第二十回「放課後のヴァーミリオン」その三(ソニアサイド)
「ただの意地っ張りにしかみえんよ。こんな情けない姿、全校生徒が目にしたらなんとするやら」
「そこで厚かましいお願いなのですが、今日私が倒れたことを誰にも口外しないでくれませんか?」
不本意ながら、不本意ながら、剣舞高の問題児に頭を下げる。ぐきききっと、私の沽券に関わる問題だから食いしばり唇を噛みながらも辞さない覚悟。
「何故?」
「私が生徒会長にふさわしくないと噂になりたくないからです。この体たらくは自身の慢心が招いた失態なので」
「あんたがどうしてそこまで拘っているかは知らないし、余計なトラブルに巻き込まれたくないから知りたくもない。でもこのままじゃ身体がもたないぞ」
「今回はたまたま油断しただけです。もう大丈夫」
間違っても旧生徒会メンバーの耳には届かせたくない。特に紅羽君へ心配を掛けるなんて言語道断。私が立ち直れなくなる。
「独り暮らしで貧乏学生やっているのは村咲先生から聞いている。親に遠慮して出費を最小限に抑えているんだろ?」
「だったらなんですか? そんなことどうでもいいでしょう。人のプライベート詮索されて私はとても不愉快ですけど」
「ああ、どうでもいい。それどころか入学式当日ソウルイーター先輩のせいで冤罪なのにしょっぴかれた苦い経験から心が捻れた恨みもある。なので気分はざまぁみろだ」
「ならいいじゃないですか」
それだと蒼山君の積み重なった悪業は私が勘違いで泥を塗ったせいだといいたげだ。
たしかに人を姿や格好で判断した私のミスですけど、今頃になって皮肉で意趣返ししなくてもいいじゃないの。
「……なぁ、ソウルイーター先輩提案なんだけど」
「なんですか藪から棒に」
「お昼のお弁当、提供してやろうか?」
「は?」
意味がわからなかった。本当に。
それどころかあからさまな罠にしか聞こえない。
「ろくな飯食べてないんだろ?」
「人の足元みて法外な要求をするつもりでしょう? なので死んでもごめんこうむります。あなたみたいな社会不適合者に施しを受けたとしれたら、官僚を目指す大志に泥を塗りかねません」
「背に腹は替えられぬということわざしらないかね。大志を叶える前に野垂れ死るぞ」
そう申し出るが、心の中ではせせら笑ってるに決まっている。この不良はそういうやつだ。
「答えは?」
「は? 寝言は寝てからにしてください。 大抵私とあなたはそういう関係ではないでしょ。第一目的が分からず怖いだけですよ」
「敵に塩を送るという言葉もある。常にお互い万全の体勢で勝負しないと面白くないだろ? 子供みたいな駄々こねるな。世間知らずなお嬢様」
ななな、何なの、何なの、何なの。
何様のつもり? 経験済みマウンドうざいです。確かに親に今まで委ねていたから世間には疎いけど、まだ若いからどんどん失敗してもいいとお母さんも言ってました。
「子供じゃありません。貴方より年上だし。悪い噂が絶えない大体問題ばかり起こす蒼山君とは関わりたくないです」
「交渉決裂か。俺はただ提案をしただけなんだけど。嫌なら断って結構だ」
「そんなの当たり前です。誰が貴方の助けなんか借りますか!」
私が小憎らしい敵へ靴下を投げつけると、「なら俺はソウルイーター先輩の願いを突っぱねるのみ。このこと口外する。プラス生徒会長授業サボって豪気に昼寝とSNSで恥ずかしい画像公開だ」蒼山君は自身のスマホを取り出しいたずらっぽくアピールした。
「ななななな! いつの間にか取ったのですか⁉」
「俺かここにいるだけで察しなよ。校内一の危険人物がウイークポイントを逃すわけ無いだろ? これで脅し放題だな」
くくく、と笑う蒼山君。
しまった。そこまで知恵がおよばなかった。不覚です。これも全て栄養不足からきている集中力と思考の低下。私は馬鹿だ。
「とうとうケダモノの本性を現しましたね。な…何が望みですか? バレたくなければ言うことを聞けとか命令して慰みものにする気ですね……」
「だったら、俺の弁当を一ヶ月毎日食べろ。休みの日は前日に渡す」
「え? なんですか、予想外過ぎるそのわけわからない理由は」
どこかホッとした自分もいる。
「村咲先生と緑川先生が心配しているんだよ。二人とも料理音痴だから頼まれたんだ。こんなことが明るみに出たら自分たちの責任問題になるってな」
「なな⁉」
「断ればあんたの痴態が世界一斉送信されるぞ。緩みきったあの顔がね」
「なんですとー⁉」
そこまでして私の恥ずかしい姿を一般公開したいわけですか? それとも先生達の義理を立てて?
