第二十四回「気になるあの娘とランチタイム」その二

 お昼休みも有限なので廊下を矢継ぎ早に歩く。あの真面目な融通の効かない性格だ。約束の時間がとうに過ぎている現在、間違いなく激怒すること請け合い。

 

 心配なのは辛辣な言葉の攻撃力が増す一方だということ。俺みたいな武器を持たない弱メンタルは正論のもと一刀両断にされてしまうだろう。そうなったら骨を拾ってくれ。

 俺のことを拒絶しているソウルイーター先輩へ理論武装を色々とシュミレーションするも切り抜ける算段がまるで思い浮かばないので諦めた途端、急に足取りは重くなる。しかし硬派として自分が巻いた種は自分で刈り取らないと格好悪いので、こればかりは避けて通れない茨道だ。


 生徒会室へ着くと、扉越しで確認できる不機嫌そうに書類へ目を通すソウルイーター先輩。

 こちらがノックしても反応なし。分かっていたとはいえあからさまに無視されているのは堪える。


 それでも俺は意を決して、「ソウルイーター先輩お疲れ様」気持ち的に重い扉を開けた。


「……お疲れ様です。随分約束より早いことですね。私は何の期待もしていないので、別に来てくれなくても結構ですから」


 早速嫌味のジャブ。顔は冷ややか。


「ちょっと遅れた、ごめん」

「いえいえ、約束一つ守れない人とは関わりたくないのでお引き取りを」 


  その割にお腹の音がうるさい。この様子だと朝食もろくに食べていないんだろう。

  困ったもんだこの先輩は……。


「だめだな。それは聞けない相談だ。約束は約束。俺のわがままに付き合ってもらう」

「礼儀知らずの恥知らず。不良がこの神聖な生徒会に足を踏み入れること自体問題なのに、まだ私を辱めようとしているんですか?」


 はいはいと俺は適当にあしらって、カバンから取り出したタッパに紙の皿へちらし寿司を取り分ける。先輩のことも考えてたんで栄養の効果はバッチリだ。

  あとサニーレタスとアボカドの生野菜も持ってきた。レモンと酢で和えマリネにする。その味は食欲をそそる。 


「どうぞ、先輩。大したもんじゃないけど

「……………………」


 匂いにつられたのか振り向くとしばしの無言。 驚いているのはわかる。


 それでもこの意地っ張りは負け惜しみのように、「高級寿司屋で購入したお弁当で私を買収して、これで今までのことをなかったことにするつもりですか? それは早計。笑止千万ですね。 値段が高ければいいというものではありません」一瞥して作業を続ける。


 先輩は何を思い違いしたのか、買ってきたものだと誤認識したようだ。それに俺もそこまで先輩との関係を修復したいとは思わない。

 これはただのエゴだ。緑川先生に言われた通りやってるだけ。なのでソウルイーター先輩の感情なんてニの次。

 ならただミッションを成功させるだけ。


「勘違いしてもらったら困る。これは俺が作ったバラチラシだ。妹に喜んでもらうために制作したんだ。だから先輩の心を懐柔しようとかそんな小さいことを言わねえし下心もねえよ」

「本当ですか? また私を騙そうとしてないでしょうね。こんな綺麗で美味しそうなものを貴方が作ったなんて信じられません」


 先輩は目が悪いのか今日は眼鏡をしていた。元々可愛いから崇拝している一般生徒なら別の一面を拝めてラッキーなのだろう。

 眼鏡フェチでもないし俺はそんなもん一ミリも感じんがな。


「いつ先輩を騙したのかはよくわからんが、そんなつもりは元々ないよ。大体高級店のお高い弁当を貢いで俺に何のメリットがあるんだよ?」

「油断してくるところ、私に催眠薬を飲ませ、裸にして写真を撮る気でいるんでしょう。そして毎日のように体を要求して脅す。 なんて汚らわしいのでしょうか」

「妄想力乙。そんなことはしねえよ。変な漫画の見過ぎだ、ぼけなす。とにかく早く食べろや。 あんたの文句は後でたっぷり聞いてやるからよ」

「何ですか、その上から目線は?」

「生徒指導担当教師の命令だ。それとも現生徒会長様は一般生徒との約定も反故にするほど偉いと勘違いなさっておいでかな? 噂を流して解散総選挙に追い込まれたくなかったら、つべこべ言わないでだまって食べろ」


