第20話やっぱり無理
「クロード殿下、いい加減その馬鹿らしい変装は解いては如何ですか?」
「やはり気が付いていたか?」
気が付かないとでも思ってらしたのかしら? あれだけの手勢は我がサフォーク家でも持っておりません。と、あらば帝国の皇族か王国の王室のどちらかですわ。それに先程のやり取りで、正体を示唆する発言が多々に見受けられました。私の命を心配してという点については感謝しますが。
クロード様は仮面を外されました。すると、認識阻害の魔道具の効果が消えて、綺麗な黒髪、翡翠のような紫の目が現れました。鑑賞用でしたら、私も腹が立たないのですが、自身の婚約者となると話は別ですわ。
しかし、今回の件で、少しクロード様のことを見直しました。普通に考えれば私を殺害した方が話は早い。
政略結婚と思っておりましたが、アルフレッド陛下との会話ですと、クロード様にとって私との婚姻はそれ程重要ではない。という事は彼は本当に私に好意を持っているのではないかと思うと、少し心が揺れた。
愛されている。女にとって、これ以上の幸せはありません。グエル殿下に捨てられた私の心の隙間を埋めてくれるようです。
「済まなかった。だが、信じて欲しい。俺は決して惚れた女を殺したりはしない」
「......クロード殿下」
いけませんわ。流石帝国随一の美貌を誇る殿下。私の気持ちも、かなり揺らいでしまいました。
「それにしても美しくなったな。見違えたぞ」
「お化粧のことですか? 実は学友に教えてもらいまして」
「美しい。もっと良く顔を見せてくれ」
そう言って顔を近づけて来るクロード様。近い、近い! こんな間近でその美貌に美しい紫の瞳で見つめられたら、心臓の鼓動がおかしなことになっておりますし、先程から頬が赤くなっていることは自覚しております。
「ちょっ!! 殿下、一体何を!」
「何と言われても、好いた女にすること言ったら、キスをして、愛を身体で確かめ合うことに決まっているだろう?」
キスだけでも驚きなのに、それ以上に斜め上の事を言われましたわ、この美形めは。
「ちょっと、待って下さい。まだ私達は婚約に至っておりません。それに、いきなりキスしようとする所か、それ以上のことをしようだなど、私を何だと思ってらっしゃるのですか?」
「何だと言われてたら、この世で一番好いた女としか言えんな。そうか、人にお前の声などが聞かれたら恥ずかしいと思ったのか、安心しろ、この馬車には防音の魔法に中は見えないように魔道具が配されている。だから安心しろ」
そういう問題ではありません! 好きだからキスして押し倒すなんて、考えられません。
この方の常識はどうなっているのでしょうか?
「殿下、殿下のような方に見染められるのは嬉しいのですが、そんなに私が軽い女と思ってらっしゃるのですか?」
「軽い女? お前がか? そんな訳がなかろう。むしろ、身持ちはかなり堅そうにしか思えん」
「なら、何故殿下に見つめられるとキスどころかその先まで行こう考えるのですか? 普通、それなりの交際を経てからのことですわ!」
あたり前である。いや、それ以前に未だ婚約した訳でもないのに、唇を許す訳がございません。一体、この方は何を考えておられる?
「お前は不思議な女だ。流石俺の惚れた女だ。今まで俺に寄って来た女に見つめて拒んだ女は一人もいなかった。全く驚きだ」
「いや、驚いたのは私の方です! 殿下程の美形でしたら、見つめられてぼーっとなってしまうのはわかります。しかし、それだけで唇や身体を許す女などおりません。私をからかってらっしゃるのですか?」
「うん? そんな筈はない。今まで拒んだのはお前が初めてだ」
は? 見つめただけで、即ゴール? そんな話があるのですか? 帝国の女性は一体何をお考え?
「帝国ではそれが普通なのですか?」
「いや、他国の女も皆そうだったぞ」
一瞬、帝国は性に奔放なのかと思ってしまいましたが、違うようです。しかし、一つの結論に辿りついて、私は殿下に教育を施すことにしました。
頻繁に唇や身体を求められてはかないません。そんな非常識な殿方は会ったことがございませんが、殿下の場合はあり得ます。
「殿下、僭越ながら、殿下に常識をお知らせしたいと思います。失礼はお許しください」
「俺が非常識? 俺がか?」
心底意外そうな、この美形の非常識人に私は言い聞かせるようにした。
「殿下、女性は簡単に唇や身体を許したりはしません。自分だけを愛してくれると信頼に足る方か、婚姻した方のみです。平民ですらそうです。それが貴族ともなると、好きであろうと、自分だけを愛してくれると思っていても簡単に許したりはできません」
「どういうことだ?」
「私達貴族の娘は自分だけの身体ではありません。政略の都合、突然婚約を求められたりします。違う殿方と関係を持っていましたら、差し障りがございます」
殿下は顎に手をやり、考えこむようにして、口を開いた。
「では、何故あの女達は俺が見つめただけで、身体を許したのだ? 俺にとっては、定期的に来るので、都合が良かったのだが、お前の話を聞いて、理解できない」
「簡単な理由ですわ。殿下には婚約者がおりません。そして、殿下の子種を身ごもったら、利益となる家が多いのも事実です。最低、愛妾にはなれます」
殿下は心底驚いた顔をされた。しかし、自分が見つめれば、女が落ちると本気思っている非常識は改めませんと、未来の婚約者としては、心配です。
「......そういうことだったのか」
「そういうことです。それに殿下程のご年齢ですと、お好きになられた女性はいらっしゃいませんのですか?」
「俺が好きになったのはお前が初めてだ」
いや、突然恥ずかしい事を言われて頬が更に赤くなっておりますが、殿下の非常識を改めることが出来たので、先ずは一安心です。
殿下が経験豊富なことは察しはついていました。何しろ私より一回り上の年齢、この美形です。これで女性経験がない筈がありません。
想像以上に経験豊富な癖に恋愛経験は0なようなので、そこは少々引きましたが。
「済まなかった。どうやら俺はとんでもない勘違いをしていたようだ。失礼を許してくれ」
「わかって頂けましたら、私も安心します」
「すまなかった」
そう言って、距離を取って頂けたので安心する。その美形が近くにいると、どうしても心臓の鼓動が高鳴ってしまうので、助かります。
「という事は婚約を速めれば良いのだな?」
「それはそうですわ」
私は殿下に少し気を許していた。この方であればと。
「安心しろ。王国の問題は片付いたし、帝国の問題も処理済だ」
「帝国の問題?」
私は首を傾げた。確かにあり得るが何のことかしら?
「家族にお前との婚約を告げたのだが、姉上と兄上が反対してな」
「それで説得なさったのですか?」
「いや、二人には死んで頂いた」
......私、やっぱり、この方は無理です。
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