第5話国王陛下に頭を下げられました

神様に本気で助けを期待してしまったが、何も変わらない。


神様の意地悪。お見捨てになられたのですね。


こう見えても私は敬虔なアムネジア教の信者なのだ。


しかし、周りは静まりかえっている。ゴクリと唾を飲み込む男もいる。


クロード殿下はというと、真摯に私を見つめている。私の返事を待っているのだと思うと、冷や汗が出る。


「クロード殿下、お父上には相談されましか? 皇子ともなると、お一人ではお決めになれない事と思われますが……」


「父には婚約者を探す為にこの国を訪れる許可を得た。父も私の婚約を待ち望んでいる」


「しかし、私は婚約破棄をされた様な女、とても殿下に釣り合う様な女ではございません」


「お前はあの婚約破棄が妥当なものと思っているのか? 私には理不尽だとしか思えない」


「そ、それは」


それはそうだけど、察して乙女心。今日婚約破棄されたばかりで傷心なのは事実。


しばらくそっとしておいて欲しいというか、この怖い氷の殿下には一生そっとしておいて欲しい。


「し、しかし、私のお父様の了承を得ておられますか? 私も仮にも辺境伯の娘、自分の意思で婚約者を決める事などできかねます」


できれば勘弁してくださいというのが本音だが、流石にそれを口に出せる相手ではない。


私は父の意思を盾になんとか抵抗を試みる。


「君の父君には早馬で文を出しておいた。おや? どうやら答えが聞けそうだ」


「リ、リーシェ! よくやった! クロード皇子との婚約是非にと思う!」


「……お、お父様……酷い」


気がつくと、騒ぎに気がついて、我が家の騎士達を引き連れてお父様やお兄様、お母様まで出て来ていた。


「大丈夫か? リーシェ? 可愛いお前に何かあったら、ワシは謀反を起こすぞ!」


「私は平気です、お父様。気遣って頂いて嬉しいです」


父が気遣ってくれるのは嬉しいがそんな簡単に謀反を起こされては敵わない。


それに謀反を起こすには帝国の皇子と婚約した方が有利ですわね。


政務や外交をなまじ関わった為にわかってしまうので冷や汗が出る。


私とグエル王子との婚姻はこの国の最大勢力の我が家の力を欲した王家からの打診によるものだ。我が家と親戚関係になればレンブラント王国の内政は安泰となり、穏健派のお父様はこの婚約を快く賛同したのだ。


「本当にあのバカ王子がお前を婚約破棄した上に斬り殺そうとしたのか? ……よし、今すぐそのバカを斬り捨てよう!」


「お待ち下さい! お兄様いけません! 私は本当に大丈夫ですから!」


思わず物騒なことを言う騎士団長でシスコン気味のお兄様を止める。私は自分の不幸を悲しむより物騒なこの家族をなだめるのに必死だった。何よりお兄様……そんなヤバい目をするの止めて下さい。


「ふっ、ふふ。この国ごと滅ぼしてしまえばいいのね。こんなやわな国、ふふッ」


「お母様! お母様まで物騒なこと言わないで下さい!」


お母様まで怖い目で遠くを見ている。誰か止めて下さい! ある意味この人が一番危険! お母様は元帝国の皇女様だったんです!


私は家族に愛されていることを再確認したものの、事態は更に悪化していると理解した。


「お、お前ら! ぼ、僕を無視して勝手に話を進めるな! リーシェは僕の元婚約者だ! 彼女には僕の愛妾となってもらう予定なんだ!」


「あ、愛妾?」


「今、誰か死にたいと言ったヤツがいたか?」


「帝国のお兄様にすぐに文を出しましょう。こんな国、蹂躙してしまえば良いのですわ」


グエル殿下! 言葉には気を遣ってください! あなたはともかく、傷つくのは民です!


何とかここを収めなければ! とりあえず、何がなんでもクロード殿下とグエル殿下にはお引き取り願わないと!


私はまずはクロード殿下を説得する事にした。


非常に遺憾な事ですが、今、一番まともなのは、クロード殿下です。


「クロード殿下。婚約を申し出て頂きまして、光栄の極みです。しかし、私は今日婚約破棄されたばかりの身です。今日の今日に新たな婚約など結べば、おかしな懸念を疑られてしまうと存じます。婚約の件は後日改めて返事をさせてください」


「聡明な女性だ。確かに一理あるな。今日は一旦引こう。後日改めて挨拶に来よう」


「ま、待て! リーシェは僕のモノだ! 僕の愛妾にするんだ」


あら、グエル殿下。まだいらっしゃったのですね。


しかし、グエル殿下は常識を学ばれた方が本当に宜しいかと思えます。あれ程毛嫌いしておきながら、執着心だけは持っていらっしゃる? ましてや辺境伯の娘を愛妾にだなどと、お父様の前で発言。陛下の耳にでも入ったら、どうなる事やら。


「安心するがいい。そこのバカを諌める者がもうじき来る」


「クロード殿下。それはどういう意味でしょうか?」


「じきにわかる」


「ぼ、僕を無視するな!」


グエル殿下は早く逃げた方が宜しいかと思われます。私のお父様もお兄様も怒らせると怖いタイプでしてよ。


その場の全員が呆れた目でグエル殿下を見ていると、馬が一頭、全力で疾走してきた。


……騎乗していたのは。


「グエル! このバカ息子がぁ!」


騎馬から転がり落ち、見事な受け身をとって体を回転させてグエル殿下との距離を一気に縮めて、その襟首を掴むと、無理やり頭を下げさせたのは我がレンブラント王国、国王。


「クロード殿下! 貴賓の客人として招いておきながら、うちの馬鹿息子がご挨拶をすっぽかすとなど、わざわざ帝国からお越し頂きながら、とんだご無礼を!」


「ち、父上ぇ! 痛い、痛い。地面に顔を押し付けて引きずらないでぇ!」


「それにリーシェ嬢、サフォーク卿、うちの馬鹿息子がとんだ失礼を! グエルめが愚かだとは重々承知しておる。だが、王の頼みとして何とかグエルを許してやってくれぬか?」


帝国の皇子に跪かれた後は国王に頭を下げられるという事態に頭が痛くなった。


早くおうちに帰りたい。私は現実逃避するかのように、ただ、そう思った。

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