第18話母の秘密
「お前が、アリス姉さまの娘だと!」
「その可能性が高い......と、いうだけですわ。断片的な状況証拠だけで、物的証拠は何もございません」
私の母が17年前に病死した筈のアリス王女だという推理は状況証拠だけだ。
「リーシェ嬢。何故そう思うのか、申してみよ」
「はい。先ず、前提に私の髪は銀色で、ルビーの目を持っております。母も同じでした。これは王族の血統です。平民にはほとんど見かける特徴ではございません」
「だ、だが、だからと言って、姉上がお前の母という証拠が何処にあると言う?」
国王陛下が狼狽し、母=アリス王女という説に反発する。当然だろう、にわかには信じられない。私も確信はございませんでした。王太后陛下が母の出自に固執するのを見るまでは。
「証拠はございません。ただの推測しか致しかねます」
「な、ならその推測を言え! あ、姉上がお前の母であったなら。あったなら、ワシは一体なんてことを!」
国王陛下がここまで狼狽するとは、一体どういうことだろうか?
陛下は沈着冷静で、こんな姿は初めてみる。
「推測は私の名前にヒントがございます。私の名はリーシェ、帝国風です。生まれ育った街が帝国領の辺境の街でしたから、何の不思議に思いませんでした。しかし、母は明らかに王国の人間の筈です」
「確かに銀髪、ルビーの目を持つものは帝国にはいない。帝国は黒髪か茶が多い、銀髪もルビーの瞳も劣等遺伝子じゃ、しかし、それだけが推測ではなかろう?」
「はい。外見的な特徴だけで、判断できる筈はございません。ましてや、アリス殿下が母と結論ずけるには無理があります」
「では、何を根拠に?」
「母の名はハイジ・レイン。ハイジは帝国の平民の名ですが、元々は帝国の貴族の名を簡単に崩したものが広まったものです。ハイジは帝国貴族ではアーデルハイド、そして、この名を王国風に言うと......アリス。更にレインは帝国でも聞いたことが無い姓です。しかし、その意味は光を意味し、王国風に言えば......レンブラントに......なりますわ」
「あ......ああ」
国王陛下は膝を屈してしまいました。
「......王太后陛下。この推測は正しいのでしょうか? この推測は憶測の域を出ません。根拠は名前と身体的特徴のみで、物的証拠はございません。私もこの事に気が付いたものの、他言できないと思っておりました。小瓶の謎が王太后陛下から出されたものであると知るまでは」
「お前の推理は正しい。アリスはお前の母ハイジ・レインじゃ。あの子は自由奔放で、才能にあふれた子じゃった。お主は苦労人よのう、どちらかと言えば、ワシに似たのかもしれん」
「は、母上。本当にこの娘、いや、リーシャ嬢は姉上の娘なのですか?」
国王陛下は狼狽しきっていますが、どうしてここまで狼狽するのでしょう? 例え、私がアリス殿下の実の娘だからと言って、ここまで国王陛下が狼狽するのは少々不思議ですわ。
「お前はアリスの事を好いておったからな。子供の頃からアリスの後をついて回って、甘えておった。重度のシスコンぞよ」
「わ、私は姉上が大好きでした。美しく、聡明で、才能にあふれ、そして優しい姉上が大好きでした。姉上が何処の馬の骨ともわからない男の子を身ごもり、出奔された時......男を恨みました。私の姉上を盗られたと......そう思いました」
なるほど、国王陛下がアリス殿下と母が同一人物と知り、狼狽したのはそのためですか。
「リーシェ嬢。許してくれ。ワシは愛する姉上の娘を殺してしまおうとした。知っていれば、決してそんなことは......頼む、許してくれ、ワシは魔が差したのじゃ。例えお前が姉上の子では無くても、ワシは悪手に手を染めるところじゃった。ようやく我に返った」
国王陛下は私の前に跪いて、赦しをこうた。
「リーシェ。この愚かな息子を許してくれ。この子は姉のアリスと違い、才能には恵まれなんだ。だが、だからと言って、嫉妬する訳でもなく、ひたすら努力を積み、賢王と呼ばれるまでに成長した。正直、褒めてやりたい。今回のことが無ければじゃが。それに、ワシは不可解なのじゃ。グエルめは才能に恵まれないだけでなく、何の努力もしないダメな孫じゃ。そのグエル並に愚かな行いをこの子は行おうとした。ワシには信じられないのじゃ」
同感だった。アルフレッド国王陛下は賢王と称される、賢く、思慮深い方の筈でした。それが今回の騒動はあまりに思慮に欠ける行動だった。いくら困った状態であると言っても、私の殺害は悪手にもほどがある。国王陛下ともあろうものが、こんな浅慮をするものなのだろうか?
「リーシェ、ワシにその顔を良く見せてくれ。そして抱きしめさせてくれ。この愚かなババを許してくれ。ワシも息子のことを言えない、とんだ馬鹿じゃった。お主の父が辺境伯の息子だと知っておれば、こんな悲劇はおきなんだのじゃ」
「おばあ様。おばあ様と呼んでも良いのですね?」
「ああ、もちろんじゃ。ワシの可愛い孫娘よ」
私とおばあ様は抱き合った。私には父以外、本当に血の繋がった親戚はいない。
本当のおばあ様ができたと知って、本当に嬉しかった。おばあ様は目に涙を流されている。
愛されていると知った時に私も涙が出てきました。そして、おばあ様が自身を愚かと言った理由に察しがついた。
父はお母様との思い出をよく話してくれた。父は身分を隠し、平民を装い、街で遊んでいた。そんな時に出会ったのが、同じ様に身分を隠し、平民を装っていた母、ハイジだった。
二人が恋に落ちるには大して時間がかからなかった。そして情熱的な二人は愛の結晶である私を宿してしまわれました。それがこの悲劇の始まり。
お母様は大胆な方でした。自由奔放、確かにそうでした。
父から聞いた話ですと、母との結婚を当時の辺境伯、今は鬼籍のおじい様にとりつけようとした時、長男の嫡子だった叔父様が事故で亡くなられてしまいました。
それで、自由な身の筈だった次男の父に白羽の矢が立ち、帝国との間に不穏な気配もあり、アリス王女との婚約の話が持ち上がりました。
私も仮にも貴族の娘だからわかります。政略結婚は貴族では避けられない義務です。
次男だった父と、婚約者がいなかった自由奔放な母は運命のいたずらに翻弄されてしまった。
互いに身分を偽らなければ、祝福されてしかるべき結婚となったでしょう。
それが、よりにもよって、自身同士の婚約により、仲を裂かれてしまったのです。
「すまなんだ。リーシェ、ワシがもっと、お前の父の事を調べておれば。お前の母は父親の正体を知っておった。皮肉を込めた書置きを残して、王宮を出奔してしまった。皮肉の意味に気が付いた時には私は、私は」
「おばあ様、もう、過ぎたことです。私は幸せですし、母もとても生活を楽しんでおりましたわ。母は自分の人生に不満はなかったと思います。亡くなったのも流行り病です。例え王宮に住んでいても、その結果は変わらなかったと思います」
「ありがとう。ありがとう。リーシェ、このダメなババを許してくれて、ありがとう」
そう言って、おばあ様は強く私を抱きしめた。
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