第8話魔法学園へ

あの馬鹿げたグエル様との婚約破棄事件と、これまたおかしなクロード様からの求婚から1週間が過ぎていた。


私は一人、帝国の国境の街、ブランシェの魔法学園にやって来ていた。


お父様のお計らいで、王都の高等学園から帝国の魔法学園へ転校した。


王家の王子から婚約破棄された私の居場所はあそこには、もうない。


わかっていた事だが、私の友人達は未来の王太子妃、ひいては未来の王妃の私と懇意にしたかったのです。グエル様から婚約破棄された私に価値はない。自然に友人は皆離れていくでしょう。


新しい友人を作ろうにも、王家の手前、近づき難いでしょう。容易に察する事ができる。


それで転校する事になりました。帝国領なら、私の婚約破棄の話も、まだ広まっていないし、周りの学友達も、帝国の人間なので、王家に遠慮する必要もない。


魔法学園なのは、私の希望だ。クロード様に婚約を破棄頂いて、一人で逞しく生きていくには、手に職がいる。実は私には魔法の才がある。それも光魔法に秀でていて、極めて貴重な存在です。グエル様と婚約などしなければ、王国でも魔法学園を選んでいました。


「リーシェです。得意なのは光魔法です。皆さん、宜しくお願いします」


「みんな、新しい転校生だぞ。綺麗な娘だから、男子は既にドキドキしていると思うが、魔法の才能は抜群だから、お付き合いしたければそれなりに切磋琢磨するのだぞ!」


ぺこりと頭を下げる。この魔法学園内では身分は関係ない。全て能力主義だ。


魔法は貴族に才があることが多い。そもそも貴族が貴族たる所以は魔法の才に長けた者がなり、経験上、魔法の才は遺伝する。故にこの魔法学園も大半が貴族。


王立高等学園と違うのは、半数は平民だと言うことです。平民が貴族の作法や常識を知っている筈がございません。何より、ここは優秀な魔法使いを育てる事を目的としています。なので、身分に関しては不問。私も身分を明かしませんでした。


「では、これから自習だ。せいぜい転校生にアピールするだな。特に男子!」


先生は何故私を推すのでしょうか?


思わず苦笑いをして、先生に教えられた自分の席に座ると、少し物思いに耽った。


「もし、もし? 聞いてる?」


「平民ですか。元に戻るだけ、それだけですわ」


「やっぱり君だ。......リーシェだ」


「それに、子供の頃にお嫁さんになると誓ったあの子にもう一度会いたい」


「ちょっと、リーシェ! 聞いてよ!」


「え? あ、はい? ごめんなさい」


後ろから声をかけてもらえたらしいと気が付いて、ようやく振り向く。


そこには優しい笑顔を称えた青い目の青年がいた。


「ごめんなさい?」


青年は私が驚いて、思わずごめんなさいと言ってしまったからか、怪訝そうな目で私を見ています。なんてことを......せっかくのお友達作りの機会ですのに。


とはいうものの、青年の整った顔や栗色の綺麗な髪に魔法学園の制服があまりにも似合っていたので、ほれぼれとしてしまう。


「何故僕に謝るのかわからないけど、リーシェは僕のこと、覚えてないの?」


「え? 私のことをご存じ?」


「知っているも何も、君を間違える筈がないじゃないか? 子供の時、お嫁さんになって欲しいって、言った位じゃないか」


そう言ってウィンクする。


「え!」


思い出して来た。あんなにいい思い出なのに、何故か霧に包まれたかのようにはっきりと思い出せない幼少期のこの街での出会い。


私はお父様に引き取られた後、この街の屋敷に2年間住んだ。主に貴族としての教育の他、私を引き取るにあたって、親戚筋の了承を得るためだ。


理解が得られない場合、暗殺される可能性もあったと、今ならわかる。


当時の辺境領主の新たな娘の存在は難しい問題だった。何しろ、お父様にはアンネリーゼ 母様の息子、つまりお兄様がいて、跡目争いが発生しかねない状態だったのです。


「うん、うん。その顔はようやく僕のことを思い出してくれたのかな? 僕も君の不幸を思うと、胸が痛いよ。婚約破棄されたんだよね? 君は賢くていい子だけど、お転婆だったからね、無理もないよ、うん」


