婚約破棄令嬢は推理する~ゆっくりスローライフを目指しているのに帝国の皇子から求婚されるは殺人事件が起きるとかなんて聞いてません~

島風

第1話婚約破棄されました

「リーシャ・サフォーク! 愛するエリスへの陰湿な嫌がらせの数々、目に余る。君との婚約を今すぐ破棄する!」


「はい。承知致しました」


「は?」


何が、は? ですか?


婚約者がいながら散々新参者の男爵家令嬢と逢瀬を重ね、私の耳に入っていないとでもと思ってらっしゃるのかしら?


私は王太子殿下に最後の礼をすると、その場を去ろうとしていた。


「ま、待て! 今、婚約破棄すると宣言したのだぞ! お前はなんとも思わないのか?」


「婚約破棄された身です。なんとも思わない訳がございません」


「な、なら、もう少し狼狽するとか、許しをこうとか、縋るとかの態度を……」


王太子が途中で黙ったのは、私がキリリと睨んだからだろう。


「申し訳ございませんが、もう王太子様に興味がございません」


「きょ、興味が……いや、王太子妃への道が閉ざされたのだぞ? 釈明しようとは思わないのか?」


「そんなつもりはございません」


……この方は一体どんな思考をなされているのか?


初めて会った頃はこんな方ではなかった筈なのですが。


婚約破棄された令嬢など、嫁ぐ先もなく、苦労するに決まってますわ。


それでもこちらの方からお断りです。むしろ先方から切り出してくれて助かりました。


「おい、ちょっと待て。勝手に帰るな。この日の為にお前を断罪する台詞を1か月もかけて考えて来たんだぞ!」


呆れてため息が出そうになるが、面倒なので、さっさとその場を離れようとする。


「ま、待ってくれ、リーシャ!」


何故か半泣きで追い縋って来る王太子にクスクスと他の令嬢が我慢ができずに笑い始めた。


ここまでの茶番に付き合わされると流石に腹が立ち、一言嫌味を言ってやろうと、足を止め、後ろを振り返って元婚約者を見据えた。


「大事なことをお伝えし忘れましたわ」


「ぼ、僕への未練の言葉だな?」


嬉々として未練の言葉を待つおつもりかしら?


「いえ、そんな訳がないでしょう」


散々悩んだが、どうしようもない。今はむしろ先方から婚約を破棄してくれた事に感謝したい位。だから、嫌味を込めて、ニッコリ笑って言ってやった。


「エリス様とお幸せに。真実の愛だそうですね。私にも同じ言葉をおっしゃってましたが、今度こそ本当の真実の愛だといいですね。殿下がお幸せになることを願っております」


「なッ!」


せめてもの復讐に満足して私は踵を返してある場所に向かった。


晩餐会の最中ですが、こんな目にあって楽しい筈がございません。


私は王太子の元婚約者としての最後の役割を果たすために、ある場所に向かいました、が。


途中、周りを落ち着つきなく見渡す殿方とすれ違いました。


黒髪に理知的な紫の目、そしてその容貌はどこまでも美しく、どこまでも冷たい。


彼は異国からの招待客だ。帝国の第二皇子。だからこんなところで迷っていたのだろう。


「失礼しました、クロード殿下。予定では30分前にはご休息をとって頂く筈でしたが、何か手違いが生じたようです。ご用向きの場はこの廊下を真っすぐ進んで、突き当りの英雄の像の右の階段を上がればすぐです」


私は唐突に伝えた。一瞬、驚いた顔を見せた殿方は「ありがとうレディ」と感謝の言葉をつづると私の言った通りの道を進む。


このまま帰ろうかと思いましたが、私の最後の職務を遂行しませんと。


勝手な王太子の言い分には腹が立ちますが、国民に罪があろうはずがない。


私が官吏の政務室の扉を開くと、上級官吏が待っていた。


「遅いですぞリーシェ様、あなたが晩餐会なぞに出席していたせいで政務は滞っております」


「困りましたわね。私は婚約破棄されたので、もう殿下に変わって執務を代行する義務はございません。流石に最低限の事はやって去るつもりですが、明日からはあなた方ご自身で執り行うしかございませんね」


「婚約破棄ですと? どうせ王太子様のご機嫌を損ねたのでしょう。何故殿下の心を繋ぎ留められなかったのですか? 我々の苦労をお考えになってください!」


官吏は怒る。私がいないと政務が回らなくなるが、そもそも政務は官吏の仕事。その上、婚約破棄されたのが私が悪いかのようなダメ出し。


「新たな立法も予算の配分も本来あなた方の仕事ではないですか? それを婚約破棄された私にこれまで通りにやれと? そもそもあなた方の仕事ではないこと?」


「そ、それは」


狼狽する官吏に冷たい目線を向ける。この人達は王太子の推薦で上級官吏に登用されたが、能力は説明するまでもない。


「せ、せめて今抱えている立法と予算配分の裁量だけでも、お願いします」


私の冷たい目線に萎縮したのか、悪知恵を巡らせたのか下手に出てくる官吏達。


……しかし。


「それを実現するには3日は必要ですね。それに今の一瞬ですら元婚約者の私に権限はあるのかしら? 少なくとも3日も王太子様に代わって政務を代行するなど恐れ多い事はできませんわ」


「だ、大丈夫でございます。そもそもリーシェ様は王太子様の代理です。代理と婚約破棄は関係ございません」


あら、わかってらしたのね? 必死に頭を動かせばそれ位はわかるのですね。


てっきりその頭は見栄えの良い帽子を置く台としか使い道がないものと思っておりましたわ。


ならば、私の決定に逆らえませんわね。


私は上級官吏3人に向かってニッコリと微笑むとこう言った。


「わかりました。本日中に何とかしましょう」


「「「おお! ありがとうございます。リーシェ様!」」」


あら、ご自身から墓穴を掘って頂いて恐縮ですが、このままこの方達を上級官吏なぞにしておいたら、腐敗どころか、まともに国が動きません。


この国の平民出身の下級官吏は優秀でしてよ。


「あなた達3人を解雇します」


「は?」


「え?」


「へえ?」


三人は間抜けな顔で私を見る。


「本日より下級官吏、アンソニー、テリー、アルバートの三人を上級官吏として政務室付とします」


「そ、そんな!」


「わ、私達は?」


「明日からどうすれば?」


私はニッコリと笑って言った。


「彼らなら1日で私3日分の政務をこなせますわ。良かったですね。あなた方の願いが叶って」


そう言って、予め作っておいた書類にサインし、三人の下級官吏を呼び寄せるよう手配した。


「リ、リ、リッ リーシェ……さ……ま、そ、それだけは、お、お、おゆゆるし……を……!!!」


「お、お許しください、く、首だけは、首だけは!!!!」


「これまでやって来た事の報復がぁぁぁぁあ!」


「それでは皆様ご機嫌よう」


貴族の令嬢として満点の礼をすると、さっさとその場を立ち去った。


さあ、もう私は王太子の婚約者じゃない。


まともな婚約、結婚なんて望むべくもない。


ならば、未来の王妃として身に付けた知識、教養、人脈を利用して商人になろう。


そして富豪になったあかつきには! 毎日グータラと自堕落な生活を送ってあげます。


王妃教育がどんなに厳しかったことか!


毎日寝不足に悩まされて王妃教育と政務代行を行ったことがどんなに辛かったか!


私は硬く決意を固めると実家へと帰途についた。

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