第二十三話「気になるあの娘とランチタイム」その一



 完成したちらし寿司をタッパに人数分詰め込んたら登校時間ギリギリになる。

 久方ぶりに遅刻五分前ダッシュを興じてしまった。生還者一割の剣舞高名物、地獄の町内一周マラソンは経験したくないしな。近場でさいたま副都心があるくせに中途半端田舎だからほぼ耕作地帯、面積だけはやたら広いから一日がかりだ。

 それにリタイアしたらペナルティー受けて緑川先生と一ヶ月毎日個人レッスン。酒臭いからそれは御免被りたい。


 息整えながら教室へ入室すると雑談に花を開かしているクラスメイト達の中、親友黒川と白石が俺の席近くで待機していた。    

 事前確認していたので嬉しそうに出迎えてくれる。


「おはよう海青」

「海ちゃん、はよ!」


 北海道弁で大人しそうなのが白石、博多弁で馬鹿っぽいのが黒川。

 

「おはよう、白石に黒川。悪いな味見役に付き合わせて」

「なんの、海青は料理部だけあって期待を裏切らないべさ」

「首を長くして待っていたたい、ちらし寿司もとい海ちゃん」

「二人共オーバーアクションだぞ。俺のはただの素人料理、プロには到底追いつかないよ」

「なして謙遜するべさ。ネット料理サイトでランキング年間一位へ輝いたばっとまんの作品さ、逆にご相伴に預かり光栄なんだけど。誇ってもいいべよ」

「そうたい。大体俺のお腹が犬見たく全面降伏のポーズを取っておるけん」

「大袈裟、大袈裟だよ」 


 お世辞でもそう言われると悪い気はしない。今度はおはぎでも持ってこようか。あんこは皆殺しで。

 二人にタッパを渡すと愛おしそうに愛しそうに頬ずりをする。


「いやはぁ、海青のご飯はやみつきなんだべ。創意工夫を施しているから」

「おお、これがあのアイちゃんも手伝った弁当けんね。かすかに芳しい中学生の匂いが!」

「黒川、お前は今後我が家の出入り禁止」

「……ヤスは変態だべ。大体兄貴の前で妹に興奮するかな?」

「通常の男子高校生は皆こうばい。だから出入り禁止はひどすぎる所業なり。海ちゃんの家に行くたびにブロンドの髪の毛を収集するのが唯一の楽しみなんだから」


 白石はまともだが、黒川は陸上に青春の全てを捧げているからその反動で女の子に飢えている。理解していたとはいえ、こうして改めて認識すると気持ち悪いものがある。

 俺も恋人は持ったことはないから、気持ちが分からないでもないが、女子一人に一喜一憂する程繁殖期の猿みたく盛ってはいない。

 ということで、今度からこの変態が家に遊びに来る時は念入りに掃除を強化しよう。藍梨の指紋も残さないように徹底的に徹底的に。ふふふ。


「海青聞こえてる、聞こえてる」

「海ちゃん酷いけん!」

「害虫は徹底的に除去が家訓」

「海青はあいりちゃんのことになると人が変わるからね」

「あんなにプリティーでグラマラスなアメリカ少女は他にいないたい。 お兄さんと呼ばせて」

「世界一可愛いのは認識しているが女に飢えている黒川に褒められても嬉しくはない。逆に警戒心が強くなる一方だ。それと俺のことを兄と呼ぶな。まじで玉潰すぞ……」


 親友といえど妹にちょっかいを出すなんてもってのほかだ。


「ハーフと言えば藍梨ちゃんもいいけど武者小路会長もヨーロッパ系のハーフだから、なまら綺麗で憧れるべさ」

「そうたいね。ソウルイーター先輩は高嶺の花だからなおさら美しく見えるばい」

「綺麗な部類には入るんじゃないか。どうでもいいが」


 ソウルイーター先輩には弁当の関係は秘密と言われているので、黒川達には明かない。相談に乗って欲しいこともあるがクライアントの意志なので尊重はしたい。


「素っ気ないというか海青は冷たいべ。マジで武者小路会長とは仲が悪いよね」

「ソウルイーター先輩は全一年憧れの象徴ばいね。いくら昔からの犬猿の中でもちょっとは軟化しないもんかね」

「無理だな。性格的に合わない」


 それに自己管理があまりよろしくない。あれじゃあ、親元を離れ一人で暮らし始めたサラリーマンだ。

 体が弱いの分かっていてあんな無茶な 生活をするのは、どんな理由があろうとちょっと軽蔑する。周りに迷惑をかけることも念頭に置くべきだ。

 

