第三回 「大事な妹と玉子焼き」


 

 俺を囲って罵ったり笑いものにする大人達。

 視界が暗転する中クラスメイト達が俺を罵倒し笑い声だけが木霊する。苦しくなって目を開くと、「----っ‼ はぁはぁはぁはぁはぁ!」よく見知った天井が入ってきた。


 状況確認の為に周りを見渡す俺。閉めているカーテンの隙間から陽が漏れる。整理整頓してあるシックな室内。壁にはコルクボードに兄妹で写っている写真が飾ってある。

 カレンダーは九月。

 あああ、久しぶりに嫌な夢をみた……。

 俺が起き上がると目覚ましが鳴る。針は五時を指す。俺の体内時計は相変わらずせっかちだ。


 そんな絶望に浸っている俺は蒼山海青(あおやまかいせい)。

 埼玉県私立緑ヶ丘剣舞高校の一年生だ。と言っても入学してまだ半年なので実感はわかない。

 ラノベとかで登場しそうな力だけが正義、武闘派系高校のイメージだが至って普通、何の変哲もない高等学部教育機関だ。


 春夏二つのシーズンを乗り越え二学期が始まってもあの悪夢が俺を悩ませる。冤罪なのだが……。

 噂が収まらず今でも俺を誤解している輩が多くいる。学校始まって以来のワルだそうだ。

 自分で誤解だと説明すればいいだろうって? 俺は硬派だ。言い訳が大嫌いなんだよ。弁舌が達者な理論武装してくる奴見ると殴りたくなってくる。

 俺のモットー、漢は黙って背中で語れだ。まー、俺もあれから色々と問題起こしているし悪童なのはあながち虚言でもないけどな。


 俺の朝は早い。別に何か部活をやっているわけじゃないんだが、昔からの癖で早く目が覚める。加えて半年前の悪夢だ。


 夢も希望もない不毛な朝。欲と金に支配されたこの世界は実につまらない。

 せめて趣味の家事を極め退屈な世の中を忘れたい。


 気分最悪の中、身支度整え自慢のキッチンで朝食作りを始めると--後ろから滑るように首へ手が回り、引力が後方に働き掛ける。


「おはよう藍梨。重たいぞ。どいてくれ」

「おはようございます兄上様! アイリは重たくないでござるぞ」

「刃物使っているから狙いが定まりにくいんだが。キャベツの狙い定まらん」

「兄上様なら大丈夫。スーパーヒーローだから」


 その大丈夫は何処から来るんだか。

 甘えてくる妹が背後から首へぶら下がっているので動きにくい。子泣き爺かよと悪態つきたいが年頃のレディーに向かっては中々言いにくいものだ。


 蒼山藍梨(アオヤマアイリ)、学年が一つ下の妹。今年受験生。血が繋がってないけど家族の絆は強い。欧米人である義理の母の連れ子。でも俺は本物以上の妹として接している。

 日本人でもないのに何故かだと? 生まれた時から親には感心持たれない上、藍梨の祖父が亡くなり一時期心を閉ざしていたから俺と似た者同士なのかもな。

 今は実家暮らしだが週一で俺の家に泊まりに来る。なんでも高校は同じ所に行くから来年からは一緒に暮らしたいそうだ。俺は良いがあの両親が難色を示さないわけないのでまたひと悶着ありそうだ。まぁ、先の話なのでまだまだ子供だからまた心変わりがあるかもしれない。


 幼少時から母方のアメリカに住んでいるジャパン大好きサムライかぶれな爺さんへ預けられていたので武士言葉が抜けない。

 トレードマークの金髪ポニーテールがゆらゆらと俺が作業する度に揺れていた。


 今は朝飯の支度をしているのだから遠慮してほしいものだが、可愛い妹に甘えられて拒む兄は世の中にはいないであろう。


「兄上様またあの夢見ていたでござるか?」

「独り言叫んでいたか?」

「いいえ、なんか元気ないので。心配なのです。兄上はヒーローだから。またアイリが贈ったピアスで不良扱いされているのなら辛いのでござる」


 ピカピカに磨いてあるステンレス製キッチンが妹の顔を捉える。欧米人のハーフなので目が青い。もちろん美人で目のやり場に困ることもある。でもまだまだ子供。


 アメリカだから真面目な奴でもイヤリングやピアス系はしている。文化の違いだな。だから妹からプレゼントされたピアスだと分かった時躊躇なくその場で耳に穴を開けた。

 当然だ、妹からの贈り物は聖遺物に等しい。

 

「ありがとうな藍梨。だったらそろそろくっつくのやめような」

「嫌でござる! 拒否しまする」

「藍梨も今年受験だろ? もう少し大人の女目指したらどうだ?」

「否! 断じて否! アイリは子供で構いませぬ。まだまだ兄上様に甘えまする!」


 だから重心を後ろに引っ張るなって、首が締まる。くるしー。それに中坊の分際で発育が良い大きな胸を押し付けて背中を圧迫する。無邪気で羞恥心がまだ育ってないから兄は心配。

 体が大きくなってもまだまだ子供か……。

 俺は呆れながらも好きでいてくれる妹に喜びを感じていた。

 でも本当に邪魔なのでそのままソファーまで引きずり座らせる。


「ほら藍梨の好きな時代劇始まるぞ」

「おおー! 将軍!」


 丁度藍梨が楽しみにしている朝の時代劇『さくらん坊将軍』が始まったのでこれ以上の追撃は回避できた。

 最近めっきり時代劇の数が減りここにいる意味がないから帰国すると藍梨は騒いでいたが、大河ドラマとさくらん坊将軍でなんとか繋ぎ止めている。


 今日はサプライズで藍梨が大好きなニンジャにゃんのキャラ弁を作る予定だったから、側にいられると非常にまずかった。

 予め昨日仕込みしておいたからそんなに時間は掛からないが万が一がある。

 それにモチベーションを持続する為趣味でネットに完成された写真をアップしているので、お弁当投稿サイトではそれなりの知名度がある。なのでフォロワーがそれなりにいた。

 特に食べ専のアヒルさんとはネットであるが親友と言っていい間柄。ニンジャにゃんはその人のリクエストでもあった。

 

「兄上様、アイリはだし巻き玉子が食べたいでござる」


 唐突な可愛い妹の願い。それは青天の霹靂または飛び込みのオーダー。されどそれを叶えてやるのが兄の勤めだ。

 でも何故いきなりと脳裏に疑問が行くも、答えは単純明快。今まさにテレビで将軍が食べていたから。余程美味そうに食べていたのだろう。


「凝ったものは無理だけど簡単でいいのなら」

「了解しました兄上様」


 藍梨は日本食が大好きだから、こっちに来ているときは必ず一汁三菜を心掛けている。だからおかずを一品考えなくて済んだので助かった。


 さて、ここで俺愛用の玉子焼きフライパンが火を吹くぜ。といってもうちはオール電化だけどな。

 さて、やり方は簡単。市販の麺つゆをといた玉子に加えるだけ。混ぜるコツは斬るようにだ。

 キッチンペーパーに染み込ませた油でまんべんなく玉子焼き器を馴染ませる。

 で溶いた玉子を流し込んで焼けたら巻いて、第二波を追加して焼けたら巻いて、それを繰り返す。

 五回目で完成。時間があれば自分でダシ作るんだけど、今回はこれで勘弁してもらう。


「やっぱり兄上うどんが食べたい」

「流石に優しい兄ちゃんでも怒るぞ」


 女心と秋の空。

 でも駄々こねられて結局作った甘い兄貴である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る