第21話懺悔2
はあ、と、ため息が出てしまいます。クロード様という美形に見染められたことは他人から見たら、なんと運の良い事かと思われると思います。
ましてや私はグエル殿下に婚約破棄された身。私はグエル殿下とキスすら交わしておりませんが、一般的に言えば、一線を越えていると見なされてしまいます。
つまり、他者の手あかのついた女という烙印がおされてしまうのです。
その上、王室と確執が発生しかねない身ですから、新たな婚約など諦めておりました。
でも、クロード殿下に見染められた事は億劫です。何しろあの美形めは、私との婚約に反対した実姉と実兄に死んで頂いたと、軽く言うのですわ。
彼が氷の皇子と言われていることを忘れていました。
出来うる事なら、あの冷血漢との婚約はなかった事にして、平民になって気ままに生きたい。
そんな事を考えていると目的地に着きました。
「ジャック、ありがとう。夕方、また迎えに来てね」
「はい。承知しました、お嬢様」
従者のジャックに馬車で送ってもらったのは教会ですわ。
貴族の務めである奉仕をしませんと。私はボランティアでシスターの仕事をしています。
もちろん、貴族の娘である私にできる事は限られ、大半が雑用です。その雑用の中で、一番意義があると思うのが懺悔室の仕事です。
人は絶えず罪を犯して生きている。でも、罪を罪と感じているか、何とも思わないかでは運雲の差があります。罪を何とも思わない人間はもっとも罪が重いと思います。
私は懺悔室に入ると、早速一人の男がやって来た。
幸い、あの冷血漢ではございません。ほっとしました。
さあ、一体何の懺悔でしょうか? 若い男性ですから、好きな女性に意図せぬことを言って、嫌われしまったとか、そう言った類が多いですわね。
......しかし。
「私はとある高貴な身分の方の兄上と姉上の首を刎ねました」
どどーんと重苦しい気分ですわ。懺悔室に良くある重い話題とは、不貞を働いてしまった男性が妻の怒りを恐れて懺悔と同時にどうすればいいか相談に来るレベルの物です。
それですら、十代の私には荷が重いのに、この方は一体何故にここまでヘビーな懺悔を?
神様。私は何か罪を犯したのでしょうか? 教えて下さい。懺悔したいです。
はっと、我に返り、マニュアル通りの対応をする。
「神は罪を告白すれば、全てをお許しになられます」
「ありがとうございます。シスター」
「できる範囲でお話ください。気持ちが楽になりますよ。神は罪を罪と認識し、懺悔する者を許します。赦されない者は罪を罪とすら思わない者だけです」
「はい。しかし、ここで話す事は他言無用に願います」
「わかっております。懺悔室で話した事は一切他言致しません。神に誓います」
男は他言無用と言うと、話し始めた。しかし、この男はどこかで見たことがある。
......そうか、あの時の。
私は思い出した。婚約破棄された晩餐会の賓客であるクロード様の従者だ。
と、いう事はさる高貴な方とは......クロード様のことですわね。
「私は皇帝陛下からあの方の兄と姉の処刑を命じられました。あの方の兄は武の才能も政務の才能のありませんでした。しかし、長兄であると言う事実はあり、皇帝陛下も苦慮しておりました。皇帝陛下のお話によると、かの方は罪も無い平民の女性をつれさり、おもちゃにして、その命を奪っていたそうです......娯楽の為に」
「......」
私は何も言えませんでした。皇族なら、それは可能です。しかし、いくら皇族とはいえ、許されることではありません。同じ女性として憤りを感じざるを得ませんし。
彼はオリバーという名だったと思いました。クロード様の兄と姉への行いは私との婚約を認めさせるという理由だけはない事がわかりました。皇帝陛下の命はクロード様の物ではありませんし。
「あの方の姉上の話もさせて下さい。あの方の姉上は宰相と結びつき、この国を裏から支配するおつもりのようでした。帝国の官吏の腐敗の元凶は彼女です。民が飢えても彼女が飢えることはありません。代わりに行おうとしたのは、増税でした。あの方に阻止されましたが、ほおっておけば、将来、力をつけ、民の事など考えない女帝が誕生したことでしょう」
私は何故皇帝が彼の兄と姉を処刑した理由を察しました。
何より、皇帝が二人の存在を煙たく思ってらしたのですね。クロード殿下は皇帝陛下の命に従ったまででしたのですね。
「あなたの罪は帝国の為の行いだったのですね?」
「はい。そうです。きっかけはあの方が婚約者を迎えたいとおっしゃっていた事が原因でした。今は敵国ヘルク王国との衝突が危惧されます。政略として都合の良い婚約だと思います。しかし、あの方の婚約を結ぶことは将来のパワーバランスの変化をもたらします。それであの方の兄上と姉上は婚約に反対でした。帝国にとっては将来のことを考えると適切な政略結婚と言えます。それが将来のあの方の地位を固めることになり、お二人ともそれを看過できなかったのです」
「......つまり、お二人は帝国にとって、既に好ましくはない存在だった。少なくとも皇帝陛下をそうお考えだったのですね?」
私は段々とクロード様の立場がわかってきました。第二皇子である彼は兄と姉の処刑を命じられた。
「あの方は命を受けた時、泣いておられました。私はあの方が唯一心を開いて頂ける家臣という自負がございます。あの方の本当の姿は、冷血漢などではありません。子供時代の事を話し、泣いておられました。兄に遊んでもらった記憶、姉に頭を撫でてもらった記憶。あの方は嫌だと泣いておられました」
「......」
意外でした。あんなに軽く兄と姉に死んで頂いたと聞いた時は、なんて冷血漢かと思いました。
「私はあの方に代わり、お二人を処刑しました。今でも恨めしそうに私を睨む顔が忘れられません。あの方は自分には出来ないとおっしゃいました。だから私が志願しました」
「あなたは罪に苛まれているのですか?」
「はい。今でも夢に見ます。お二人が私を沼に引きずり込んでいく様に、本当に冥府から呼ばれているように思います。皇帝陛下の命でなければ、もっと寛大な措置をと思えました」
私は寛大な措置はあり得ないと思いました。遺憾を残したまま生かせば、必ず報復が来ます。
皇帝陛下はそれを恐れたのでしょう。ましてやお二人は帝国に相応しくない皇族。......と、あらば、命を奪うことは当然のことです。未来の国の安全には変えられません。
王族は家族であっても、国のためには厳しい処断が必要です。私の王太子妃教育では、家族への処罰に甘い決断をしようとした王には......厳しい処分を下すように進言するというものもありました。
「あなたに罪はありません。国家にとって、然るべきことを行っただけです。誰かがやらなければならない事をやった。あなたは人を殺めた事を悔いています。悔いる事が出来るのであれば、あなたに罪はありません。これからは時々お二人の冥福を祈りください。神はお許しになられるでしょう」
「......ありがとうございます、シスター。罪の意識が軽くなりました」
「それが私の務めです。お気になされず」
従者オリバーはずしりと重い金貨の入った革袋を残して立ち去りました。
わからなくなりましたわ。クロード殿下、あなたは本当に冷血漢なのですか? ......それとも?
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