「喧嘩売ってるのかしらギルバート? 何でしたら、あなたが何回私にお嫁さんになって欲しいとか、結婚しようとか言ったのか、学友の皆さんに知って頂こうかしら?」


「ちょ! なんでそうなるの? 僕は君が心配で心配で......そ、それに君が婚約破棄されたなら......ぼ、僕にだってチャンスが!」


最後のは聞かなかったことにしましょう。何しろ、ギルバートは散々私にまとわりついて、弟にしか思えなかったから、異性として見えないのですわ。


「1週間おきにだったかしら? 必ず月桂樹の花を持って、私にお嫁さんになって欲しいって、うふ」


「あれはおままごとでのことじゃないか?」


「あら、私には本気で言っているように思えましたけど?」


「ち、ちがぅ!」


「あら、違うの?」


「ち、ち、ちがぅ!」


「どう違うのかしら?」


私はちょっと意地悪な顔になっていたと思いますわ。ギルバートって、ほんとに可愛いんですもの。


「ごめん。僕が何か怒らせることを言ったんだね。リーシェは賢くて偉大な子です。どうか僕を許してください」


「うん、わかればよろしいです......なら、婚約破棄のことは内密にして頂けるかしら?」


「それは無理だよ。君が上手くこの学園に溶け込めるように、みんなに君の素性を話しておいたんだ。学園中のみんなが知ってると思うよ。でも、きっと、みんなから優しく接してもらえるよ、あはは!」


私はプルプルとこめかみに血が登るのを感じた。


「ギルバート......今、みんなに私が婚約破棄されたって......言った?」


「言ったよ。君の為を思ったんだ」


「そんなことしたら、私が恥ずかしいって思わなかったのかしら?」


「え? 恥ずかしいことなの? 君の婚約破棄の件は、巷で吟遊詩人が綴っていて、この街でも有名な話だよ。毅然と颯爽とした君にあこがれる女性も多いんだよ」


お父様。情報管制はなされなかったの?


「吟遊詩人の話だと、レンブラント王国ではこの話はタブーというか、君の家から圧力がかかっているそうなんだ。それで、帝国のこのブランシェの街では吟遊詩人が好き放題夜の街で詠っているのさ、その渦中の人が君、そう、みんなに教えたんだ」


お父様......帝国なら婚約破棄の件は誰も知らない筈っておっしゃいましたわね。


とんでもない片手落ちではないですか?


むしろ、この街にいる方が晒しものになっているのでは?


「ああ、僕も友達少ないから、必死に勇気を出して知り合いに話したんだ。何人も、何人もに無視されて......僕は人権擁護団体の必要性を感じたよ。人権保護団体は友人を斡旋する組織を作るべきなんだ! そのためなら、僕は権力者の靴だって舐めて見せる!」


幼馴染がおかしい方向にぶっ飛んでいくが、涙目で訴えるギルバートを見ると、これ以上追及するのは可哀想ですわね。


いやだ、私まで涙が出そう。


「君は毅然と颯爽として、かっこよかったんだね「その通りっす!!」」


ギルバートの声をかき消すかのように、バンッ!! と教室の扉が吹っ飛んでいた。


突然の破壊音に、学友達の視線が扉に集中するのですが、そこに立っていたのは綺麗な可愛らしい女の子でした。


「王国の王子如きがリーシャ様と婚約していたこと自体が不敬っす! いえ、あの理不尽な婚約破棄を颯爽と論破! 逆にリーシャ様の有能さを証明する機会を与えたことだけは褒めてやるっす。レンブラント 王国のリーシャ様こそ、うちの理想!!! 完璧で究極な至高の存在!! この世に存在することがまさに奇跡と言わざるを得ないっす!! リーシャ様はこの世界に光を照らすべく遣わされた女神にして、現人神そのものっす!!」


そしてドアの前で仁王立ちになり、大声で私を現人神に認定したのでした。

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