第二十五回「殺風景な生徒会にて」



「また来たんですか? 存外執拗いですね」

「来るさ、ソウルイーター先輩の嫌がる顔を拝むのがたまらなくてさ」

「変人です、頭がいかれてますよ」 

「何とでも言え」


 あれから数日が過ぎた頃。再び昼休みがやってくる。

 今日もせっせと生徒会長様へお弁当をお届け。自称硬派もちょっとだけ飽き気味だ。

 あいも変わらず歓迎はされてない。それどころか関係は冷やかになるばかり。好感度が上がるところか下がる一方ではなかろうか。


「本当に暇人ですね。不良だからやることがないんですか? 学校は勉学をするところなんですがね。せめてアウトローらしく校舎裏でワル同士、傷でも舐め合いながらたむろっててください。その方が学内の治安は静寂です」

「残念ながら予習と復習はそれなりにこなしているから、あからさまに勉強するほど成績は落ちてない。算段が悪くろくな物を口にしていないどっかのおバカさんよりよっぽど頭はいいよ」

「くっ、嫌味ですか?」

「いえいえ、とんでもございません。天下の生徒会長様に対して喧嘩を売るなんて言語道断ですな。それにあんたと同じで俺もプライド高きボッチだから不良仲間とかいねーよ」


 冷戦状態、嫌味の応酬。低レベルの罵り合い。要はお前の母ちゃんデベソとお互い罵り合っているだけのこと。

 実にくだらない。なんで大切な一時をこんな分からず屋と共に過ごさなければならないんだ。

 別に仲良くはなりたくないけど、この険悪な空気は何とかならないものか。

 鬼軍曹殿もとい緑川先生がお昼休みの間だけでも目を離すなとご命令だ。また倒れられたら今度は他の先生達に隠しきれないとのこと。ならば隠密同心は密命を果たすのみ。


「……………………」

「……………………」


 面白くない顔。力作である鶏そぼろ弁当を飲み物のように掻き込みながら資料とにらめっこしてる。時折注視書きして内容を把握。

 よく蛍光ペンで重要なところをなぞったりしているがあれは意味がない。それどころか覚えた気になる害悪である。やるのならメモに内容を書き移すか、付箋を貼っていつでも調べられるようにするかの二択だ。


 俺達に会話はない。よっぽど俺と話し たくないようだ。

 でも口を開けば憎まれ口しか叩かないからお互いこの方が楽かもしれない。それでなくても険悪な罵詈雑言を言い合いながら食べるご飯は不味いもの。


 学校で配給している掛け時計の針がカチカチと綺麗なリズムを刻んでいる。

 暇を持て余していたので編み物しながら、生徒会室の中を見渡した。

 何もない部屋、要は殺風景。長机とパイプ椅子。あと唯一のパソコンがあるのみだった。

 漫画でよくでてくる校長室並みのきらびやかな調度品で彩られた部屋とは大違い。

 トロフィーや額縁どころか、ティーポットもティーカップもない。もちろん豪華なソファーも。

 まるで物置か備品置き場。実際イベントで使われたと思われる小道具がいくつか置かれていた。

 更に我慢できないことにホコリが溜まっていること。光に反射して綿ごみが宙に舞っていた。先輩掃除サボっているな? 

 ここでカビを摂取して培養したらペニシリンが精製できそうだ。


「……ところで何で蒼山君はここで食べてるんですか。トーテムポールみたいに立ったまま食事されると、獲物を狙っている鷹に補足されながらご飯を頂いているみたいです……はっきり言って目障りですよ」

「一回一回弁当箱を先輩から回収するのが面倒くさいからだ。どうせならお気に入りの屋上で一人静かに食べたいものだよ」


 気になったのか、「誰かが相談なしで綺麗にした屋上ですか? 全くもって迷惑です。あそこにあった粗大ごみとか先生達に説明するのは大変でしたよ。私物もあったみたいなので」反応して先輩は手が止まる。