 売り言葉に買い言葉、きりがないから 先輩に箸を渡す。水筒に入れたほうじ茶も用意した。

 わざわざ七輪の火力でお茶っ葉を和紙の上で燻して作った自慢の一品だ。なかなか手間がかかってる。

 弁当には麦茶かほうじ茶がよく合うから用意したかったんだ。


 それでも最後の抵抗なのか、 ブツブツ 文句言いながら最初の一口。


「うまいか?」

「…………………!」


 もぐもぐ噛んでゴクンと飲み込むと、一瞬表情が変わるも正常に戻る。

 何か言いたそうだったが、食べる前の文句はピタッと止まった。


 黙々と食べる先輩。徐々にギアが上がっていく。よほど腹が減っていたのか喉詰まりも関係なく貪る。嬉しい涙なのか、それともただ単に苦しいだけなのか頬から涙が伝ってきた。


「まだあるからどんどん食べてくれ」 

「…………………」


 タッパからちらし寿司を山盛りにつぐ。

 美味そうに食べてくれると料理人冥利に尽きる。おもてなしの場に余計な言葉はいらない。


 胃が弱っているから本当だったら柔らかいものが正解なんだろうけど、それよりも栄養不足だから油気の多い肉を避けて、さっぱりした酢飯と魚系で攻めたから功を奏したようだ。


「 どうだ美味しかったか」 

「まずいです。とてもとてもまずいです」

「そうかよ」 

「でも約束は約束。こんなまずい料理をこれが一ヶ月続くとなると寒気がしますが、仕方なく仕方なくですが食べてあげます」

「そうかよ」


 満足したのか箸を皿に置き、「ご馳走様でした」手を合わせた。


「お粗末。まあこれは契約だからな。悪いが毎日付き合ってもらうぞ」

「これも社会奉仕。いやいやですが食べてあげてもいいです。社会不適合者が作った料理なんて二度と食べたくないんですけどね」


 そう罵りながらもバナナと切ったりんごを入れたヨーグルトを綺麗に平らげた。

 言ってることとやってることが違うけど、それがこの先輩なんだろう。食べたくないなら食べなきゃいいんだが、まずいものを食べなきゃいけないほど、よっぽど腹が減っていたんだろう。


「それで何をやっていたんだ?」

「蒼山君には関係ないでしょ」

「そうかもしれないけどあんまり根を詰めるなよ。また倒れるぞ」

「大丈夫です。心配には及びません。用が済んだのならお帰りください」

「まだある。まだあるんだな」

「何でしょうか。 貴方と話もしたくないんですけど」

「いちごのシロップと蜂蜜と水飴練って飴作ったんだ。栄養価高いから舐めていろ。 糖分補充しないと脳の疲労も激しいからな」

「余計なお世話です」


 本当に世話が焼けるなこの頑固者。頭にきたので無理やり口の中に放り込んだ。


「約束なんだ。素直にこっちの言うこと聞け」

「〜〜〜〜!」


 声にならない声で先輩は睨む。まるで親の仇でも見るかのように。

 それでいい。変に懐かれても困る。


 俺は外出た。中から聞こえてくる悔しがる怒声。よっぽど俺のことが嫌いなんだろう。


 俺だって関わりたくはない。でもほっとけねえよな。そこに倒れてそのまま死んだったら目覚めが悪い。

 ならば恨まれてもいいから体力を回復させてあげないと。それだったら緑川先生に制裁を食らうこともないだろう。 


 放課後、緑川先生に仔細を報告しに行ったら愛猫マロンちゃんの ノロケ話だけで 夜になってしまった。

 あの人はどんだけ猫ラブなんだか。気持ちは分からなくもない。俺も猫好きだからな。あのもふもふとした愛らしさ、ぷにぷに肉球が何とも言えない心地よさがある。    

 その為だけにでもソウルイーター先輩に辛辣な扱いを受けてもまだ頑張れるし、励みになる。

 まあ、その都度先生のごみ屋敷を掃除する羽目になるがな……。割に合わない。

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