第十九回「放課後のヴァーミリオン」そのニ(ソニアサイド)
——久方ぶりに見る幼い頃の夢。
初めて乗る海外の高級クルーズ客船に興奮していたのか。保護者と離れたすきに、お城のようなきらびやかな船内に惑わされてパーティー会場から離れ気付いたら言葉が通じず迷子になっている。
でも、一人の誠実そうな男の子に出会う。歳は同じくらい。
彼が質問するもただ泣きじゃくる私の手をそっと握って、ハニカミながら僕がいるからもう大丈夫だよと胸を張った。
それがどれだけ心強かったか。
お腹が減っていた私の口にいちごミルクキャンディーを放り込まれると涙が止まる。現金だけど安心したのかもしれない。
それから恩人を方方探すも相手の素性に対し一切情報がなかったので捜索は諦めそのまま数年たち中学生になる。そんなある日、たまたま知り合った本人が打ち明けその親切な男の子は紅羽君だと判明。再会を噛みしめると同時にそれ以来、密かに恋をしている。いつも窮地に助けてくれるヒーロー。迷惑ばかり掛けているけど、いずれこの恋は叶うのかな?
「——イーター先輩、ソウルイーター先輩、そろそろ起きてくれ。軍曹殿……緑川先生が家まで送ってくれるそうだ」
「………………」
呼ぶ声に私は反応して、ゆっくりまぶた開けると一面トマト祭り後の如く赤色に染まった天井を認識。まだ夢の中と目覚めを否定したかったが見慣れた景色、見慣れたベッドがここは現実と教えてくれる。
「あう、お腹減ったな……」
私は鳴るお腹を押さえ、けだるさと共に上半身を起こす。
「やっと起きたか」
「紅羽君……いつもありがとうねぇ」
まだ頭がはっきりしないのかぽややんとしながら紅羽君にお礼するも、こんなに口が汚かったっけ? と疑問。あれれ?
「誰だよそれ? ソウルイーター先輩何を寝ぼけているんだ。俺は蒼山海青だ」
「あ、蒼山君」
頭が覚めるもあまりにもご無体な現実にがっかりして気持ちが沈む。
「大丈夫かよ?」
「蒼山君? あれ、なんで私は保険室で寝ているんでしょうか?」
「あんたは販売機前で倒れたんだよ」
「まさかー」
私は未だに信じられず首をコキコキ左右へ回し、状況確認のために情報収集を勤しむ。
離れたところで椅子に座っている蒼山君は、「先輩、これが初めてじゃないんだから素直に納得しろよな」棒を巧みに操り何かを編み込んでいた。
「うるさいですね……ところで蒼山君は先程から何をしているんですか? さては危険な物を制作しているのでは……」
「ただの編み物だ。寒がりの妹のために毛糸のパンツを作っているんだ」
「ほう、意外と器用ですね。女の子みたい」
私は素直に感心した。妹さんを大事にしているのは分かっているから、嘘はないだろう。じゃあ、ずっとここで編んでいたのか。 というか今何時?
時間を確認しようとするもスマホを入れておいたセーラー服がなく代わりにジャージに着替えていたことに今気づく。
「余計な金を節約して生活していく為には必要なスキルだぞ。なんならキルトもできる。そら、あんたのボタン取れていたからついでに付けておいた」
「へへへ変態! 嘘言わないでください! 私の着ているものを脱がしたんですか? 犯罪ですよはんざ——」
最後まで言葉を紡ぐ前に、私へセーラー服を投げて、携帯用の裁縫道具を私へ披露。使い込まれているのか所々ボロかった。
「村咲先生が着替えさせたんだからな。生徒会長なんだからだらしない所見せられないんだろ? もっとしっかりしろよ早とちりさん」
「仕方がないです、蒼山君のイメージだと全く不一致です。不良は混沌と破壊衝動が存在理由だから。大体裁縫できるなんて信じてませんし」
私が不器用でソーイングセット無携帯なのに、評判最悪の社会不適合者がこんな気の利いた事が可能だなんて女のプライドズタズタなんですけど……。
「あほか。あんたみたいなお子ちゃま体型襲ったって俺の風評が落ちるだけだ。悔しかったら俺の妹の十分の一ぐらいスタイルを良くしろ」
「なんですとぉ!」
信じられない。この不良め。傷つきやすい年頃の乙女に向かって良くも言ってくれたな。
「大体俺はあんたなんてどうでもいいんだぞ。本来ならそのまま放置して行こうとしていたんだ。緑川先生の指令だから嫌々従っただけだ。ありがたく先生達に感謝しな」
