第十八回「放課後のヴァーミリオン」その一(ソニアサイド)
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あれから数日後のお昼休み。
今日のスケジュールは多い。もうすぐ文化祭も近いので実行委員会の立ち上げに、美化委員達とボランティア活動、風紀委員達と持ち物抜き打ち検査もやる。
本来なら生徒会長はそんなにかかわらないのだけど、今期の剣舞高校生徒会は私以外役員は誰もいない。ほぼ全て自分で片付けてきた。
完璧主義者とか他人を信用しないとか内申をよく見せたいとか、よく陰口を叩かれるが、他人に弱みを見せず初志貫徹して己の仕事を完璧にこなしてきた。
官僚を目指していて勉学もこなさなければならないのに、何故無理をしてまでしなければならないのか?
もちろん理由がある。一つは私のくだらないプライド。
やる気のない自分勝手な元役員達に一人で何ができると馬鹿にされたから。
皆元々仲の良い友達だったのだけど、とあるトラブルで友情が壊れてしまう。もちろん仲直りしたいけどまだ自信がない。だから見返してやりたい一心で挑んでいる。
なのでこれは私情だ。
それともう一つ、私には好きな人がいる。とても誠実で優しく完璧な紳士みたいな男の子。私がここまでこれたのも彼のお陰。
今でも相談に乗ってもらっていて、頼りにしている。あの人にいいところを見せたい。今までその一心だった。
だから私は何でもこなす。
……なんだけど、今日はどうも調子が悪い。貧血気味なのか立ち眩みが激しい。
最近忙しくてろくなものを食べてない気がするけど、会長として無様な姿を晒す訳にはいかないので、階段の踊り場で息を整え生徒会室のある三階を目指す。
この前は災難にあったけど、あれからは蒼山君と接触していない。 どうも関わると沸点が低くなり精神が乱れる。こちらも忙しいから当分は大人しくして欲しい。それが私のささやかな切なる願い。
「はぁはぁ、ソニアちゃん探したよ!」
「紅羽君」
階段登り踊り場へ辿りつく一人の姿、静かな廊下に響く荒い呼吸、ハンカチで汗を拭う、その情景は青春のきらめき。
彼は紅羽伊月(あかばねいつき)。少し前まで生徒会副会長として支えてくれて、今でもアドバイスをくれるクラスメートにして私の友達兼想い人。
「最近調子が悪いって保険の村咲先生に聞いたから心配になって」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。今日は調子が良いので」
「そうか。ならいいんだ。ソニアちゃんには頑張って欲しいから」
紅羽君は繊細なコスモスのように優しく微笑む。
艷やかな黒髪、優しそうな目元、意志の強そうな眉、清潔感誘う制服。身だしなみは勿論のこと校則通りの標準的スタイル、笑うと溢れる白い歯、どれをとっても総合的でもやっぱり好きだ。
私は紅羽君に淡い恋をしている。
いつも私の事を気遣って色々とサポートしてくれている。私はまだこの大好きという気持ちを打ち明けてない。もし断れたらすべてが無に帰してしまう恐ろしさがあるから。
「ソニアちゃんそろそろ再考しないか? 生徒会を皆でやり直そうよ」
「ごめんなさい。 そう言ってくれるのはとても嬉しいです。でもこれは彼女達と私の賭け、友達だからこそ絶対に途中下車はありえないんです」
「僕はどうしたらいい? 彼女達も君の事を心配しているけど助けられずもどかしくて」
困り顔の紅羽君。
校内一の優等生には相応しくない。学力テストは常に一位、スポーツ万能でテニスのキャプテンも務めるカリスマ。
モデル並みのスタイルと容姿にファンも多い。
この人が友達だなんて勿体無い気持ちもある。
「紅羽君へご迷惑掛けないように気をつけます。元々くだらない意地のせいで悪い噂が流れ、皆と意思疎通の統合が計れず役員を全員解雇しました。こうしないと収まりがつかなかったから」
「それは分かっているよ。僕は君の味方だ。どんなに君に嫌われようが愛想つかされようがソニアちゃんの支えでいたい」
「ありがとうございます。私はあなたのことを嫌ってませんよ。大事なお友達ですから」
「分かっている。言葉のあやだよ。だから僕をもっと頼って。いつでも力を貸す」
「ありがとうございます。ではそのことは暫く保留にしてください。今の仕事が一段落したら真面目に検討します」
そんなの嘘だ。ただの一時凌ぎのでまかせ。
でもそうでもしないとまた悪い噂に大切な想い人が危険に晒してしまう。それだけは避けないと。ネットの力はいいことは広がらないけど悪いことは秒速で広がる。
それが人間の業というものなのかは分からないけど、大人と子供の中間、高校生という危うい存在に身を晒し続けている今のネットワーク社会には辟易している。
これがなければ私達はあの日、疑心暗鬼にならず今でも生徒会を続けていたんだ。
「今の仕事というと文化祭かな?」
「ええ、準備委員会とか色々と下準備しないといけないから」
「分かった。もう何も言わない。その代わりいつものように行き詰まったら相談すること。それでいいかい?」
「はい。ありがとう紅羽君」
見送る背中。私は彼に相応しくなりたい。
踊り場はまた一人の寂しい空間、心は空転、窓から望むせつない秋空。
