第22話とある愚かな王子の物語1

「愚か者! お前の王太子の立場を再考せねばならん!」


「な、何故です父上!」


「お前はリーシェ嬢にどれだけ助けられていたか忘れたのか? それなのに何故婚約破棄など?」


「それは……僕には、エリスの方が相応しいからさ。リーシェは、僕に指図や理屈ばかりを言って、その上、平民の血を引いている。そんな彼女が、王太子妃、ましてや未来の王妃になれるなんて父上だって思わないだろう? それに、エリスの美しさは父上もご覧になれば納得してくれるさ。彼女の美貌を見たら、一目見たら、どちらが未来の王妃に相応しいか一目瞭然さ」


「……お前は何も見えていない」


「は?」


父上は一体何を言っているんだ? 平民の血を引いた下賤な娘、その上、いつも上から目線で僕に指図をするあの女に一体、どんな価値があると? まあ、愛妾にはしてやるつもりさ。俺は優しいからさ。


「お前に任せた政務室だけはリーシェ嬢が優れた人材を抜擢して去ったおかげで機能しておる。じゃが、他の政務は機能しておらん。先日の隣国との不平等条約はなんじゃ? お前は全てリーシェ嬢に丸投げしておったじゃろう!」


「そ、それは僕がやる程のことじゃないと思って、リーシェに任せていただけで」


つい、口ごもってしまう。政務なんて、誰にでもできるものに決まってるのに。


「馬鹿者! お前に任せたばかりの頃、あまりにも酷い惨状だったものを、リーシェ嬢が見かねて代行したのであろう。それだけではない! お前を立てて、外交や各貴族への配慮など、リーシェ嬢が全部一手に引き受けておったであろう? その恩を忘れて美しいだけの女に入れあげるなど、貴様は王族をなんと心得る?」


「お、王族として、僕はちゃんと君臨しています。僕の一体何処に不満が?」


「馬鹿者! 王族とはその一挙手一投足に義務と責任が生じる。貴様はそんな器ではなかろう? 貴様はリーシェ嬢がいて初めて一人前の王族とみなされていただけじゃ! これからお前にすり寄っておった貴族共はみな、去っていくじゃろう!」


「そ、そんな事はあり得ません! 父上はどうかされているのです!」


「……どうかしているのはお前の方じゃ! お前のことを心底見損なった。政務だけではなく、あれだけかいがいしくお前を支えてくれたリーシェ嬢を切り捨てるという事は散々恩を受けた人をないがしろにするも同然だ。お前は自分のしたことが恥ずかしくないのか?」


リーシェとの婚約を解消し、新たにエリスとの婚約を祝福してもらえると思っていたのに、何故だ? エリスは綺麗で完璧に僕の好みの子だ、それなのに何故?


「よいか、グエル。辺境伯にはワシが自ら出向いて謝罪に行くが、最悪辺境伯が例の帝国の皇子との婚約を正式に認めたら、お前は廃嫡じゃ。何故だか、それ位わかるな?」


「は? 何を言ってるんだ父上? あの女が僕を諦める訳がない。僕が優しい言葉でもかけてやればきっと、犬のように尻を振ってでも、僕の愛妾の座に収まるさ」


「馬鹿モノ! お前はリーシェ嬢だけでなく、辺境伯卿までも馬鹿にする気か? 今や貴族界では最大勢力の辺境伯卿の愛娘を愛妾にだと? 貴様、気でも狂ったか?」


気が狂ったのは父上の方さ。どこをどう見てもエリスの方が上なのに......一体何故?


「お前には明日より謹慎を命じる。事は重大じゃ。お前を野放しにしたら、王家と辺境伯卿との間に遺恨が残る。頼むからこれ以上傷を広げてくれるな!」


「待ってくれ、父上! せめてエリスに会ってくれ! エリスの素晴らしさがわかれば父上だって考えを変える筈さ。頼むよ」


「わかった。エリス嬢に罪はない。お前の伴侶となる女性ならば一度だけ会っておこう」


「そう言ってくれると思って、もう部屋の外で待ってもらっているんだ!」


そうだ。一度エリスを見てもらえばわかってくれる筈だ。とにかくエリスを呼ぼう。


「エリス、入っておいで」


「はい。グエル様」


エリスが入って来ると、何故か父上は険しい顔になった。何故だ? 可憐な彼女を見て、頬を緩ませるのが普通の反応の筈なのに。


「そなたは美しいだけでなく、とても強い女性じゃ。そなたを責める気はない。全てはグエルめが悪い。じゃから安心するが良い」


「け……決してグエル様が悪いのではございません。あの素晴らしいリーシェ様には心苦しくて顔も向けられません……どうか、罪はグエル様ではなく、私にあるとし、私のみを弾劾ください……覚悟はできております」


「そなたの男爵家は古くから我が王家に忠誠を誓う名門であった。じゃが、そなたの父上は過去に例を見ない浪費家じゃ。さぞかし苦労したであろう。じゃが、そなたはそんな環境の中、華やいだ笑みを浮かべ、多くの友人との親交も深め、素晴らしい女性であると、ワシは聞いておる。調査によれば、そなたから近づいた形跡はない……じゃが、グエルめを止める努力はしなんだな」


「も、申し訳ございません。グエル様に惹かれ、罪を罪と知りながら今に至ります。どの様な処分……でも」


「父上! 聞かれたか! このエリスの美しい心を! 僕はエリスの美しさだけでなく、心の美しさに惹かれたんだ!」


父上もわかってくれる筈だ。エリスの前では、あのでしゃばりで指図ばかりする青い痩せすぎた女など、取るに足らない女なのだと! それを今まで仮にも婚約者だった点を考慮して、僕の愛妾にしてやろうと言うのに。


父上は何故黙っている? 感動のあまり言葉が出ないのか? 無理もないか。


「男爵家のためなのであろう? ……誰でもいいから、金のある高位貴族と結婚し、実家に援助する必要があった」


「……国王陛下。……私の目をご覧になってください。そうすれば真偽の程がお分かりになられます」


そうだ。父上もエリスの瞳を見れば、考えが変わるさ。


エリスの瞳を見つめると、この世にいるとは思えない程の幸せな気持ちに包まれて、何が正しくて、何が間違っているのか、わかるようになるのだから。

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