第6話新しい婚約者は事故物件ぶりが酷いです

どうして? どうしてこうなったの?


私は実家の応接室の椅子にぐったりとして座りながら皇子、クロード殿下と相対していた。


「随分と疲れた様子だな」


「その原因を作ったのはどなたでしょうか?」


「はっはははっ!」


笑って済む問題ではございません。思わず意地の悪い受け答えをしてしまう。


「そんなに拗ねるな」


「拗ねてなんていません」


機嫌が悪くなるのも無理もございません。聞けば陛下に挨拶をすっぽかされたと苦言を呈したのはクロード殿下の従者らしい。


その際に私の婚約破棄の件もわざとらしく伝えたとのこと。


「一体、何を企んでおいでなのですか?」


「企む?」


「求婚のことです。殿下ほどの方がたかが私ごときに求婚など、何か企んでいるとしか思えません」


クロード殿下は政略も外交にも精力的に尽力されている。私への求愛が企みでなくて、一体なんだと言うのか?


「企みではない。ただ、お前に魅かれただけだ。先程も言ったが、お前にたかがという言葉はふさわくない」


「......ひ、魅かれた」


国内外で冷酷と噂高い男の言葉とも思えない。一言で言えば嘘くさい。


「どうしてそんなに不機嫌な顔をする? 婚約破棄されたお前にとって、悪くない縁談ではないか? このままでは一生独身のままという可能性もあるのではないか?」


「結婚し、子供を産むことだけが女の幸せと思わないで頂けますか? 私はこう見えても、自立して、自分自身の力で生きるつもりです。一生独身で気ままに過ごすのも選択肢の一つです」


「ふっ、ふははっは」


「......もう」


一体この方は何を考えておいでなんだろう。いや、何を企んでいる?


私は一計を講じた。


「私に魅かれたと、つまり私に恋したとおっしゃるのですね?」


「ああ、だからお前に求婚した」


よくもそんな嘘をいけしゃあしゃあと言えるものだ。


「では、婚約の了承には1か月待ってください。それに婚約しても、婚約者としての義務なんて果たしません。屋敷でゴロゴロと自堕落にぐうたらとのんびりさせて頂きます!」


ビシッと、クロード殿下に指さすが、殿下は怒りもせず。


「わかった。惚れた弱みだ。好きにするといい」


「ええ?」


私が逆に狼狽すると、彼は例によって高笑いをするのだった。


☆☆☆


「リーシャ、大丈夫だったかい?」


「全然大丈夫じゃありません」


「父上、このままではリーシェが可愛いそうです。どこぞの馬の骨ともわからない皇子風情に嫁に出す位なら、僕がリーシャの夫となります」


兄のヴォルフが珍妙なことを言っているが、兄は重度のシスコンが昂じておかしくなった訳ではない。


実は私と兄は血が繋がっていない。兄はアンネリーゼ母様の連れ子だ。


皇室の皇女だったお母様がレンブラントの辺境領に嫁いで来るなど本来ならばあり得ない。


お母様の以前の夫は病気で急逝してしまった。そしてお家騒動となり、お母さまの立ち位置は微妙なものとなった。それで当時の皇帝陛下はお母様を我が国のサフォーク辺境領の当主、つまりお父様に嫁がすことにしたのだ。


お父様に白羽の矢が立ったのは、政略に都合が良かった点もあるが、お父様の婚約者候補も病死してしまい、我が家にとっても、この縁談を逃す手はなかった。


我が家の辺境領は帝国と国境を接する危険な地理にある。


それが故にこの縁談は我が家だけでなく、レンブラント王国にとっても好都合だった。


結局3年前に帝国と我が国は小競り合いから偶発的な戦闘が生じるという事態が発生してしまいましたが……。


私はというと、父が婚約前に平民のお母様と逢瀬を重ね......その愛の結晶が私です。


父は自分の身分を明かさず付き合っていたようですが、母は察していたらしく、身を引いて、一人で私を産んで育ててくれました。


6歳まで自分が平民と信じていましたが、ある日、お母様が流行病で死んでしまい。


お母様は女手一つで私を育ててくれました。生活は苦しくありませんでした。お母様は商売上手で、平民としては十分な収入を得ていました。


とは言うものの、お母様を失い、悲しみが鎮まった後、途方に暮れて、庇護者を失った私は死ぬしかないと思いました。


3日ほど残されたわずかな食料と水でしのいでいましたが、とうとう水も食料も尽き、死を覚悟したとき、一台の馬車がやって来ました。


乗っていたのは豪奢な服を纏った父でした。


父から抱きしめられ、母の死を伝えると父は泣き出してしまいました。


後から聞いたのですが、父は既に今のアンネリーゼ母様と結婚しており、母の事は気がかりだったのですが、妻がいる身ではどうしようもなかったそうです。


しかし、母の死を察し、今のお母様に事実を打ち明け、私を引き取る事を決断なさったそうです。


皇子様もようやくお帰りになり、家族もなだめて......特にめんどうなお兄様をなだめて。


なまじ今のお母様が分け隔てなく育てくれたおかげで本当のお兄様としか思えなくて......。


☆☆☆


あくる日、私はボランティアの教会の懺悔室の仕事をしていました。


ボランティアは貴族の務めですわ。


私は今日もシスターとして、迷える子羊の懺悔を聞いて、その心に安寧を与えようとしていました。


さあ、今日はどんな懺悔でしょうか? 妻に傲慢な言葉を投げつけてしまった新婚の旦那様でしょうか? 小さな生き物を死なせてしまった子供でしょうか? それとも大好きな子に意地悪をしてしまった男の子?


「さあ、迷える子羊よ。あなたの罪を告白なさい。神は全てをお赦しになられます」


「私は気に入らない者を皆殺しにしました」


何、この重いのは?


というか、この声は......皇子クロード様ですわね。


……早くお家に帰りたい。ただそう思いました。

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