第15話小瓶の持ち主は?

「こちらにお入り下さい。当商会の応接室です」


「ありがとうございます」


店員さんに導かれて商会の奥の一室に入りました。


クロエさんや皆も一緒です。心なしか、ギルバートがホッとした様子です。


女性が出入りする商会ですから、当然かもしれません。


でも、クロエさんとお付き合いを始めたら、何度も訪ずれなければなりませんことよ。


思わずギルバートを見て、ほほ笑んでしまいましたわ。


あら、クロエさんが私を睨んでらっしゃるわ。これは反省しませんと。


「紅茶をどうぞお召し上がりください」


「ありがとうございます」


「頂くわ」


「感謝します」


「まあまあの味っす」


皆銘々に感謝の言葉を紡ぐが、リリさんだけ上から目線ですわ。


いや、この茶葉はかなりの高級品、おそらく大陸南部で採れた一級品ですわ。


私の王太子教育の経験で、どこまでもてなされているのかがわかった。


リリさんはとても愛らしいのですが、どうも教育したい衝動に駆られます。


これだけ愛らしいのですから、内面も磨いたら、さぞかし素敵なレディになりますわ。


「この小瓶の持ち主がハイジさんという点は確かにそうだと思います」


「やはりそうなのですか?」


リリさんの無礼にもかかわらず、笑顔を絶やさず、私の欲しい情報を与えてくれる店員さんに感謝致しますわ。私でしたら、少なくてもリリさんはつまみ出します。


「申し遅れました。私はジルと申します。ハイジ商会の初期メンバーでした」


「ハイジ商会?」


私は唐突に出て来た商会の名前と母の名が重なり驚いた。


「ハイジ商会は15年前に創立されたリーファ商会の前身です。創設者はハイジ・レインさんです。素晴らしい方でした。それが経営の全てを仕切っていたハイジさんが亡くなって、止む無くハイジ商会は倒産したのです」


「そうだったのですか? 母が何か仕事をしていたのは知っていましたが、当時の私は子供でして、詳しくは知らなかったのです。まさか母が商会など営んでいたとは信じられませんです」


私は驚きました。確かに母はお金に困っているようには見えませんでした。裕福とは言えませんが、人並の生活をしておりました。女手一つで、よく......我が母ながらと尊敬します。


「信じられないのは私もです。ハイジさんとお子さんは同時に亡くなられたと聞き及んでいました。この商会もハイジさんの娘さんの名を付けました」


「では、何故、私が母の子だと言って信じて頂けるのですか?」


私は疑問だった。母は平民だった。そして、クロエさんは私を辺境伯卿の娘、つまり、貴族として紹介した。私達の接点が見つかる筈もなく、不審に思うのが普通だ。それが繁盛している商会ともあれば、なおさらだ。


「ハイジさんの娘さんと聞いて、確かに似ていると思いました。その銀髪も赤い目もお母様そっくりです。ハイジさんはおそらくレンブラント王国のやんごとなきお方の血筋の方だと当時から密かに思っておりました」


「銀髪も赤い目も王国固有の血統ですものね」


レンブラント王国は金髪や銀髪、碧い目や赤い目の貴族が多い。いずれも珍しい血筋なので、他国からは貴重とされることがあると聞き及んでいます。つまり、母が貴族に縁があるということです。それほど意外とも思いませんでした。実は私もそうではないかと思っていました。銀髪に赤い目は王国でも珍しく、貴族、それも王家に近い血筋に多い。


私が父の隠し子だったように母が同じような境遇であっても不思議はないのです。


「それだけではありません。ハイジさんの立ち振る舞いは優雅で、おそらく推測は事実だと思っております」


「それで、私が王国の辺境伯の娘だと言っても、母の子であると信じてもらえたのですね?」


「はい。ハイジさんは過去のことを何も話さない人でした。何か隠し事があるのは、ハイジ商会の初期メンバーの公然の秘密でした」


「昔話に入れ込んでいるのはわかるっすが、さっさと小瓶のことを教えるっす!」


リリさんは母のことで、ジルさんと共感しているのを台無しにしてくれましたわ。


できればもっと、母の事を聞きたい......いえ、今は確かに小瓶の調査の方が先ですわね。


母の事は後日ジルさんを訪ねて聞けばいいですわ。今はリリさんだけでなく、ギルバートやクロエさんを待たせている身でした。


「そうでしたね。この小瓶。懐かしい。これはハイジさんがデザインしたハイジ商会の化粧瓶のサンプルの一つです。ここにロットナンバーが書いてあります」


「HGP006と記載があるっす」


確かにロットナンバーのようなものはありましたが、それを商会で見てもらえばすぐにわかったのではないか? というような気がしましたわ。


「あの、リリちゃん。最初からこの商会に来ていればすぐに小瓶の持ち主のことがわかったんじゃないの?」


「委員長はバカっすね」


「なんでぇ!?」


バカは酷いと思います。だって、私もギルバートと同感ですから。


「ジルさん。ハイジさんの名前もなく、小瓶を良く調べたっすか?」


「調べなかった、と、断言できます」


「何故断言できるのですか?」


私は疑問に思った。そんな事は気持ち一つの筈である。


「何故なら、1週間前に同じことを聞かれた店員がいましたが、私は追い返しました。その手の問い合わせは意外と多いのです。我が商会の製品は女性に人気がございます。よく他の国の商人を始め、多くの方々から問い合わせを受けます。全てに対応する訳にはいかないのです」


「ね! うちの言った通りでしょ!」


「リリさん、脱帽しました。あなたの言う通りでした」


敗北感を味わったが、リリさんに感謝した。


「おや、この小瓶の中に入っているのはただの水のようですね。この小瓶に相応しい我が商会の最上級の化粧水を入れさせていただきます。ハイジ商会以来の最高級品です」


「もちろん、おねがいしますわ」


それから、小瓶が確かに母のものであることをジルさんに再確認すると、ジルさんに次第を一枚の紙に書いて頂いた。


そして帰りにたくさんのお買い物をさせて頂いた、と、言うよりクロエさんからあれもこれもとたくさん薦められて、言われるがままに購入したら、かなりの量になってしまった。


これだけよくして頂いたのだから当然ですわね。もちろん私の手元にはリーファ商会のメンバーカードがございますわ。つまり、リーファ商会の外商さんが向こうからご商売においでになるという。やはり商売人ですわね。頂いた御恩を考えれば当然なのですが。


「あの、僕だけが荷物持つのおかしくないかな? みんな手が空いているように見えるんだけど?」


「「空いておりません!!」」


私とクロエさんのたくさんの買い物を持ったギルバートが情けない事を言うので、思わずクロエさんとはもってしまいましたわ。


☆☆☆


「これでいつ攫われてもだいじょうですわ」


私は自室のベッドの中で小瓶を見ながらそう呟いていた。


全て解決した。そう思っていた、だが。


「あら、何かしら、これ?」


私は小瓶を間近で見て、とんでもない間違いに気が付いた。


「私は少し間違いをしていましたわ。この小瓶の持ち主は母じゃない」


私は小瓶の持ち主がわかり、唖然として、天を仰いだ。

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