「でも片付いたからよかったじゃないか。 生徒達も一部の先生達も喜んでいるぞ。治安が悪くいワル達の溜まり場から一般に解放してくれたとな」


 特に緑川先生と村咲先生。喫煙室が撤去されたので電子タバコを吸える場所があそこしかない。なので外観がスラム街から蒙古平原になってご機嫌だ。

 それにしても、あの美人達は遠巻きに見ると絵になるが、話といえば同世代の男は質が落ちたとか美味しい酒の話題しかしない。世の中それだけ世知辛いのか。

 なのでこの世に救いはないのかと思わず神に祈ってしまう。二人に良い縁談をと……。あと俺を早くあの行き遅れ達から解放してくれ。


「結果的にはそうですけど、何事も順序と手続きというものがあるんです。学校の規則やマニュアルにないことをやられるとこちら側はとても迷惑します」

「頭が固いな。もっと柔軟に動かないと生徒会長なんて務まんないぞ」

「余計なお世話です。これが私のやり方なんです、放って置いてください。 第一蒼山君みたいに勝手なことばっかりやって厄介事に発展するのは学校にとって損害でしかないです」

「でも、みんなは喜ぶだろ?」

「かもしれません。では、一体誰がいつも貴方の尻拭いをしてると思ってるんですか? 問題を起こすたびに私はその事後処理に追われてるんですよ。言うなれば私が調子を崩したその一端は蒼山君にもあるということです」

「……そう言われると元もこうもない。 ごめんな。それは素直に謝る」

「……… 調子崩れるからいきなり謝んないでください!」

「俺の誠意だ」


 素直に頭を下げた。確かにその通りだから。俺が問題を起こすたびに先輩が頭を下げてくれる。俺と学校側の架け橋になってるので、それは素直に面目ないと反省はしていた。


 そういう関係もあるから、俺はソウルイーター先輩には元気になって欲しいと思ったのかもしれない。

  これも自己満足だな。 


 可愛い先輩は笑顔がよく似合う。


 ん? 一瞬先輩の顔が赤面したが気のせいか……。 たまに口に出すことがあるから気をつけないとな。


「それに最近は変な事件があるので蒼山君は大人しくしててください。これ以上私を煩わさないで。それでなくても悪目立ちするから」

「変な事件?」

「女子の体操着とかジャージとかなくなっているんです。制服も」

「どこの変態だ?」

「貴方では?」

「悪いな俺は興味がない。そんなもんやってるぐらいだったら、料理を極めた方が妹が喜ぶ」


 俺は暇だから毛糸でパンツを編んでいた。これがないと妹がむくれるから結構重要ミッションだったりする。

 

 下着といえば妹が白と青のストライプパンツを被って、これぞ日本人の文化だ! と大声で近所を走り回った時は流石に慌てた。

 それは悪いジャパンコミックの影響。ピュアな心を持ってるものが読んでいいものではない。


「ところで蒼山君は先ほどから何をやっているんです?」

「見ての通り毛糸のパンツを編んでいる。妹は寒がりでな。スカートだから冬はスースーして困るんだってさ」

「不良にしては器用なんですね」

「なに、俺は人を信用できないから自分の物は自分で作ってるだけだよ。それで喜んでくれる人もいるしウィンウィンだね。ソウルイーター先輩も自分で作ればいいじゃん」

「生憎私はできないんですよ。時間も作れないし不器用なので」

 

 確かに先輩は不器用だ。何事も融通が効かない。頭が固すぎるんだ。

 世の中はもっと柔軟に世渡りするべきだと俺は悟っている。という俺も世の中に逆らってばかりだが……。


  食べ終わった先輩の弁当箱を回収後、 水筒から黒豆茶を振る舞った。


「どうぞ」

「ありがとうございます」 


 お礼言ったことに気づいたのか、途端にフンと可愛く鼻を鳴らし俺から視線を背けた。


「美味かったか?」

「不味いです。激まずですね。まだ病院で重湯食べた方が増しかも」


 可愛くない。そのうちぜってぇこの堅物会長から美味いと言わせてやる。

 などと俺はこの強情っぱりに向かってささやかな誓いを立てた

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