第7話懺悔1
「私は気に入らない者を皆殺しにしました」
思わずお家に帰りたくなりましたが、逃げ出す訳にもいかず、なんとか平静さ取り戻せました。
幸い、クロード様に私の正体は分からない筈です。懺悔室はあちらからこちらは見えないようになっているし、声は魔道具という便利な物で変えてある。
そっと、小窓から確かめて見ると、やはりクロード様だった。
心なしか憂いを帯びた美しい容貌も、密かに鑑賞する気にはなれなかった。
危険すぎるとはいえ、ここまで美しい男性を、役得で、間近で鑑賞したいと言う気持ちはあったかもしれません。こんな時でなければ。
「シスター? 私も懺悔するのは初めてだ。どう話して行けば良いのだ?」
「特に決まりはありません。思うまま、普通にお話しなさってください」
あまりの懺悔の内容に呆気に取られて、言葉を失ってしまっていたので、クロード様に気を使わせてしまいました。シスター失格ですわ。
ボランティアとはいえ、責務をまっとうしなければと、責任感が蘇る。
そっと、懺悔室のマニュアルに目を走らせると。
『懺悔の内容が犯罪であっても、他言無用。マニュアル通りに接しなさい』
「―――――~~~~ッ!!!!」
思わず声にならない声が出てしまいました。
騎士団に密告するという選択肢はないのですね。
いえ、皇子相手に、そんな事できる筈がないのですが、目の前の事から逃れたくて、つい。
「昨日、恋に落ちました。私はその姫を追って、馬を走らせましたが、途中、賊を発見しました」
「それで、その賊をやむなく殺してしまったのですね?」
良かったですわ。正統防衛です。それならどんな世界の神もお許しになられます。
「いえ、一旦、全て捕らえて、抵抗できないように拘束しました」
え? 一旦捕らえて、拘束した賊をなぜわざわざ殺害したのでしょうか?
「そ、その、何故、命を奪ったのですか?」
何故? 何故そんな? クロード様がいくら危険な男でも、何故?
「賊が気に入らない言葉を吐いたからです」
「……き、気に入らなかったのですか」
ヤバい。クロード様は危険を通り越してヤバい人ですわ。
「はい。賊はこともあろうに、暴言を吐いたのです」
気に入らない暴言を吐くと殺すとか、私には無理です。
それ以前に懺悔室すら、無理ですわ。
「賊は私が愛する姫に対して、『たかが平民上がりの女』と言ったのです」
「た、た、たたた、たかが」
私はどきりとした。昨夜、クロード様は私に『お前の様に聡明な女が自身の事をたかがだなどとは言うな』と、仰ってました。
何故か自分の頬が赤くなるのを感じました。いけません。私は一体?
「賊は姫の素性を知っていて襲ったと判断した。拘束したまま生きて帰しても、違う賊が再び姫を狙うと思う。それに何より、姫をたかがと呼んだ。許せなかった」
「よく、正直に神に告白なされました。神はお許しになるでしょう」
マニュアルその二、神は懺悔の内容を全て許す。
私はマニュアル通りに対応した。でも、少し、頬が熱くなっているのを感じる。
「あなたはその姫の為に罪を犯したのですね。あなたが寛容な措置をすれば、再びその姫が狙われる恐れがある。非情な判断だったとは思いますが、その姫の為。それ以降も同じように賊を撃退すれば、無益な殺生が増えると判断されたのですね……ところで、あなたはそれ程その姫に恋してらっしゃるのですか?」
いけない。思わず個人的な興味が勝ってしまいました。
プライベートな情報を聞くことは懺悔を聞く者としては好ましくありません。
「……こ、子供の頃からだったんだ」
「こ、子供の頃ですか?」
胸がドキドキと高鳴るのを感じながら、私は訝しんだ。
子供の頃に皇子様との接点など無かった筈。昨日初めてお会いしたものと。
「子供の時に、皇室の秘密の花園で俺達は出会った。そして、今から思えば、あの頃から仄かな恋心を抱いていた。昨日、間近で見た時、あの娘だと確信した。あの娘は子供の頃と何一つ変わらず、真っ直ぐで、理知的で毅然と颯爽としていた。彼女の目を見た瞬間、俺はこれが恋と言うものと理解した」
「かはッ!!」
いけません。変な声が出てしまいました。
顔が火照るのが分かります。それに私も思い出してきました。
……クロード君。あなただったのですね。
しかし、彼は虫も殺せない様なおとなしい男の子だった筈。
確かに容姿は面影がございますが、あまりに印象が乖離していて気がつきませんでした。
いや、今でも信じられません。
いけない。不審に思われたかもしれない。シスターがプライベートな内容に踏み込んで来ることはないし、変な声を出してしまいましたわ。
「シスター、私が怖くないのか?」
「……い、いえ、驚きましたが」
「……優しい人だ」
ぽーと、顔から蒸気が出ている音が聞こえてしまいそうで、恥ずかしいですわ。
心持ち、クロード様の声が明るくなったように思えます。
罪の意識が晴れたのかもしれません。私も気持ちが明るくなれました。
「ありがとう。心に刺さったトゲが取れたような気がする。ああ、そうだ、寄付はここに置いて行けばいいのか?」
「はい。ありがとうございます。寄付ですね。この教会には孤児院もございまして、あなたのお心付けが、子供たちの未来を明るくしてくれると思います」
「……そうか、より心が晴れた。怒りに任せて賊を一人ずつゆっくりと恐怖を味わせて順番に首を刎ねた後、罪悪感に苛まれたが、やはり奴らが悪いのだな。気分が晴れた。はっはっはッ!」
やだ。……やっぱり……この人……無理。
私はこの皇子に一瞬でも魅かれたことに懺悔したい気持ちになりましたわ。
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