第25話新しい先生はお忍びのつもりのようです

「リーシェ、久しぶりだね」


「お久しぶりね。ギルバート」


「相変わらず仲の宜しいことで」


「あら、先程まで仲良さげに話していたのはクロエさんではありませんこと?」


「な! わ、私はただクラス委員の!」


「はい。そういう事にしておきましょう」


「へぇ?」


クロエさんを揶揄うのは楽しいですわ。それにしても、相変わらず鈍感なギルバート。


クロエさんの方が私より綺麗だし、クロエさんには婚約者はいないようですし。


私は所詮籠の中の鳥ですわ。クロード様との婚約の件が出ていますし。それにギルバートは弟にしか思えない。弟よりは兄のヴォルフ兄様の方を選びますわ。世間体が怖いのですが。


ギルバートには申し訳ないのですが、早めに気持ちを伝えませんと……でもどうやって? 話して、何の話? って、言われそうな気もします。ギルバートが無自覚か、私の誤解だったら恥ずかしいですし。


「それにしてもギルバートとリーシェさんはどうしてそんなに仲がいいのかしら?」


「え? 僕とリーシェってそんなに仲良く見えるかな?」


「腐れ縁ですわね。子供の頃、このブランシェの街で皆、偶然出会ってからですわ」


「リーシェ、腐れ縁って酷くないか? そりゃ確かに子供の頃からの付き合いに過ぎないのかもしれないけど……」


「幼馴染ってやつかしら?」


クロエさんが頬に指を当てて可愛らしい仕草で聞いてらっしゃる。まあ、なんて可愛らしい仕草でしょうか? 私もあんな仕草ができましたら、いいのですが。


ギルバートにしても、あの冷血漢のクロード様も、こんな私のどこが良いのでしょうか?


女として、あらゆる面でクロエさんに負けを認めざるを得ませんのに。


「まあ、幼馴染って……奴かな。四人、あの古い屋敷の庭で集まってたな」


「そうですわね。ギルバートと……クロード様と……」


「あれ? もう一人いたよね?」


「そうですわね。もう一人。何故でしょうか。とても良い思い出の筈なのに、どこか記憶が曖昧でして」


「実は僕もなんだ。リーシェとはブランシェの街で時々再開したから良く覚えてるんだけど」


「随分と薄情な幼馴染達ね」


「まあ、そう言わないでよ。クロエだって、幼年学校の頃から何度も同じクラスになっているから僕の幼馴染みたいなものじゃないか。でも、お互いそんなに詳しい訳じゃないだろ?」


「わ、私がお、幼馴染? あわわわわわわ」


あら、クロエさんが顔を真っ赤にされていますわ。二人の関係も長い様ですわね。


私はグエル様との婚約が決まってからはギルバートとは会えなくなったので、やはりクロエさんの方が一歩リードですわね。


「リーシェさまー!!!!! ぐへぇ」


突然叫んで、おかしな悲鳴をあげたのはリリさんですわ。扉は破壊されるので、鉄で十分な補強をしておきました。少々手痛い出費でしたが、ギルバートが可哀想な目で見られるのはもう嫌です。


代わりにリリさんが昏倒したようですが。


「リリちゃん、大丈夫?」


「え、と、それより一大事っす!」


「何がそんなに大事なのかな?」


何故かギルバートが優しげに接していますが、少し口角が緩んでいるのは日頃の恨みを返せた悪い笑みですわね。無理もございませんが。


「担任の先生が産休に入るっす!」


「産休? あの先生、40代を超えていたような記憶ですよ?」


「クロエの言う通りだよ。先生はこの間、40代になった憂さ晴らしに夜のお店で先生方と朝まで飲んでいたそうだよ」


何故ギルバートはそんなに情報通なのかしら?


「もうじき、新しい先生が来るっす!」


「どんな方かしら?」


「それより前の先生が何故産休に入ったかの方が気になります」


その時、がらりと扉を開けて、一人の青年が入って来ました。もちろん新しい先生ですわね。


「ぶうっ!」


いけません、淑女らしからぬ声が漏れてしまいました。だって、あまりに予想外というか、存じ上げている方ですので。


入って来たのは背の高い美男子。たちまち女性徒達が色めきたつ。


「皆、静かに。私が新たに担任として赴任してきたダニエルだ」


「クロード様、これは一体どういった趣ですか?」


私は思わず突っ込んでしまった。何故なら、そこにいたには間違い無くクロード様ですから。例え、変装の魔道具で顔を変えて誤魔化そうとしても、私は騙されません。


「一体、何の話かな? リーシェ君?」


「初見で私の名を呼ぶ事自体が片手間落ちですわ。そんな変装の小細工で私が騙されるとでも思ってらっしゃるのかしら?」


「いや、君は有名人だから偶然知っていただけだ。一体何の話かな?」


「トボけないで下さいまし。そもそも、その胸元のアミュレットはミスリル銀製ではありませんか? この国でミスリル銀のアクセサリーを身につける事が許されるのは皇族の方だけです」


全く、この冷血漢は一体何をしに来られたのか?


「流石、リーシェ嬢だな。証拠が無ければとぼけきる事も出来ると踏んでいたが、その通りだ。私はクロード。そこのリーシェ嬢の婚約者として、片時も離れず守る為にここに来た、はっはっはッ!」


「クロード様、婚約の話はまだ決まった訳ではありません。それに全部白状してしまわれるなんて、なんて事をしてくれるのですか!」


「君にはいつもしてやられているからな。私も困るが、君の方がもっと困ると思ってな」


「ぐっ!」


ぐうの根も出ません。クロード殿下の名前から、おそらく貴族の学友達は、その正体に気がついていますわ。実際、ザワザワと学友達が騒ぎ始めましたから。


「リーシェさん。これはどういう事かしら?」


怖い。クロエさんの目が怖い。婚約者がいる身でギルバートに近づいていたとしたら、私はとんだ破廉恥な女です。でも、まだ婚約は結んでいないんです。何なら、婚約は白紙にしたい位ですのに。


「……あとで説明しますわ」


小さな声でそう言って、後程次第を説明すると、クロエさんは随分と喜んで、祝福してくれました。ですから、まだ婚約は成立していないと言っておりますのに。


そんなクロエさんと話す事ができなくなるなど、この時はこれっぽっちも思いもしませんでしたが。

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