一話ソニアサイド「世界で一番ダイキライなアイツ」

第十七回「壮絶な半額シール弁当の戦い」(ソニアサイド)

 何故、欲というものは存在しているのかな? 生物の本能、もしくは人間の業、それとも神様が与えた罰。

 欲があるから太古から戦いは収まらず、欲があるから物語は作られる。


 などとロマンチックに締めるもつまるところ……お腹すいた……。

 高らかに鳴り響いた私こと、武者小路ソニアのお腹。年頃の乙女とは縁遠いかな。


 クラシックでよく耳にするG線上のアリアや月の光が秋夜とマッチしているのに、私のお腹はヨサコイソーラン。どうやら食欲の秋だ。


 学習塾の帰り道。毎度の事ながら塾仲間達と情報交換していたので若干遅くなった。

 繁華街を通るので、たこ焼き、焼き鳥、コロッケなどの魅惑な匂い奇襲攻撃が私を大いに惑わす。


 別にダイエットしているわけではないので食べる事は可能。生徒会長だがらといって下校中に食べてはならない校則もないよ。ならばすればいいのだけどそうはならない。

 理由は簡単、一つは体裁。今は緑ヶ丘剣舞高校のセーラー服を着ているので噂にはなりたくないかな。それでなくても私が生徒会長に就任以来、何処かの不良のせいで悪評ばかり上がっているから。

 もう一つは買い食いしたくても予算が足りなくて指をくわえているのが関の山。


 私は両親からの仕送りで独り暮らしをしている。しかも一人は危ないという理由で一般家庭ながらオートロック型のマンションを与えてもらい頭が上がらなかった。

 別に下宿暮らしでもよかったけど心配性な親は悪影響受けるかもという理由で隔離。

 だからこそ余計な贅沢はしたくない。


 何でそこまでしてくれるのか? ひとえに親が一流企業または役人勤めへと進む事を期待してくれているから。

 だから私はそれに応えたかった。プレッシャーだけど応援してくれるのは嫌いではない。


 なので食料事情は私にとって生命線であり死活問題。だけど心配めさるな。

 進んでいた私の足が止まる。比較的普通のスーパー。常連客なので何処に何が配置しているのかも把握済だ。

 ここは二十四時間営業なので比較的遅い時間帯に半額セールが始まる。予算は三百円。上手く行けば半額より安い最終値引きの現場を押さえることができるので、これだけでお弁当二個とおにぎりまで行けることもある。


 自炊の選択肢は無いのかって? 私は壊滅的な料理ベタらしい。得意料理はゆで卵だとクラスの自己紹介で公表したらギャグ扱いされた。どうもマニュアル通りに制作しているつもりだけど別の食べ物になってしまう。だったらスーパーの出来合いで済ませた方が、余計な時間をクッキングへ回さずに勉強へ専念できる。


 ここは割り引きが数あるスーパーでも一番下がる。だから激戦地だ。独り暮らしや年金暮らしにとって生命線。

 もう既に馴染み客達が弁当売り場の近くでスタンバっている。おじさんやおばさん、おじちゃんやおばちゃん錚々たる歴戦の猛者達。お互いに牽制しあっていた。まるでスポーツ。ならばこの格闘技を制して私も勝者になろう。

 本日の静かなる戦い。店員さんが値引きシールの機械を持って現れると同時にゴングがなり火蓋を切る。


 私の運動神経はいいほうじゃない。トロい部類に入る。だからお婆ちゃん達の鉄壁ショッピングカートデフィンス二連撃や、おばさん達の違反ギリギリこれもシール張って攻撃には太刀打ち不可能。加えてどんどんおじさん達が力ずくに割り込んで外へ押し出される。