「倒れたのにそのまま見捨てるなんて……。だから不良は最低なんです」
彼はそういう奴だとわかっていても頭にくる。何が夜の独り歩きは物騒だですか? 蒼山海青、本当に大嫌い。
ぐー! とタイミング悪くお腹が鳴る。今までの中で最大級だ。しかもよりにもよって弱みを見せたくない相手に。どうしよう? このままじゃ一週間も経たないうちに意地汚い生徒会長カッコ笑いと広まってしまう。
蒼山君だったらやる。何せ私が嫌がっているソウルイーター先輩のあだ名を定着させた張本人だから。
今だと生徒会長と言われているよりソウルイーター先輩と言われてる方が多い。
全くもってはた迷惑な話だ。
「ううう! お腹がうるさい。うるさい止まりなさいよ!」
「はぁ、ソウルイーター先輩。これ食べろ」
蒼山君はおざなりに私へ弁当箱を渡す。
箱自体はシンプル。男の子なので二段ある。大きめだ。
「これはなんのつもり?」
もちろん私は警戒した。友達でもないし、仲間でもない、あるのは因縁ばかり。蒼山君に施しを受ける関係ではないからだ。
「先輩、全然飯食べてないだろう? この前スーパーで会った時から気になっていたんだ。季節はずれの夏バテにしては酷かったからな」
「何が目的?」
「目的はないよ。あるとしたらそのうるさい 腹を早く黙らせてくれ。緑川先生が心配して 毒物もとい個性的な創作料理を強制的にお腹の中にねじ込まれるぞ」
「それは怖い。この剣舞校で知らない者はいない臨海学校カレー事件がありますからね」
「だったら早く蓋を開けろ」
余計なおせわだと言いたかったが、蓋を開けた途端絶句していまう程、鼻孔をくすぐるいい香り。
「うわ、すごいです。滅茶苦茶美味しそう……」
「妹に学校で恥ずかしい思いをさせたくないから弁当を日々研究している。よかったら感想を聞かせてくれ」
弁当の飾り付けはシンプル。でも星と花の型抜きでご飯を整え、ふりかけとそぼろと海苔を巧みに使いデコレーションしている。何で綺麗な弁当なんだ。おかずもうずらとか小さく切った鶏肉の唐揚げと、出汁を込ませた高野豆腐と甘辛い味付けきんぴらごぼうに、酢とレモン汁をかけてあるブロッコリーとサニーレタスとミニトマト。しめに食べる秋茄子の浅漬けがコリコリとした食感はお弁当の満足度を引き上げた。
栄養バランスをよく考えてあるラインナップ。
いちゃもんをつけたかったが、この美味しさの暴力に購うことなどできなかった。
程なくして完食。
ごちそうさまでした。
「美味かったか?」
「はいはい、大変美味しゅうございました。空腹が最高のスパイスになっていたんでしょうね」
「素直に美味いって言えないのかね。ほれ、黒豆茶も飲みな。口当たりさっぱりしていて寝起きにも優しい」
手渡してきた水筒の付属コップへ真っ黒な液体を並々と注がれる。
聞き慣れないネーミングに恐ろしさはあったがそれも香りを嗅いだ瞬間霞に消え失せる。
「美味しい……。落ち着きます」
「だろ」
「ありがとうございます蒼山君。不本意ながら貴方のお掛けで命拾いしました。妙な施ししても貴方への心象は一切変わらないですが、不覚にも不倶戴天の敵へ借りが出来たままなのはしゃくなので必ず返します」
「そうかよ。好きにしな。でもこんな事態何度もあったら大変だぞ」
こやつ……、クールキャラというかキザというか虫が好かない。まだドヤ顔された方が幾分かまし。顔面偏差値高いから意気がっているに違いないですな。なので間違ってもかっこいいなぁとは口にすまい。
「そうですね……でも今回の件はたまたまです」
「本当か?」
「もし私がこの保健室の常連でも貴方には全く関係ない話ですけどね」
「ソウルイーター先輩、あんたって一人で生徒会運営しているんだってな」
「そうですね。他が不甲斐ないので私一人の方が楽なのです」
学校の底辺にいる蒼山君でも私の内情を知っているみたいだ。何故か仲がいい緑川先生経由だろう。でも、弱味を見せたくないから私は開き直るしかできない。
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