若しくはありえないけど、ありえませんけど、私のことを心配してとか? ……いやいや、悪漢は気が緩む隙をついて上手に絡めとると愛読書の小説にもそう書いてあった。
なので蒼山君に不覚を取るわけにはいかない。
「ふっ……」
「敵に弱みを握られるなんて……失態です」
思わず、クッ、殺せ! と叫びそうになるが中二扱いされたくないから堪える。奴ならチャンスは逃さない。
「それに俺もメリットがある」
「メリットですか?」
「毒見役だ。新作料理をぶっつけ本番でやってまずかったら妹が可哀想だ。そうなったら俺は寝込む自信がある。ああ見えて大和撫子なんだ。遠慮しがちに美味しかったですなんて社交辞令など耐えられないぞ」
熱の入った弁。藍梨ちゃんを可愛がっているので嘘偽りのない真実なのは分かる。でも納得いくとはまた別問題。
「蒼山君、変な要求はしないんでしょうね?」
「何だ、して欲しいのか?」
「そんなわけないじゃないですか。私は痴女じゃないんですよ」
毒見役とはいえ悪名高い蒼山君がただお弁当を食べろという命令に、 どうしても納得いかなかった。裏を勘繰ってしまうのは私の悪い癖。
思わす受け取ったセーラー服を入念に調べる。もしかしたら餌付けして油断を誘い、制服へ盗聴器を仕掛けた可能性もあるからだ。
それにしても切れた部分を綺麗に縫い合わせてある。相当、目を凝らさない限り誰も気づかないだろう。男の癖に手慣れたものだ。
「疑り深いな、何も細工してないぞ」
「…………」
「ただ、そうだな…………あんたを太らせたい。ぷくぷくと風船みたいに。くくくっ」
憎たらしく苦笑する蒼山君。
ああああ! なんかムカつく。まさかお相撲さんの私を想像している訳じゃないでしょうね?
著作権侵害ですよ。
「それは最大の嫌がらせですね……」
「あんたに拒否権はないぞ。恥ずかしい姿を世界に晒すか、毎日弁当食べておたふく面みたくなるかだ」
蒼山海青……そこまでして私を追い込みたいの?
世界中に私の寝顔を配信されるのは断固として阻止です。でも、その代償として太らなければいけないとは……。
容姿が激変して紅羽君に嫌われたら私は生きていけない。
でも、食欲は色恋より強い。お腹が条件を飲めとひっきりなしにグーグーと催促している。喉まで鳴る始末だ。
ぐぐぐっ、プライドと本能のせめぎ合い。私は葛藤する。
「馬鹿にして! 誰が貴方の脅しに屈するものですか。お断りします」
私は日々空腹で鍛えた無我の境地で悟りをひらい——「無論ただとは言わない。毒見役の報酬で毎日食後のデザートもおまけにつけよう」心が無条件降伏の白旗を上げる。
これみよがしに蒼山君がデザートのリンゴパイまで提示した時点で勝負は決まった。
ああああ……何て甘美で食欲を誘う香り。
「美味そう……」
「自信作だ。俺はデザート作りにも手を抜かない」
はぁ……取り敢えずはひもじさとはサヨナラグッパイ。本来なら願ったり叶ったり。なら迷うことはないか。
蒼山君は信用ならないけど背に腹は変えられない。まぁ、警戒を怠らないでいれば、その都度対処できるでしょう。と私はチラつかせる獲物を奪い取り一心不乱にかぶりつく。りんごの控えの甘さとパイのサクサクとした食感が、噛む度に口の中で喜びを賛美歌奏でているようだ。
「……分かりました。一ヶ月でしたね。その条件を飲みましょう。うまいです」
「よし、交渉成立だな」
とうとう兵糧攻めの如く精神的に追い詰められた私はこの悪党の条件を承諾した。
備中高松城の水攻めで進退窮まった清水宗治もこの心境だったに違いない。
「ただし、条件をつけさせてください」
私は悪足掻きでも負け惜しみでもないけど主導権を握られたくないから、ビッシっと人差し指をクラーク博士に見習い正面へ突き出す。
少年よ大志を抱けとは言わないけど……。
「何でもどうぞ」
「人目を避けて生徒会室で食べたいです。 なのでお弁当の受け渡しはそこでお願いします」
「恥ずかしいのか? 確かに俺とソウルイーター先輩は注目されやすいから最良の提案だけど」
一緒のカテゴリーはとても心外だけど、言い得て妙なので納得してる自分がいた。
「違います。余計な詮索を避けるためです」
蒼山君は表情変えずおどける。ポーカーフェイスというか笑顔もろくにやろうともしないからブリキのオモチャだ。
こうして私と蒼山君は奇妙な約定を結ぶことになった。
時期は九月末、気温も下がり、そろそろ日も短くなるから部活動もライトアップが活躍する頃合い。
そんなもうすぐ文化祭も近い時の出来事。
肌寒くなったので着替えたいのだが、いつになったら蒼山君はそのことに気づいてくれるのやら……。
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