第19話気絶しそう

「私はバカだった。許して欲しい」


アルフレッド国王陛下は深々と頭を下げた。


王が家臣である私に頭を下げるなど、あってはならない事だ。それだけ真摯に反省と謝罪の意識の現れなのだと思います。そもそも家臣である私に許し以外の選択肢などありませんし。


それでもそんな言葉が出るのは、陛下の気持ちがそうさせるのだろう。


「陛下、頭をあげてくださいまし。私は陛下の忠実な家臣です。頭を下げる事がございましても、頭を下げて頂くなどとんでもない事です。そんな事をさせてしまった私としてはお詫びをするしかございません」


そう言って、私は自身も頭を下げた。命を狙われたとはいえ、既に王は改心されているので、王に失礼のない態度をとるべきと思いましたわ。


確かに現実的な所を言いますと、辺境伯の父や家族がこのことを知ったら、それこそ謀反を起こしかねません。しかし、民の事を考えますと、それは避けなければなりません。


「リーシェ嬢。頼むから頭を下げないでくれ。ワシは、ワシはどうかしていた。今は罪の意識で苛まれておる」


「今はお考えを直されています。それに陛下に死を賜ったのでしたら、死を享受するのが臣たる務めです」


「違う。止めてくれ。そんな他人行儀に臣下になどならないで欲しい。そなたが姉上の娘だからと言って言っておるのではない。ワシは間違っておった。例え、姉上の娘でなくとも、そなたを殺害するなど、愚かにも程がある。そなたは辺境伯の娘。もしワシが間違いをしでかしておったなら、数週間後にはこの地は血で染まっておったじゃろう。だから、愚かなワシを簡単に許さないで欲しい」


「……陛下」


陛下の反省は私へのものだけではなく、臣下へのものだと知って、安堵する。私も未来の王太子妃として教育を受けた高位貴族の一員でもある。私がもし力ある辺境伯の娘ではなく、ただの貴族の娘で、この王国を危機に陥れる存在なら、殺害する事は当然だと思います。


治世とは綺麗事だけでは済みません。


「陛下。ご安心ください。私はこの事は他言しません。私も民や兵士の血が流れる事を望みません」


「あ、ありがとう。すまない。だが、それでも頭を下げさせてくれ。これは王としてではなく、グエルめの元婚約者だったそなたへのものだ。今となっては自分でも信じられんのじゃ。愚かな判断であるだけではない。そなたはグエルめを良く助けてくれた。グエルに任せた執政も代行してくれた。正直、そなたには好意を持っておった。グエルめもそなたがついておれば安心と思っておった。グエルめが婚約破棄などしおった時には心底腹がたった。じゃが、ワシもグエルと変わらん事をしてしまった」


「ありがとうございます。グエル殿下の婚約者としての私を評価頂いて、嬉しい限りです」


これは社交辞令ではなく、本当に嬉しかった。グエル殿下の婚約破棄はただの浮気が原因という点でグエル様に非がございます。しかし、私の力が及ばなかったとも考える事もありまして、陛下の言葉はとても嬉しく思いました。


「アルフレッド、そなたの気持ちはわかるが、そろそろ私とリーシェとでアリスの事を話させてくれ。可愛い孫娘との会話を邪魔するのは遠慮してくれぬか?」


「母上、申し訳ない。ワシは自分の気持ちばかりが先走っておりました」


「うむ、リーシェ、では話そうではないか。私の愛するアリス、そなたの母の事を」


「はい」


お婆様は懐かしむようにお母様の事をお話になられました。


私も初めて聞く、王族としての母の事を興味深く伺いました。時折、私の知っている母の場面もあり、つい微笑みが浮かんでしまいました。お母様は自由奔放で、思慮深く、頭の良い方でした。しかし、おっちょこちょいな所もあり、それは王族時代も同じだと知れて、つい。


「アリスめは、飼っておった虎の子を猫と信じて疑わぬでの。かなり大きくなってしまったあの虎からアリスを引き剥がすのは大変だったぞえ」


「まあ、猫の子と虎の子の区別ができなかったのですか?」


「いや、確かに良く似てはおるが、似て非なるものぞえ。普通、わからぬかと、思わぬか?」


「母上、それが姉上の器の大きさなのです」


「アルフレッド、相変わらずそなたはシスコンよの。そなたなぞ、あの虎の子が怖くて一歩も近づく事ができぬではなかったか? そなたもアリスがおかしいとは思わなかったか?」


「そ、それは」


「やはりお母様はおっちょこちょいなのですね。帝国の街、ブランシェに住んでいた頃もドブネズミをハムスターと信じて飼っておりましたの。どなたかお客様が来た時、疫病などの原因になるからお役人に渡すとかした方が良いとおっしゃてましたわ」


みな、顔に笑みを浮かべて談笑する。例の仮面の男は別室で待たせておりますが、これ位の事は許されるでしょう。私を勝手に誘拐したのですから、あの冷血感は。


まあ、私をすぐに手にかけなかったし、終始そのつもりはなかったので、むしろ感謝すべきかもしれませんが、やはり腹に据えかねます。自分勝手にも程がありますわ。


「そうだ、アルフレッドよ。これを気にアリスの件の真相とリーシェ嬢の王家の縁を公表すべきじゃと思うぞよ。もちろんリーシェ嬢や辺境伯卿の意志を尊重する必要があるがの」


「私に王族の血が流れていると公表するのですか? それではお母様とお父様の逢瀬が世間に露呈してしまいます。王家として、それで宜しいのでしょうか?」


「いや、リーシェ嬢、今となってはそなたが私の姪だと公表した方が国益になる。ワシもそなたが姉上の娘と知っておれば、あそこまで馬鹿にはなれなかった。例え、そなたが帝国の皇太子と婚約しても、王家と皇室の間に縁が生まれるだけだ。政略としてはむしろ好都合じゃ」


確かにそうですわね。辺境伯の娘としてだけはなく、王家の血を引く者の縁は両国の関係を良くするものですわね。


あれ? そうしますと、私とあの冷血漢との婚約の外堀が埋められてしまっているのでは?


私はそれに気が付いて、気絶しそうになった。

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