私はなんとも名状しがたいビタースィートになりつつも販売機でコーヒー牛乳を購入。
言うまでもなく甘い。甘党だからブラックなんか飲んだら胃を刺激して空腹度が増す。
昼食は昨日奇跡的に買うことができた半額おにぎりニ個。今日はごちそうだ。なんなら販売機のコーヒーより安い。不人気のおかかだけど。食べられないよりまし。
それにしてもお腹が騒がしい。今ならオーケストラも可能だ。
声を大にしてお腹減ったと宣言したい気分だけど、私は剣舞高の生徒会長にして全校生徒を代表者する代弁者。弱みは絶対に表に出さない。
「悪い、そこ邪魔なんだけど……」
「ふふふ、ふふふのふ、私かっこいい——え?」
不意に後ろから聞こえる不吉な声、「……ここでブツブツと何やっているんだ? ソウルイーター先輩」ブリキ人形の如くギギギと振り向くと会いたくない奴がいた……。
「あ、蒼山君。何か用ですか……?」
きまりが悪かった。また、彼に弱いところを目撃されてしまう。
だから平然を装いこの場をうまく躱すことに専念。心の中でファイティングポーズをとる。
じゃないと私が半額シールマニアだと噂が流れて、生徒会長の最後にカッコ笑いが追加……あわわ。札付きのワルである蒼山君ならやりかねない。
「だからそこ邪魔。 俺も飲み物を買いたいんだけど」
「あ、ごめんなさい」
何が面白くないんだか、ぶっきらぼうの蒼山君は硬貨を投入後ボタンを押して パックの牛乳を取り出す。
たまには愛想笑いの一つもしてみなさいよ。
紅羽君とは打って変わってくせ毛なのかボサボサの髪の毛、やる気のなさそうな目元、表情筋が退化してるのではないかと勘ぐってしまう無愛想な口、耳にはピアス、制服はラフで、 ボタンを開けてネクタイもせずみっともない。
総じてアウトロー。確かに髪を 染めているわけではないし、校内や 街で非道徳行為や危険行為を 目撃されたことはない。 あくまでも噂と結果だけ。
中々尻尾を出さないので、蒼山君の校則違反及び悪業をその場で取り締まらない限り、学校上層部は警戒して退学に追い込むことができないんだろう。とそれが よく思ってない先生方達反蒼山派の見解だ。
紅羽君と蒼山君、同じ学生でこうも差があるものなのか。
「ソウルイーター先輩、あれからちゃんと帰れたのか? 考えてみたら女子が一人で出歩くには結構遅い時間帯だから送った方が良かったな。悪い」
「ええ……え? あの蒼山君頭大丈夫ですか?」
私は向こうから仕掛けて来たわけじゃないのに失礼なことを口にしてしまう。
心配してくれるなどどういう風の吹き回しだろうか?
これまでだって誰かさんのせいで夜遅い時間帯に警察から呼び出されたことは多々あったから。身内じゃないのに何度も何度も召喚される身にもなってほしい。
「何が?」
「まさか貴方が私の事を心配してくれるとは予想外すぎてびっくりしてます」
「そうかよ。俺は弱いものを守る主義なんだ。大体言い出したのはうちの妹。バイクで来ていたからさ。一人付き添っても時間は掛かんなかったなと……」
「お気持ちだけありがとうございます。藍梨ちゃんにお礼と謝罪を。それにしてもかわいいですよね。社交辞令なしですよ」
「ありがとう。だが当たり前だ。俺の自慢の妹だからな。 やらないぞ」
「いりませんよ」
藍梨ちゃんだっけ。アメリカ人だけあってスタイルが抜群。あれで中学生かぁ……。
日本人も発育が良くなったと昨今見直されているがあの子に比べたらアイドル並みの美少女も芋だろう。
シャツのセンスは兄妹揃ってあれだけど……。
「もし街中で出会ってもあいつには俺のことを何も話さないでくれ。心労をかけたくないから。俺が実は学校一の嫌われ者なんて知ったら悲しむ」
「ならこれ以上トラブル起こさなきゃいいじゃないですか? 悪さしなければこれほど悪評も立たなかった筈です」
兄として優しい気持ちがあるのなら、もっと皆にも思いやりが注げるはずだから。うまく行けばこのはみ出し者を更正へと向けられる。
「そうだな。 そうしたいんだけど、何故かそうはならないだろう」
「改心して事件を起こさず人の為に役立ったらどうですか?」
「人の為に? そんなことをして何の得がある? それも大人が作った勝手なルールだろ」
「貴方はそんなことばかりご諾を並べているから、どんどんこの学校に居場所がなくなっていくんですよ。もっと真面目に生きなさい。たった三年間の大事な時期を無闇に過ごすことになりますよ」
「嫌なこった。俺は己を曲げるつもりはない。やりたいように生きる。故に誰にも指図する権利はない」
この強情っぱりはあぁぁぁ! お兄ちゃんの側面あるから説得の可能性あると考えた私が馬鹿だった。
やっぱり蒼山君嫌い!
「蒼山君いい加減にしてください! 色々な人に迷惑掛けて、緑川先生が八方から手を回してもらっているから大事にはならな——あれ?」
「おい! ソウルイーター先輩⁉」
立ち眩み? 目が回る。 足に力入らない。壁にもたれ掛かるも、膝から落ちて意識が薄くなっていく。
誰かが私に声を掛けているけど視界が悪くなり話し声も聴き取れない。身体ゆするも回復することなく深い眠りへと落ちた。
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