第4話新しい事故物件の婚約者が来ました
「おのれ、そうやって君はいつもいつも理屈ばかり並べやがってぇ!」
グエル様は頭に血が上ったのか、女性相手に剣を抜き放ち、私に斬りかかって来た。
「お止めください。グエル殿下!」
「だ、誰かお止めしろ!」
騎士達が狼狽するが、実際に行動するものはいない。
まさにグエル様の剣が私に振り下ろされたその時!
キィンっと、金属音が鳴る。
私の懐に仕込んであった短剣を抜き、グエル様の剣をいなす。
「全く、君という女は可愛くない! 女の身で短剣を振るうなど、呆れて物が言えない!」
「グエル様......我が家は武の家にございます。辺境領は何度も戦地となりました。我が家は女と言え戦場に出ます。それにこの剣は誰を護るために鍛えたと思ってらっしゃるのですか!」
「ええい! 煩い! そのへらず口を今すぐ閉じろ!」
再びグエル様の剣が振り下ろされるが、私の短剣でいなす前に。
バキィン
何と、グエル様の剣を止めた方がいらっしゃるではありませんか、しかし、誰が?
「女性に向かって剣を向けるとは、男の風上にも置けない奴だな」
「何だと? 貴様! 王太子の僕に向かって不敬であろう!」
「お止めください! グエル様! 事態が更に面倒な事に!」
私を助けてくれたのは、先の晩餐会で貴賓客として招かれていた隣国の皇子クロード・アシュリーその人だった。
「貴様! 一体何者だ?」
グエル様の発言にげんなりする。自身で招いた貴賓客の名前や素性も理解していないなど、ましてや相手は帝国の皇子なのに。
「この男がお前の元婚約者か……随分と間抜けな男だな」
クロード様はグエル様をぞんざいに剣で指す。
「な、なんだと貴様ぁ! 貴様も処刑されたいかぁ!!」
「お止めください。グエル様! クロード様もグエル様がこの国の王太子と知っていて挑発なさっておられるのでしょう?」
「なんと! この男が王太子とはな! レンブラント王国も随分と地に落ちたものだな」
相変わらず挑発を繰り返すクロード様に頭を抱える。
命の恩人だが、何故この場面に介入するのか、意図がわからない。
少なくとも、遺恨を残せば戦争の原因ともなりかねず、どう振る舞うか頭をフル回転させる。
一方、グエル様の騎士達は相手が帝国の皇子クロード・アシュリーと知って、顔を青くしている。
「き、貴様! 名を名乗れ! 無礼であろう!」
一人、相手の身分に気が付かない人がいました。そう、グエル様です。
そういえば、グエル様は外交も政務も人に丸投げでした。おそらく貴賓客への挨拶すらしていないのでしょう。理由は私への婚約破棄と断罪に執拗に時間を使ってしまった……。
……頭が痛い。
「ひっ! あれが政敵の親戚一族一同を全て処刑した氷の皇子?」
「先の戦役で、一人で一個小隊の騎士団を全て惨殺したという冷血皇子?」
ここはなんとか穏便に済まさないと。騎士達は恐怖の為か、後ろに一歩引いてしまっている。
私がやるしかない。グエル様に任せていたら、戦争に発展しかねない。
何しろ、先の戦役の相手は帝国だったのです。今は和平を結んではいるものの、その均衡はいつ崩れてもおかしくない。
「クロード殿下。命を助けて頂いてありがとうございます。心からお礼を申し上げます」
そう言って、スカートをつまみ、礼をする。
「しかし、殿下ともあろう方が何故この場面にいらしたのでしょうか? 殿下ほどの方がわざわざたかが私の為に気を遣って頂くとは思えません。ただのイタズラとも思えませんし」
「……たかが?」
ゾッと寒気がする。一瞬感じたのは殺意だ。冷徹な気配がその場を包んだ。
「お前の様な聡明な女が自身の事をたかがだなどと言うな」
「失礼しました。ご気分を害されたのですね。留意致します。ご用を済まされたら、今日の事は何卒なかった事としてお帰り頂くと幸いです」
この場に皇子が来訪するとしたら、辺境領伯のお父様との会談だろうか?
それは十分にあり得る。クロード殿下は政務にも外交にも積極的に取り組まれていると聞き及んでいます。
「そうだな。用向きは済ませたいな。俺にとって重大な事だからな」
「そうですか、父に用向きでしょうか? 直ぐにお迎えにあがらせて頂きます」
「いや、俺の用向きはお前だ」
「はい?」
予想外の答えに思わず貴族らしくない言葉が漏れてしまう。
その上、クロード殿下のとった行動は予想の斜め上を行くものです。
「いけません! クロード殿下ともあろう方が私の前で跪くなんて!」
なんとクロード殿下は姫に忠誠を誓う騎士のごとく私の前で跪いていた。
こんなことは小説の中でしか読んだことがない光景だ。
「はー。素敵」
「すご。絵になる」
周りの女性達は顔を赤め、絵になる情景にうっとりしている。
私も他人事なら同じ思いだったでしょう。しかし、当事者となると、話は別です。
「で、殿下。一体何のお戯を?」
「横柄な口を聞いて済まなかった。君が害されそうになって気が昂った。どうか、私と一生を共にしてくれないか?」
「は?」
理解が落ち着かない。その上、私を見上げたクロード殿下のお顔が間近に迫っている。
綺麗な緩くウェーブのかかった黒髪、整った顔、目は鋭く、紫の光を宿している。帝国皇室の特徴だ。
その顔の造作は美の女神の力作ではないかと思えて来る位、目が眩みそうな美しさ。
私は全力でとぼける事にした。婚約破棄されたばかりで、正直、しばらく男性との関わりは持ちたくない。どちらかと言うと、一生独身でダラダラとぐーたらな生活がしたいとさえ思っていた。
「えっと。つまり、一生仲良しの友人になって欲しいと?」
「友人ではなく、妻だ」
「つま? お刺身の?」
「男性の伴侶の方だ」
「私が、誰の?」
「お前が私のだ」
「……」
神様助けて。私は本気で神様にお願いをした。
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