第23話とある愚かな王子の物語2

「ワシはやらねばならん事が出来た。お前らのこれからの事は二人で相談でもすれば良い」


そう言って、父上は何処かに行ってしまわれた。


だが、ようやく父上もエリスがどれ程素晴らしい女性なのかわかってくれたらしい。逆にこのままリーシェを野放しにすれば、王家に災いがあると教えてくれた。


流石、僕のエリスだ。


「エリス、父上もすっかり君の事が気にいってくれたようだ。もう、僕達の間を遮る壁はなくなったんだ。これからは僕と「グエル様、シャリル家とエリル家が鉱山の所有権を巡って諍いを起こしています。それに王都の貧民街では疫病が発生しています。早々に対処を」……え?」


僕は驚いた。まるでリーシェの様な指図……いや、リーシャはもっと優しく言ってくれたし、具体的な対処法も教えてくれた……それに予め手配されてたふしがあって、簡単に物事が進んでいた。


「それに、まるで私がグエル様の婚約者かの様な発言は止めて頂けるかしら? 陛下の言う通り、私は金銭に余裕のある殿方に嫁ぐ必要があります……ですので、私に構わないで頂けるかしら」


「ま、待ってくれ! 僕は王太子なんだ! 金ならあるに決まってるだろう?」


何故かエリスはため息を吐くと、言葉を続けた。


「……はっきり言わないとわからないのですか? 男爵令嬢の私にすらわかる問題を理解されないグエル様などに嫁いでも、3年もしないうちに……いえ、それ以前に王太子を廃嫡にされるのは時間の問題です。……これはお返ししますね」


それは僕が贈った指輪だ。もちろん、婚約指輪のつもりだった。


「ま、待ってくれ、エリス! 僕は必ず王になる! だから!」


「まだわからないのですか、グエル様? 3ヶ月間見て来てわかりましたが、グエル様に王家を継ぐなど、無謀な話です。それがわからない陛下ではございません。私は泥舟に乗る趣味はございません」


「そ、そんな……エリス」


僕はあまりの事に狼狽するよりなかった。リーシェはこんな理不尽な事を言った事はなかった。


「グエル様は近々王太子を廃嫡されます……ですので、二度と私に近づかないでください」


そう言い放って、エリスが部屋を出て行く。わかってしまった。エリスの瞳には僕は映っていない。そして、一度も振り向く事もなく、立ち去ってしまった。


「……リ、リーシェ」


気がつくとリーシェの名前を呼んでいた。僕が辛い時、いつもそばで励まして、慰めてくれた女性の名をいつの間にか口にしていた。


真実の愛? その相手は? 僕は顔に穏やかな笑みを湛え、いつも僕の事だけを考えてくれていた女性の名前を口にしていた。


ああ……僕はなんて事をしてしまったんだろうか?


どうしてあんなにリーシェが煩わしく思えたのだろう?


いつも穏やかに僕に接してくれたリーシェ。辛い時は必ず僕の近くで慰めてくれたリーシェ。


いや、婚約破棄した時も、煩わしいと思っていても、僕の心の隅に、彼女を手放したくないと言う思いがあった。だから、愛妾にしたいと思った。


ああ、君は僕の恩人なだけでなく、君の優しさや、穏やかな微笑みに癒されていた。


そんな彼女に婚約破棄を告げた事を考えると、胸が締め付けられる。


「僕はなんて愚かな男だったんだろう?」


気がつくと、つい先ほどまで考えつきもしなかった気持ちに染まる。


「……真実の恋? それは、リーシャとの」


気がつくと、僕は咽び泣いていた。


☆☆☆


エリスside


「全く、私は愛妾で良かったのに、あの愚かな王子ときたら」


普段の愛らしい表情とは似てもにつかわない表情を浮かべ、悪態をつくエリス。


「あそこまで無能だったなんて、計算外よ……でも、早めに縁が切れて良かった。意外と縋ってこなくて良かったわ。多分、例の力が弱くなって来たのね。そして、数年もすれば私の事を思い出せなくなる。陛下も同様……大丈夫、まだチャンスはある」


グエルの事なんかに時間を割かれて、とんだ時間の無駄だったわ。そうだ、例のリーシェの奴に求婚した帝国の皇子なんていいのかもね。あの女から大事なものを奪えるかと思うと、クックックッ。


愛らしいはずのその顔は醜く歪み、その笑みは醜悪そのものだった。


エリスは自分の容姿が男性の庇護欲を満たす事を理解していた。それだけだはない何かによって、自分への男性の評価に絶対の自信を持っていた。


「グエルは顔だけの、とんだ無能だったけど、帝国の皇子、クロード殿下は冷酷とは言われているけど、それは有能な証左ではないかしら。グエルの時は愛妾でいいと思って近づいたけど、クロード殿下の時は最初から正妻狙いにしましょう」


彼女は自分が陥れたグエルを早々に見捨てて、新たな獲物を求めて行動を開始した。


彼女は自分になびかない男がいるなど、これっぽっちも思っていなかった。実際、グエルとリーシャは政略の婚約者とはいえ、二人の関係は決して悪いものではなかった。


グエルがリーシェにキスさえできなかったのは、リーシェに気後れして何もできなかっただけだった。いつか、何か誇れる事を成し遂げられたら、リーシェに並ぶ事ができるに足る自信がついた時にと思っていた。


彼女の自信には結果もある訳である。リーシェに気後れしていたとはいえ、あれ程リーシェを愛していたグエルがあっという間に落ちたのだから。


「グエル殿下は顔だけの無能だったけど、クロード殿下は顔だけでなく、その能力、知略はそうとうなもの。ああ、早くお会いしたいわ」




エリスの口元から歪んだ笑みが消えると、今度は怪しく目が光り、妖艶な瞳へと変わって行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る