


ギルバートの妹さんとは会ったこともあるし、とても良い子なのです。


『夜の街で街頭に立たされたんだぜ。あいつ、未だ十三なんだぜ』


ギルバートの言葉が蘇ります。


不幸の連鎖。ご両親はともかく、妹さんは。


「やはり、だめです。貴族の世界に甘さは必要ございません! こういう時、止めるのが私の役目と心得ております!」


「お前は未だ俺の婚約者ではないだろう?」


「クロード様はずるいです!」


「ずるくても、俺の言う通りにしてくれ。俺はお前が悲しむ顔は見たくない」


「クロード様はやっぱりずるいです」


そっと、抱き寄せらるが、抵抗する気になれなかった。


ひたすら何かに縋りたい衝動にかられたからです。


「......クロード様」


「お前は優しい女だ。あまり無理はするな」


そう言う手に力がこもる。


殿方の胸の中で、私はついつい、泣きはらしてしまいました。


「リーシェ様。一応、一目はございますし、未だ婚約前です。自重下さい」


「リ? リリさん?」


リリさんの存在はつい失念しておりましたが、驚いたのはその口調です。


いつもとは違う、流暢な丁寧語。


私は一旦、クロード様から離れると、リリさんに問いかけた。


「リリさん。あなたは一体、何者なのですか? あなたの存在はあまりに私に都合が良すぎます。まるで、私の為にいるような存在。そんな人物が偶然とは、私には思えません」


「流石アリス様のお子様。賢くお育ちになられました。さぞかし、カーミラ王太后様もお喜びになられることでしょう」


「......リリさ、ん?」


リリさんの言葉から推測されるのは、おばあ様、カーミラ王太后様の手の者?


「リーシェ様の推測の通りです。私は古くからレンブラント王家を陰から支える、ブルックス家の者です。全てはカーミラ様のご指示で動いておりました」


「では、小瓶の謎を解いたのも、私を助けてくれたのも?」


「はい。全てはリーシェ様の為に、動きました」


私は大きな喪失感を覚えました。


クロエさんがいなくなり、自業自得とはいえ、ギルバートもいなくなり。


リリさんまでいなくなったら、私の友人は誰もいないではありませんか?


「リーシェ様? 私はこれからもリーシェ様と以前同様に接しても構わないのでしょうか? 私とリーシェ様では身分が異なります。例え、身分の差がない、魔法学園内のことでも、私には以前同様、リーシェ様と接する事ははばかれます」


「お願いです。そんな他人行儀な......リリさんの顔のままでそんな喋り方はしないでください。どうか、いつもみたいに、リリさんらしく、私にお話になって下さい!」


私はいつの間にか、嗚咽していた。


まるで、全てを無くしたかのように思えました。


「わかったっス。じゃ、いつも通りでいいっすね?」


「はい。いつものリリさんでお願いします」


私は迂闊にも、いつものリリさんが戻ってくれるかと思えたら。つい、そんな言葉が漏れてしまいました。


「わかったっス。これで、一生、うちはリーシェ様とずっ友っス」


「......え?」


今、一生って言いましたか?


私は眩暈がしてきました。


この見た目は可愛らしい生き物の中身はとんでもない小悪魔に違いありません。


「それじゃ、一生、ストーカー飼ってるのと同じじゃないですか?」


「リーシェ様。酷いっス。うちがリーシェ様を尊敬しているのは本当だし、委ねられた王家の者を一生守るって、誓ったっス」


なんてことでしょう。


私は生粋の付きまといを自分自身で認めてしまいました。


私が真っ青な顔をしていると、リリさんが声を高らかにこう言いました。


「これにて、一件落着!」


思わず、ため息が出てしまいましたが、前よりリリさんの存在が好ましく思えたのも事実です。


こうして、私達は船着き場に戻り、嘘の証言をクロード様のため......いえ、ギルバートの妹さんの為にしました。


☆☆☆


「男子注目! また転入生だ。可愛い子あの子が帰って来たから、頑張れよ! 特に男子!」


そう、厳しい一方、明るい声でホームルームを仕切っていたのは、クロード様のおかげで産休をとらされていた、本来の先生だ。


殿下は担任を降りた。


自身の生徒であるギルバートを私を巡って殺したことになっている。


当然と言えば、当然です。


しかし。


「皆さん。お久しぶりです。。エリスです。以前同様、どうかよろしくお願いいたします」


そう言って、妖艶な表情を浮かべ、頭を下げたのは、私の婚約者だったグエル様を奪った男爵令嬢エリスさん、その人でした。

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