第39話最後の幼馴染

「随分と寂しくなったっすね」


「そうね。二人っきりになってしまいましたね」


「二人っきり!」


リリさん、そこで変なテンション上げないでください。


怖いです。


「一応、俺もいるんだがな」


「クロード様は奉仕部の顧問っす。部員はリーシェ様とうちだけっす」


クロード様はむくれているが、リリさんは少々クロード様には棘がある。


リリさん。演技ではなく、本当に百合の方ですか?


今度、おばあ様にお会いしたら、直球で自重するように言ってもらいましょう。


「ギルバートの件の報告がオリバーからあったが」


「本人から聞きました。哀れな人生になってしまったのですね」


「オリバーに命じて、妹さんはしかるべき人物に引き取らせようと思う」


「ありがとうございます」


「礼を言われるのは心外だ。俺も仲間だったのだからな」


クロード様は決して冷血漢では無いようです。


ただ、環境がそうしただけ。


王太子妃教育を受けた私には段々とわかってきた。


......それにしても。


もうじき、クロード様との約束の一か月になる。


婚約を受けるかどうかという件のことです。


正直、受けざるを得ません。


皇室に失礼になりますし、貴族の縁談として、これ以上のものはございません。


そんな事を逡巡していると、奉仕部の部室をノックする音がしました。


「どうぞ、お入りください。ようこそ、奉仕部へ」


そう、私が言うと、一人の少女が入って来ました。


......彼女は。


「お久しぶりです。リーシェ様、クロード様。覚えていますか? あの秘密の庭園で会った、エリスです」


「え?」


「エリスだと?」


そう言って妖艶にほほ笑んだのは、私達の最後の幼馴染、エリスさんでした。


ぼんやりした思い出が、ようやく形になりました。


クロード様、ギルバート、私、そしてエリスさん。


四人があの秘密の花園で出会って、それから二年間、ずっと一緒でした。


「クロード様、子供の頃は私に婚約を申し込みませんでしたか?」


「子供の頃の話だ」


ゾクリと背筋に悪寒が走った。


グエル様が私への視線を、このエリスさんに向け始めた頃を思い出す。


「エリスさん? クロード様は帝国の皇子様なのですよ?」


「あら、存じあげておりますが、ここは魔法学園内ではなくて? それとも、グエル殿下の時のように牽制ですか? 私の方から誘っている訳ではございません。ただの昔話。ましてや、クロード様とは正式に婚約された訳ではないのでしょう? 一体何が問題ですか?」


エリスさんの言葉に不安がよぎる。彼女の言う通りだが、彼女がクロード様へ関心があるのは間違いございません。


「悪いが、俺が婚約を申し込んだのは、リーシェだけだ」


「なッ!!」


「子供の頃の昔話がしたいのなら、リーシェとでもするがいい」


なんと、クロード様はエリスさんを一蹴してしまいました。


「ちゃ、ちゃんと、私の目を見て下さいまし! そうすれば!」


「目? 目を見たからなんだと言うのだ?」


クロード様がエリスさんの目をしっかりと見据える。


「目を見て頂ければわかります。どうです? もう一度聞きますね。子供の頃、私に婚約を申し込んだのは私にですよね?」


「いや、俺が婚約を申し込んだのはリーシェだけだ。君は綺麗な子だったから、あちこちで婚約を申し込む男が多かったのだろう。だが、俺が婚約を申し込んだ事があるのは、後にも先にもリーシェだけだ」


「......そ、そんな」


何故かエリスさんが狼狽しています。少々不思議に思いましたが、安堵している自分がいました。


「一体どういう事? 仕方ない。今日は出直します。奉仕部の皆さん、また来ます。今日はこの辺で」


エリスさんは謎の言葉を発して、部室を出て行かれました。


「そんな心配そうな顔で見るな」


「し、心配などしていません!」


この冷血漢は女心がわからない朴念仁です。


本当のことを言わないで欲しいです。


☆☆☆


エリスSide


「なんで、なんで、なんでなんでなんでなんで!! なんでなのよ! なんでクロードには私の目が通用しないのよ!」


私の目を見て何とも思わない人間なんている筈がない。


何故?


はッ!!


「ミスリル銀のアミュレット!」


そうだ。帝国皇室の人間は王国にはないミスリル銀のアミュレットを身に付ける。


確か、アミュレットには魔法耐性があるものがあると聞く。


グッ、と、唇をかみしめる。


子供の頃から嫌いだったリーシェの新しい婚約者を奪って、私が帝国の皇子の婚約者になる筈だった。


グエルの時は簡単に私の手に落ちたし、今回も簡単なことだと思っていたら、とんだ番狂わせ。


今頃、可哀想なリーシェは新しい婚約者からも捨てられて、嫁のあてもなく、修道院にでも行くしかない人生だったのに。


ギルバートが哀れですって? 馬鹿じゃないの?


あんな、たかが男爵風情ごときが私に色目なんて使って来るから、ちょっと力を使ったら、おかしくなっちゃって。


笑える。あの、生意気なクロエも殺してくれたんですって?


本当に笑える。


「それにしても、一体どうすれば? 時間さえあれば。アミュレットを外したタイミングさえ狙えばいいだけなのに......リーシェが邪魔。ちッ!」


リーシェを殺せば?


以前ギルバートから聞いたことのあるご禁制の魔法の毒のことを思い出した。


「フフッ、アハハハハッ!」


気が付くと、私は笑いが止まらなくなっていた。

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