 わずか数分間で決まる半額シール争奪戦はまさに諸行無常の世界。そこにはモラルも義理人情もない。


「あああ、私の食料が遠のいていくぅぅ! 後生です、私にもお弁当をぉぉぉ!」


 お腹減っているので懇願するも、眼前で無情にもバンバン履けてくる半額弁当様が、まるで大量発生したイナゴに食い尽くされた田んぼのようだった。


 諦めきれなかった私は悪足掻きして、激しい攻防の末ようやくお弁当を取れた。でもよりにもよってカツ丼……。お肉オンリーだとバランスが悪い。

 お弁当売り場は兵どもの夢の跡……もうテーブルの上にはシールが貼ってないものしか残ってなかった。

 終わったものは仕方ないのでトボトボと戦利品というか参加賞を手にレジヘ向かう。


 そんな時だ、たまたまこの時間帯のスーパーには似つかわしくないカップルが視界に入った。

  若いカップル。ペアルックで腕を組んでいる。でもそのぐらいじゃ私は一々認識しない。

  彼女が綺麗すぎるからだ。男性の顔は確認できないけど、女性はウェーブが掛かったブロンドロングにちょい高めの鼻、顔付きから言うと外人さん。

  しかもスタイル抜群。

 羨ましくもある。私は無意識へ胸に手を当てた。野球は九回までと無意味な励ましとともに。

 新婚さんだろうか? いやもっと若い。幼い気がする。どちらかというと学生さん。


 外人女性改めブロンド少女が離れると ボリュームある髪で隠れていた 男性の顔をはっきりと確認できる。

 クセがある黒髪ショート。何処かけだるさを感じる目元。そしてイヤリング。一般の女子ならときめきそうなイケメンだけど何処か受け入れられない。

 いや、忘れたくても忘れられないあの小憎らしい顔立ち。


「ソウルイーター先輩?」

「蒼山君。なんで貴方がここにいるんですか?」


 最悪だ。よりにもよって一番合いたくない人に遭遇してしまう。こんな無様な姿見せたくはない。

 なんとか誤魔化さなければ……。噂が広まって明日には生徒会長から恐怖半額シール女と名称が変わってしまう。

 私は慌てて半額シールの貼ったカツ丼を後ろに隠す。


「買い出しだ。玉子を切らしてしまったから。あとは適当に食材補充しておこうかなと」

「本当ですか? また悪いことしようとしてませんよね? 貴方は万引きの前科があるの忘れないでください」


 信用ならない。この不良は万引きでも平気でやる。ここは未然に防げれば学校の評判も下げずに済む。


「……するわけがない。ここを出禁になったら生活に影響が出てとても困る」

「それ分かります。死活問題ですね。私もここでおべん——」

「二十四時間やってるところが近場ではここしかないから、明日の弁当制作で食材が切れた時に利用するから頼みの綱なんだよ。結構凝り性だから」


 うう! それはまた私と悩むベクトルが違った……。

 うそ、この社会不適合者、自炊ができる人?

 いやいや、卵と言っていたしゆで卵に決まっている。なら私も歳上の女性としてアドバイスをしてあげなければ。


「ふふん、ゆで卵は料理に入らないんですよ。誰だもできますからね」

「そうだな。それは自慢にならないな。そんなので自信満々に料理得意と豪語している奴がいたらみてみたいよ。面白いジョークだソウルイーター先輩」


 それは私です……。はいはい悪かったね。

 あああああ! 恥ずかしくなった。


 なので悔しいから、「それにしても泣く子も黙るヤンキーの蒼山君がニンジャにゃんのプリントシャツとは…… 意外な趣味ですね」大人気ないと思いつつからかってみる。


「うるさいな、放っといてくれ。今日はそういう気分なんだ。それに俺はヤンキーじゃねぇよ。いい加減うざいんだが」

「それはソウルイーター先輩というのを止めてくれたら検討してあげてもいいですよ」

「それは無理」

「じゃあ私もやめない。ゆるキャラ不良蒼山君」

「勝手にしろ」


 そうアニメにもなってるゆるキャラ『ニンジャにゃん』を着て歩く不良…… 思わず笑いそうになった。

 私が推している職人兼家事系動画投稿者『ばっとまん』へニンジャにゃんのキャラ弁をリクエストするほど私が好きなキャラクターだ。


「それにしても先ほどの女性はどちら様? もしや不純異性交友では……。 これは明らかに校則違反ですよ」

「だから何だよ。 あんたには関わりのないことだろう」

「関係ありますよ。全生徒の代表である生徒会長だから、たった一人の違反が大問題になって全校生徒に迷惑がかかるんです」


  これは蒼山君を学校から追い出すチャンス。 この事実を先生方に伝えれば蒼山否定派を中心に保護者も巻き込んで一気に持っていけるはず。


「——兄さん何かありましたか?」

「藍梨」

「兄さん?」

「せっしゃ……私は蒼山藍梨。蒼山海青の妹です。兄がいつもお世話になっております」


 丁寧にお辞儀したので私も慌ててイエイエと頭を下げる。

 片言だけどちゃんと日本語になってる。

  しかも礼儀正しい。日本人より日本人だ。

 でも妹? どう見ても日本人離れした美しさだ。バディーも。でもこれ以上は詮索してはいけないと思う。


「俺の妹。これ以上は答えない」

「もとより深入りするつもりはありませんよ。礼節の出来た方ですし目を見ただけで嘘は言ってないでしょう」


 どう見ても妹というより姉だけどね。


「ご覧の通りアイリと兄さんに血の繋がりはないですよ。でも大事な家族なんです。 他人には誤解されやすいけど私にとっては 優しい兄です」

「 大丈夫ですよ藍梨さん。咎めてるわけではないので」

「じゃあ先輩。 俺たちはここで」

「あ、兄さん刺し身コーナーで半額シール貼ってましたよ。買いましょう」

「う、刺し身か……」


 そういえば最近食べてない……。忘れていたお腹がまた鳴り出す。


「半額か。何でもかんでも半額を狙うのは恥ずかしいもんだ。貧乏だと宣伝してるみたいじゃないか。プライドがあるんだったらあえて見栄を張り、スーパーの維持も兼ねて定価で買うのがお買い物プロというものだ」

「おお さすが兄上…… もとい兄さん。 かっこいいです。ジャパニーズ伊達男!」

「そうですね……」


 私は居心地が悪くなり思わず弁当をそっとテーブルの上に置いた。蒼山君達が行った後に回収すればいいだろう。


  でも その瞬間に最後の半額弁当はラグビーボールのように奪われた……。スーパーは熾烈な食料戦線。油断は命取りなり。 蒼山君達が立ち去ると同時にガクッと力なく足をつく私。

 今日も茹でたもやしか……、たまには白いご飯が食べたい。

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