第二十ニ回「お弁当はなにがいい?」そのニ
「チラシ寿司でござるか。おお! テンションが俄然上がりまする」
「まだ候補だけどな。藍梨はちらし寿司好きだもんな。だけどお昼の弁当でならありか? なしか?」
「アイリはもちろんありでござる! 楽しみすぎて日本の伝統早弁に興じるでおじゃるよ」
興奮気味に肯定する藍梨。フンスフンスと息が荒い。トレードマークの語尾が適当になるぐらい。
無邪気にバンザイすると胸が揺れた。天然フェロモンを撒き散らして変態が藍梨を騙さないか将来が不安。
創作で夢中になっていたから、妹が俺のアイディアノートへ覗き込んでいるのを気づかず接近を許してしまう。
閲覧禁止というわけではないが妹にマジマジと観察されるのはこの歳になっても恥ずかしいものだ。
「なら今日はバラチラシに兆戦してみようか」
「ハラショー!」
「こら、紛らわしいからせめて英語を使え」
寿司に目がない藍梨は何人か忘れたように喜ぶ。仕方がない。カレー・寿司・ ヌードルは日本が誇る万国共通のソールフード。
テンションが上がるのは必然か。Web投稿サイトでも固定ユーザーが付き期待が高まっているので、ならば期待に応えるべく手持ちの武器を総動員してことに当たるべし。
色々と方法はあるが今回は具材を型にはめて形を一律にすることにした。
見栄えはいいし、子供にしてあげると喜びそうだからだ。カラフルにしたいから青が特長である海老の卵、酢で締めた光り物、鮮やかな赤を出すためにお茶で煮たタコとルビーみたいな光沢を放つイクラ、チラシの定番桜色が鮮やかな田麩、鮮やかな黄色の錦糸玉子、おっと、かんぴょうも欠かせないな。
素材ができたらそれを寿司サムライへと形作っていく。手抜きは許されない。藍梨が用意してくれたイラストをもとに丁寧に丁寧に仕上げていく。
弁当箱は意外と小さい。女、子供でも食べれる前提のレシピだからだ。
「ところで兄上様、ばらちらしとは? ちらし寿司ではないのですか?」
「ちらし寿司というのは具材を乗っけてちらす、ばら寿司というの具材の混ぜ込みご飯。で、ばらちらしはそのいいとこ取りだ。混ぜ込みかつ更に具材を散らす」
「おお、うまそうでございまする」
下準備開始。
タコをお茶で煮て、茹でたイカの皮を剥く。白く鮮やかになるからだ。
ゲソにたっぷり甘だれのツメを塗り食べやすいサイズに切る。
主役のイクラと茹でたマグロを漬けにして一週間寝かせてあるやつと、事前に酢や昆布締めで仕込んでおいたコハダとニシンも出番がある。
茹でている時に曲がらないよう冷凍を溶かしたブラックタイガーに串を打つ。茹で上がったら皮と頭と手をむしり取り真ん中へ切り込みを入れ開く。これで定番のお寿司屋さんの海老の完成だ。
江戸前は下処理が命。昔は冷蔵庫なんてなかったから生が無理だったので、こうしてネタの熱処理や塩や酢や発酵保存技術が発展した。これを仕事しているといい科学が発展した現代でも継承している。
俺が仕込みが終わり具材を一律に揃えている過程をへて、本題へ取り掛かろうとしたところ、クラス委員長の五十嵐からメールが来る。
お話があるので時間をくださいとのこと。
万引きの件か?
気にするなと言ったんだけどな。会った時話すか。
ついでに食材余ったからちらし寿司の味見させよう。
約束したソウルイーター先輩は当然のことだが、黒川達にも振る舞うつもりで多目に作ったのでまだまだ余力はある。
そうこうしている間にも扇風機を使い寿司桶で冷ました酢飯に、味を付けしたかんぴょう、マグロ、イカなどのスター具材達を投入後、木べらでよく混ぜ合わせる。
「よいよですな兄上様」
「ああ。頼りにしている。美術監督」
「任せて下され」
投稿用の可愛い弁当箱に酢飯を詰め、寿司サムライへと形作っていく過程として、仮置きして各パーツに使用する色を調整する。
ネットにアップするので失敗はしたくない。藍梨のイラストを確かめながら慎重にことを進める。
弁当箱へカラーサンドの要領で具材で色を重ねた。そして姿を現すサムライ。
そして見事思い描いた通りの寿司ザムライが完成した。全体のキャラクターバランスも申し分がない。
サイコロサイズへカットした具材を持ち入り、威風堂々した寿司ザムライが弁当箱へ降臨。
「こんな感じでどうだ藍梨?」
「おお! お見事でござるよ兄上様」
「これなら子供受けするんじゃないかな」
「ビーズに見立てた具材が生きているでござるな。これなら世界の子供達へ美味しさをお届けできるでござるん。にんにん」
藍梨は興奮しているのかまた変な語尾になっている。それだけ完成度が高い。
これも心強い特別監修である妹の指導によるもの。クリエイター魂からくるのだろうか、そこには家族とか兄弟だろうが一斉の妥協はない。
「注目受けるのは好きじゃないけど、みんなを笑顔にできたらそれでよし」
「もったいないでござるなぁ。料理人のスカウトも来たことあるのに」
「興味なし。さてアヒルさんも待っているから早くサイトにアップするかな」
「相変わらず兄上様は欲がない。またランキング上位は確実でざるぞ」
完成作品は早速写真を撮ってネットにアップ。まもなく最古のフォロワーさんの一人アヒルさんから称賛される。人気が出る前からの付き合いで信用しているネット仲間でもあった。
美味しそう。これはまた高評価がつくんじゃない? ランキングにもまた乗るかもと、アヒルさんは自分の事のように喜んでくれる。
冗談だと分かってるからいいが、 さすがにお嫁さんになっては引く。
それではうちの恩師と変わらないじゃないかと送ったら、それだけの腕前だっていうことらしい。
フォローするように彼氏さんは幸せでしょうねと綴られた。
プロフィールではなめられないように、女の子彼氏あり設定なので一見変なやり取りでも違和感のない会話として成立していた。
向こうもOLらしいから女性同士の会話として認識しているのだろう。
アヒルさんは俺のことを親友だと思ってるらしく、それが真実を切り出せなくしている原因でもある。
とてもいい人なので彼女なら受け入れてくれるのではないかと心の紐が緩む。
だから俺もアヒルさんには心を許している、 ネットの中では一番の親友だ。
でもさすがにオフ会へ誘われることもあるが正体がバレてせっかく長年かけて築いた 関係を破壊したくないのでここだけの関係にこだわっていた。
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