第2話婚約破棄はいい加減に終えて欲しいです

皇子Side


「殿下、こんな所にいらしたのですか? 早く会場にお戻りください。殿下とのダンスを所望する御令嬢方が私に押し寄せて困っております。もう、いっそ誰かさっさとお相手を見つけて婚約してください。まあ、その気がないのは承知しておりますが—殿下?」


「ふっ、やっと見つけたぞ、オリバー」


「な、何をですか? 殿下?」


「だからお前の望む私の婚約者候補だ」


「はあ?」


唐突に自身の婚約者候補を見つけたと言い出した皇子に驚きを隠せない従者オリバー。


しかし、全てを悟ったような素っ気ない普段の冷徹な顔と全く違う見慣れない笑顔を浮かべている皇子を見て、どうやら本気らしいと察する。


「なあ、オリバー。先程王太子の婚約者が婚約破棄されたらしい、知っているか?」


「はい。それはもう、この晩餐会の一番の話題ですね」


「その当人があそこまで颯爽と毅然として、他者の心配までするとは驚きだとは思わないか?」


「ま、まさかお相手とは婚約破棄されたサフォーク家の御令嬢? 殿下、酔狂にも程がございます」


「オリバー、私は人を見る目は確かなつもりだ。彼女は手洗いの場所がわからず困っていた私に教えてくれた。聞いた訳でもないのに」


「サフォーク家の御令嬢は何故わかったのでしょうか?」


「彼女は晩餐会の途中まで色々指示を出していたようだ。私が2時間もこの国の御令嬢や腹黒貴族共と時間の無駄としか言えない雑談をしていたのを見ていたのだろう」


オリバーは息を呑んだ。皇子の人を見る目は確かだという言葉は信じるに足る。


彼は下級貴族出身で、本来皇子付きの従者になどなれる筈がない。


どこまでも実力主義の彼の主君の目に曇りなどある筈がないことは一番よく知っている。


しかも、かの令嬢は婚約破棄をされたばかりの只中で、貴賓客の案内を……それも聞かれてもいないのに、答えたと言う。


「オリバー、馬の準備だ。あの令嬢を射止めるぞ!」


「殿下! 本気なのですか?」


オリバーは皇子の目が獲物を狙う猛禽類のそれと見てとると、諦めて従った。




☆☆☆




リーシャSide


馬車で王宮から家へと帰途に着く。


「お父様に合わせる顔がないですわ」


「お嬢様、私も腹立たしいのですが、それ以前にどうも面倒な事になっている様です」


馬車の窓から前方を見ると、馬車に騎馬、そしてあれは王太子と件のエリス嬢?


「ここでいいわ。ジャック、いつもありがとう」


面倒とは承知しているが、一体、この後に及んで何の用向きかなのかしら?


「王太子様! リーシャ様がお見えになられました!」


「おお! やっと帰ってきたか! 全く、今まで何をやっていたのだ!」


騎士達の中から歩み出て来たのは、もちろん王太子、グエル・レンブラントその人だ。


「お前のエリスへの嫌がらせの数々、今、ここで断罪する。許しを乞うなら今のうちだぞ! 詫びて、許しを乞うなら、僕の愛妾としてなら迎えてやってもいい!」


はぁ。ここまでバカだったのかしら、よりにもよって、私の実家の前でだなんて。


ここは父であるサフォーク辺境領家の王都の屋敷だ。


地の利はこちらにある。もうじき、事情を察したお父様やお兄様がやって来る筈だ。


思わず暗い表情になっただろう。下を向いて、ため息が出る。


「やっぱりな! お前、強がっているが、本当は辛くて辛くて仕方ないんだろう?」


「は?」


「だから、婚約破棄されて、悲しみに暮れていたんだろう? さあ、許しをこい、詫びろ! 僕は寛容だから、謝罪次第では愛妾に——」


黙ったのは再び王太子を睨め付けたからだろう。どこまでこの人は私を、いや、サフォーク家をばかにする気だろう。


未来の王とて、家臣を蔑ろにしていい筈がない。


重鎮たる我がサフォーク家の娘である私を妾だなどと、後日陛下がとりなすのに苦労をするのは明白だ。


「そ、そんな目で見ても、本当は失意で泣き腫らして、ようやく帰途についた。だからこんなに到着が遅れたのだろう?」


「違います。あなたが私に丸投げしていた政務の後始末をして来ただけです」


「な、なんだとぉ!」


「あと、婚約者がいながら平気で浮気するような殿方から婚約破棄されても悲しくもなんともありません」


「ぷっ」


「ぐは」


「くっ」


騒ぎで集まった私の家の使用人や近隣の屋敷の使用人達が思わず失笑する。


「あの人、リーシャ様に振られたのかしら?」


「後を追い縋って、惨めなことですわね」


「必死すぎて笑える」


「黙れ平民共! 王太子の私を愚弄する気か? 不敬罪で処刑するぞ!」


王太子は涙目で威嚇するが、かえって嘲笑は増すばかりだった。


本当にあなたと結婚しないで済んで良かった。しかし、王太子の怒りの目は近隣の使用人達にも向けられた。


「グエル様、ここにいるのは忠実なあなたの臣下です。彼らを害するなど、考えてはいけません。慈しみ、守るべきです。そのようなお言葉は慎みください」


「ぼ、僕にいつもそうやって生意気な意見を! 改めるべきは君の方だ! 君から追いすがり、許しを乞うなら、許してやると言ってるんだ! 少しはそんな殊勝な言葉はないのか?」


「全くございません。むしろ、婚約破棄して頂いてありがとうございます。あなたと結婚しないで済んだかと思うと、感謝したい位です」


「な、なんだと!」


周りの使用人達はとうとう我慢できず、大声で笑い始めた。


当のグエル様の騎士達も笑いを抑えるのに必死のようだ。


「リーシャ様、これ以上グエル様をいじめるのは止めてくださいまし」


そう言って、歩み進んで来たのは件の男爵令嬢エリス。


つまり、私の婚約者を奪った張本人だった。

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