第二話「変わっていく日常と替わらない文化祭準備」

第二十一回「お弁当はなにがいい?」その一


 十月初頭、日の出が若干寝坊するようになった。

 今年はまだ暖かいせいもあって水仕事しても手がかじかむことはまだない。ただ室内で育てているサニーレタスの成長が遅くなったから、サラダはラインナップもそろそろ冬用へ変えないといけないな。


 人参を切る音、お湯が沸騰する音、フライパンの中で鮭が焼ける音、そして玉子を掻き混ぜる音。


 今日も絶妙のサウンドだ 。さしずめキッチンのオーケストラ。それならば俺は最高の一曲に仕上げるコンダクターだろうか。

 願わくばアンコールがもらえるように妹の好物を一品追加も辞さない覚悟だ。


 包丁がまな板上で打楽器のリズムを刻む。

 揚げ、豆腐、ねぎ、一通り具材とを投入完了すると赤味噌をオタマですくい、そのまま優しく昆布と鰹の出汁が張っている鍋へ入れる。あとはゆっくり丹念にかき回す。

 こうしないと味噌が溶けないからだ。おばあちゃんの知恵というやつだな。

 

 さて、 事前調査でソウルイーター先輩はろくな物を食べてないのは理解した。

 これによって献立が変わる。

 なるべく栄養価の高い物がいいだろう。さりとて女の子だ、量を食べていればよしという訳にもいかない。


「それより、いつまでむくれているんだ藍梨?」

「兄上様も変わってるでござる。 確かに人助けは日本人の心。 日本の文化であり美徳でござる。でもあのスーパーで会った御仁は兄上様を貶めた諸悪の根源でござろう?」


 妹に完成した料理の配膳とサラダを担当していもらっている——のだが、先程から不機嫌で手が止まりがちだ。

 

「昔のことだよ。それに俺の悪癖は先輩のせいじゃない。その前から続いていた。ただ高校デビューで過去をリセット後、普通の高校生として生きようとした。でも、あの一件でそれは無理と悟ったんだよ」

「悪癖ではござらん。曲がったことが嫌いな日本人の鏡、江戸っ子でござるよ」

「ありがとな、藍梨」

 

 頭を撫でたら、「えへへ」嬉しそうだった。


「それに昔の藍梨をみているみたいで放っておけなかったのかもな」

「アイリはそこまで意地っ張りじゃないでございます」

「そうだな」


 数年前、うちで引き取る前の藍梨は荒れていた。

 秩序を維持することが困難な前線部隊で育てられたから常識が一般とかけ離れていたのが理由。

 ボーイッシュ通り越してワルガキで、初対面でガムを噛みながらいきなり銃口を眉間に突きつけられたときは生きた心地はしなかったぞ。言葉も放送禁止用語だらけで汚かったなぁ。

 今ではニンジャとサムライかぶれの欧米人だけど。あの怖い後妻に似ないことを願うのみ。

 

「まあ、今でもソウルイーター先輩とは関わりたくない気持ちが強いから、健康を取り戻すまでの付き合いだな。幾らもし現場を目撃してヤバそうなら助けてやってくれと恩師の願いでも、相性が合う合わないがあるから」

「ルールバーサス人の道でござるからな。兄上様とあの鉄サビアイアンメイデン……もとい生徒会長は真逆だから水と油、心配はしてないでござるが、男と女は万が一があるから油断はできない……」


 最後あたりは聞きとれなかった。妹のヤキモチに悪意を感じたが毒舌なのはそう簡単に矯正できないのでここはスルーする。


「折角だからそろそろ弁当のレパートリーを増やしたいし、先輩には悪いが練習台にさせてもらおうか」

「弁当といえば兄上様、今日はキャラ弁の配信日。何を作るのですか?」

「あ、忘れていた……」

 

 クッキング系投稿サイトに創作弁当とか上げるのが密かな喜びだったのだけど、ここ最近色々とあってサイクルが乱れたようだ。


「ええ⁉ アイリは昨日から楽しみで睡眠不足でござるよ」

「いやいやちゃんと寝なさい。授業中に眠くなっても知らないぞ」

「心配ござらんよ。アイリは目をあげたまま寝るの得意でござる」


 こらこらどこの前線部隊だ?


「そうだったな。ネット配信用のキャラ弁も考えないといけない。うっかり忘れていた」

「兄上様にしては珍しい。趣味の配信だけを忘れたことないのに。これは雨が降るやもしれません」

「でも、唐突だから何もイマジネーションが湧かないな。リクエストあるか藍梨? 知恵を貸してくれ。でもニンジャにゃんは 一回やってるからだめだぞ。その他でな」

「むむむ、無念でござる。ならばアイリの寿司ザムライで」

「何故に?」


 それ来たか。寿司ザムライは藍梨が考案したオリジナルキャラクター。マグロ握りに侍の体が生えているという擬人化キャラクター。

 バリエーションに天麩羅芸者もいる。   

 どうして向こうの人は忍者、サムライ、 寿司、芸者、天ぷらが大好きなのかね。    

 今なんて向こうにもチェーン店がいっぱいあるから珍しくないだろうに。


「強そうではござらんか」

「本人がいいというのならそれでいいんだけど」

「嬉しいでござるよ」


 嬉しそうにくるくる回る藍梨。見てて飽きない。

 俺に絵心がない代わり、妹はイラストレーターの才能あるようだ。この前拝見させてもらったイラストもアメリカンテイストであるけどうまかった。

 リアルタイムコミュニケーションツール『LIVE』(ライブ)でコミニケーション用スタンプを制作して売ったところまずまずの評判を得ている。

 今回はその宣伝も兼ねているということなら俺のモチベーションも上がるというもの。


 ——さて、今日はどういったもので攻めようか? 題材は決まったが料理内容はまだ未定。和食か中華か洋食か。攻めるもので準備するものが違う。


 先に朝食を済ませた俺は、更新用のメニューを精査する。

 無難におにぎり、幕の内弁当、もしくはのり弁がベターだろう。 

 弁当だから冒険をすることもない。前におはぎやカレーを作りすぎて妹の弁当に入れたのは失策だった。

 本人は喜んでいたけどな。

 弁当は食べると同時にリアルなコミュニケーションツールでもあるから手を抜くわけにはいかない。   

 ましてやレシピをネットに公開するのだからユーザーがチャレンジしたいとやる気にさせなければならない。それが俺達投稿戦士の使命だ。

 だから難しいもしくは奇をてらうより、簡単で堅実な弁当を構築するほうがユーザーも喜ぶ。


 キャラクターは寿司が題材なのだから 寿司でいいのだろうけど、朝っぱらから握り寿司作るのもあれだし、コンビニの間に合わせ弁当と取られるのは必死。第一キャラ弁として成立しないだろう。

 手まり寿司とか押し寿司なら弁当の題材としては合格点。でもWeb投稿サイトではありきたりだ。百円均一に行けば型が入手可能でかなり制作はイージー。 

 でも巻き寿司や押し寿司でキャラクターを描くのは大掛かりになる。金太郎飴の要領で設計図考えるのはことなのだ。


 ならば一層ちらし寿司ならどうだろうか?

 弁当箱に敷き詰めた酢飯をキャンバスへと見立て、事前に制作したパーツを組み合わせる。それが無難……でもなんかインパクトは足りない。大体おかずの栄養バランスが悪すぎるし、悪くなる可能性もあるから生魚は遠慮したいな。

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