第16話お化粧

明くる日魔法学園に登校した。


「おはよう。リーシャ」


「おはようございます。リーシャさん」


どうやら二人で話しこんでいたギルバートとクロエさんの邪魔をしてしまいましたわ。


わかっているので、いつも教室に入る時間を遅らせているのですが、あまりギリギリにできない事情がございまして。


「リーシェさまぁーーーーー!!!」


ドコーンという音と共にリリさんが黒板を破壊して突進して来ました。


「げふっ、どうして?」


どうしてもこうしてもありません。鳩尾に一撃入れないと突進が止まりませんでしょう?


そのまま突進したら、黒板だけでなく、後ろの隣の教室との壁まで破壊されてしまいます。


ギルバートがどれだけ修理で困っているか......私やクロエさんもお手伝いしているのですが、大工仕事は貴族の令嬢の私やクロエさんの得意分野ではなくて、ギルバート一人が大変なのです。


「リリちゃん、お願いだから、普通に扉を開けて入ってくれないか? ご、後生だから」


「煩いっす。凡人に指図されるいわれは無いっす」


既にお願いから、懇願に代わってしまった哀れなギルバートに胸が痛みます。


お願いしますわ。そんな情けない顔をしないでくださいまし。


ちょっと笑いがこみ上げている自分に自責の念に駆られてしまいますもの。


「それにしてもリーシャさん?」


「なんですか? クロエさん?」


何だろう? ギルバートに関して何か牽制されるのかしら? という当たり前の疑問は全く的外れでした。


「あなた、それだけ素材がいいのだから、もう少しお化粧とか頑張ったらいかが?」


「お化粧ですか? う~ん。これまで興味というより、割いてる時間が無くて、どうしたら良いかわからなくて」


本当のことだ。王太子妃教育に執政の代理の激務に美容や化粧などに割く時間はありませんでした。それが原因で、元婚約者のグエル様の心をつなぎ留められなかったのだと指摘されても反論できない位ですわ。


「不思議な人ね。辺境伯の娘ともあろうものが、化粧の知識が無いなんて理解できない状態だわ」


「そ、そうは言われても」


思わず萎縮してしまうと、クロエさんは綺麗な眉を寄せると。


「いい事! 美を磨くのは、女の子なら当然のことよ! 美の女神への冒涜でしてよ! ましてや、あなたは化粧もしないで、そんなに綺麗なのよ! もう、いい素材がもったいない!」


「そんなこと言われましても、突然お化粧の達人にはなれませんわ。クロエさんみたいに......綺麗な人にはわからないと思います」


「私が綺麗? 本気で言っているの? あなた、ほとんどスッピンでしてよね? 化粧をしたあなたに私が勝てると思っているの?」


「え?」


私は驚きました。クロエさんほど美しい人から、そんなことを言われたら、誰だって驚きます。


「何を鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているの? お昼休みに私が教育してあげます!」


「そーすか! リーシェ様がパワーアップするすっね!」


「いえ、リリさん、あなたもだから!」


「へ?」


今度はリリさんが鳩が豆鉄砲を食ったような顔になって、お昼休み現在に至る訳ですが。


「こ、これが私?」


この発言は私ではないことをまず理解してください。何故か一人称が私になったリリさんは化粧をクロエさんから施された自身の顔を手鏡で見てそう言ってます。


「こ、こんなに可愛いければ人生勝ったも同然っす! 金持ちのいい男捕まえて楽勝人生っす!」


リリさんは知らない方が良かったような気がします。愛らしい顔立ちですから、化粧すれば綺麗になることは道理ですが、増長するだけでした。


「クロエさん、これはやりすぎではないですか?」


「あら、わかったかしら?」


「何をですか?」


私はわからなかった。クロエさんは私に化粧の手ほどきをしてくださいましたが、学校の庭のかすみ草を髪にうえこんで頂きました。


クロエさんはニコッと笑うと。


「クラスの男子を全員リーシェさんの信奉者にして、ギルバートの気持ちを挫く作戦よ」


「は、はあ」


はあとしか言えない。ちなみにギルバートはいない。女の子同士のことだからと、追かけて来たかったポイ彼を置いて来ました。今は校庭で学友と球技でもしていますでしょう。


それにしても、クロエさんはギルバートへの気持ちを隠す気はないようです。


「はあじゃないでしょ? 私の言った通りでしょ? それだけ綺麗なんだから、今後は美容と化粧をちゃんとすること! 特に髪は毎日100回は鋤きなさい!」


「ひゃ、100回ですか?」


「私は子供の頃から毎日欠かさないわ。あなたのように綺麗な銀髪を持っていたらなおさらです」


「ギルバートの心を挫くためですか?」


「そうよ。あなたには弟にしか見えない。そうでしょう?」


コクリと頷く。本当のことだ。隠しても仕方ない、何より彼女は百も承知だ。


「私もあなたがギルバートのこと好きだったら、てね。いつもそう思うの」


「私はギルバートの近くにいるべきじゃないのでしょうか?」


「あなたがギルバートに自分の正直な気持ちを伝えた上で、ギルバートが気にしないならね」


「そ、それは」


私は下を向いてしまった。ギルバートとの関係が壊れることを心配したから。


「ズルズルと引きずって、ギルバートが告白でもしてきたら、かえって酷い結果になるわよ」


確かに。私はクロエさんの言葉に頷いた。


「わかりました。近い内にそれとなく、ギルバートに恋心が無い事を知らせます」


「それがいいと思うわ。でも、彼が傷つかないようにお願いね」


「ええ、私もギルバートを傷つけるつもりはありません」


二人で見つめあっていると、大きな声が聞こえて来た。


「うひゃひゃひゃひゃひゃ!!!! これ、上目遣いで言ったら、みんな聞いてくれるっす」


リリさんが最低な発言を巻き散らしていましたが、お昼休みが終わり、終業のベルが鳴った。


そして、予想通り、例の仮面の男の手の者に攫われた。


今日が約束の1週間目だから、当然ですわ。


「それで、小瓶の持ち主はわかったのか?」


「ええ、わかりました」


私は例の仮面の男の前で、そう宣言していた。

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