 あのワガママ女にむかっ腹が立ってきてちょっと目線が外れると、クラス委員長の五十嵐と目があった。小さく挨拶をする。

 相変わらず大人しい。

 そうだ、あいつに呼ばれているんだった。

 五十嵐からメールが送信されてきて屋上へ来てくださいとメッセージ。


 黒川と白石に用事があると別れを告げ、途中五十嵐と合流後、何も語ることもなく屋上へと辿り着く。

  幸い今日は風が強いからか俺と五十嵐以外は屋上へ出ていなかった。


 屋上には俺が寄付したお手製ベンチが置かれている。

 最近開放されたのにごみ屋敷みたいな惨状、生徒会というかソウルイーター先輩がケチるから一部の生徒から文句がでた。主に俺が。居場所がない俺は屋上でランチが不可能だとトイレという侘しい末路が待っている。

 それにここはフロンティアスピリットが湧くほど秘境というか物置きだった。俺はどこぞの探検隊かって。イエティーはテレビの演出だからいねえぞ。


 だからここに憩いの場を作った。ゴミを全部捨てて、学校なら大掛かりな道具が揃っているからベンチなどの大作も数十分で形にする。

 ついでにプランターも数十個持ってきてパンジーやハボタンで明るく演出。花があるだけで殺風景だった空間が変わった。


 秋風に乗って流れる五十嵐のトレードマーク三つ編み。風見鶏みたいで便利。 


「それで何か用か委員長?」

「この前の直接お礼が言いたくて」

「だから気にするなって」


 話を終えようとすると、「待って。よかったらこれ、お弁当作ったんで食べてください」俺の前に巾着に入った可愛らしい弁当箱が差し出される。


「五十嵐が作ったのか」 

「はい。 何か形になるお礼がしたかったんです」


 メガネ越しでも分かるぐらい五十嵐の顔が真っ赤だった。 彼女は元々社交的なタイプじゃない、どちらかというとインドア派、言葉を悪くして言うと陰キャラぼっちの部類。多分相当勇気だして来たんだろうな。

 

「分かった。喜んでいただくよ。ありがとな。その代わり、これ良かったら食べてくれないか」

「これは?」 

「今日の朝、バラチラシを作ってな。一杯作ったからおすそ分けだ。委員長の感想も聞きたい。量が多いからここで食べろとは言わない。家で家族と分けてくれ」


 大型サイズのタッパを上げるとうわと驚く。女の子のお腹だからそんなに入らないのはわかってる。だから家の人と分けられるよう多めに作っておいた。


「とても綺麗! ありがとう。でも素敵すぎて食べるのもったいない」

「大したものじゃない。投稿用のキャラ弁に使った残りだ。もったいないから全部食べてくれ」

「凄い。蒼山君は料理もできるんだ?」 

「ああ、一人暮らしだからな。嗜み程度だ。でも一々驚くことでもないだろ。料理部だし家事全般な得意な 一般高校生だよ」

「ビビるよ。うちの弟なんて私に全部やらせてリビングでゲーム三昧だから」

「でも反省してるようだぞ」


 弁当箱にメモが挟まっていた。 ごめんなさい先輩、ありがとうございましたと下手くその字で書かれている。

 悪い気はしない。


「いつの間に……」

「これで懲りたら二度とあんなアホなことをするなと伝えておいてくれ。大事な姉に迷惑かけるな馬鹿野郎ってね」

「分かった。蒼山君は私達兄弟の恩人。何か困ったことがあったら相談してね、何でも力になるよ」 

「ありがとう。その時は頼むよ」


 その場しのぎの社交辞令だろうけど。それでも感謝されるというのは嬉しいものだ。


「そうだ、蒼山君もお弁当開けてみて?」

「ああ」

「どうかな。蒼山君に到底及ばないけどなんとか頑張って作ったんだよ」 

「海苔弁か、これはうまそうだ」

「味の感想はしないでね。自信を失うから」

「ご飯とか鮭とか玉子焼きとかシンプルだけど心が篭っている」


 ご飯にのり一枚でも鰹だしを染み込ませていて風味が豊かだ。更にわかめの混ぜ込みこみご飯とは海苔弁好きにはたまらない。 

 卵焼きはだし巻きではなく砂糖をふんだんに使い甘くしている。これは寿司屋式玉子焼だ。カステラに近い味わい。

 メインのちくわの天ぷらとアジフライ、これは基本に忠実。

 それに今は鮭とか玉子の値段が上がっているのでありがたみもひとしおだった。

 なのでもやしだけは上がらないでくれ。


「ありがとう、とても嬉しいな」

「俺がお礼を言いたい。心の尽くしのお弁当ありがとうな」


 うまくておかずは全部口に入る。あとは水筒に入れてきてくれた熱いお茶を海苔弁にかけて一気にかきこむ。


「すごいな。よく一気に食べれるよ」 

「ごちそうさまでした。最高だった」 

「お粗末様です」


 早く食べた。これには理由がある。……先輩と約束していったからだ。早く生徒会室に行かないと。偏屈だからヘソを曲げてしまう。もしくはお腹減らせて暴走しているかもしれない。

 本当はここで食後の余韻を楽しみたかったのだが仕方ない。

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