第二十六回「ランチタイム休戦協定」


また数日後のお昼休み。今日は生憎の雨天、お天道様の機嫌が悪い。

 先輩と共に食事を取るようになって暫しの時が過ぎる。

 

 なのに剣舞高のお天道様も相変わらず面白くない顔。それどころか眉間に寄せるシワの数が増えたような気がする。可愛いのは変わらないが、ムスッとされるのはあまりいい気分ではない。


 何事も馴れというものがある筈なのだが、俺達の関係は一向に改善する予兆がないのは如何なものか。

 俺のせいなのは間違いないが、雨模様のシチュエーションもあり、こうギスギスしているのは居心地が悪い。


「ソウルイーター先輩、質問がある」  

「何でしょうか?」

「先輩は俺のことが嫌いか?」

「唐突ですね、嫌いですよ。この学校で唯一嫌いな生徒です」

 

 即答。

 文章に目を通しているので一向にこちら側へは振り向く気配はない。弁当食べながら読書は行儀悪いのだが指摘したら尚更機嫌が悪くなりそうで口にできなかった。


 予想通りの回答だな。しかし嫌いと面と向かって告げられて嬉しい輩はいない。何事も社交辞令というものもあるのだが、石田三成並に真っ正直だ。ならば小早川秀秋に裏切られないことを願うよ。


「何でそんな分かりきったこと聞くんですが?」

「先輩、最近ずっと機嫌が悪い。悪くなる一方だ」

「 たったニ人っきりの同じ空間で食事をしてるのが耐えられないからですと言いたいですが、それは……いつまでも貴方が立ったまま食事しているからですよ。お行儀が悪い」    


 いやいや、人のこと指摘できないから先輩は……。 人の振り見て我が振り直せと言いたい。


「俺みたいなはみ出し者と机を並べて食べるの不快かなと……」

「不快ですよ。でも、毎日お弁当作ってもらっているのに相手を立たせておくほど不義理でも度量も狭くないですよ。私はどこかのお嬢様か貴族ですか? 余計な気遣いです」


 などと浅漬けの大根をバリボリ音を鳴らしながら食べるソウルイーター先輩。

 今日用意した弁当は近所のおばちゃんから分けてもらった大根、その葉っぱを使用した混ぜご飯と、この前妹とバイクで紅葉狩りに行った帰り、山で採ってきたキノコと山菜のアルミ焼きだ。擦った生姜と焼いた味噌で味付けする。ご飯に乗っけても美味い。

 もちろん道産子白石のアドバイスで熊よけの鈴は常備していったぞ。


「じゃ、お言葉に甘えて」

「明日から余計な気遣いしなくていいですからね」

「了解だ先輩」


 俺は遠慮なく椅子に座る。先輩とは対面だから嫌でも目があった。

 他の生徒ならありえない誰もが羨む特等席。ここから男子の人気ナンバーワンな生徒会長様を観察するのもオツなもの。


「第一、私も怒りたくて怒っているわけじゃないです」

「なら 提案がある。約束の一ヶ月の間それも休戦にしないか?」

「何でですか? 私は蒼山君のこと信用してはいないんですが……」


 そんなことをいいながらも、数種類用意した手作りのマカロンを味わって顔が緩むのを我慢しながら食べている。政治家並みに言っている事とやっている事が違う。

 

「気まずいと弁当が美味しくないから。ご飯はポジティブもスパイスなんだ。だから喧嘩したり険悪な雰囲気の中食べてると美味しい物も不味くなる」

「蒼山君が私に近づかなければいい話なんですが……。確かに美味しいけど美味しくないのは同感です」

「だろ。 だからここにいる間だけでいいから。喧嘩もなしにしよう。な?」


 弱っている先輩の体にもいい影響を与えない。 それにいい加減この関係も飽きた。

 弁当の時ぐらい面白い雑談を交えながら明るく食べたいものだ。


「うむむむ。でも………いやしかし……仕方ないですね。 蒼山君がせっかく毎日作ってきているのです。好意を無駄にするのは生徒会長としてやっていけない。そうです。これは人助けなんです。きっと人に施ししないと生きていけない病に掛かっている哀れな子羊。ならば手を差し伸べるのが当たり前」

「なんすか? その無茶苦茶な理論武装は……。ただ俺は妹の為にソウルイーター先輩へ味見役をお願いしているだけなんだが」

「こほん、私も好きで喧嘩腰になってるわけではありません。その提案を飲みましょう」

「そうか」

「それにこんなに美味いご馳走を毎日食べさせてくれてる相手に対して不敬を働きたくないというのが本音。特にデザートは至高」


 良く聞き取れなかった。


「なんだって?」

「なんでもないです」


 うんべっとカメレオンみたくベロを出す。

 どっちにしたってろくなこと言ってないだろう。


「それで文化祭の準備はどうなってるんだ。上手くいってるのかい?」

「順調ですよ。 お陰様で文化祭準備委員会も設置できたのであと私のやることはあまりありません。委員会のバックアップのみですね」


 確かに準備委員になった白石の話によると生徒会は干渉はしてこないようだ。当日の風紀活動も風紀委員達かや独自に動くからソウルイーター先輩が陣頭指揮に立つこともない。ならこちらに関しては負担が軽くなるな。

 あとは窃盗犯に関してか? 

 こちらのほうが間違えなく大変だと思う。犯罪だからな。


 それにしてもこの鈍感会長は生徒会室が変わった事わかってないな?

 昨日徹底的に掃除したからチリ一つ落ちてない。

 なのに気づかず、この意地っ張りはしかめっ面装いつつプリンを頬張っていた。


 だから重大な場面見逃すんだよ。


 ——昨日の夜。事件が起こった。

 舞台は深夜、剣舞高の学び舎。

 

 夜中の生徒会室は至極当然だが静かだ。あの口うるさい先輩がいるといないとでは全然別物。


 今日は緑川先生が当直なのでお願いして 入らせてもらった。むろん賄賂は忘れない。おつまみの定番、牡蠣の燻製と肉じゃがを差し入れ。なのでご満悦。

 早速当直室でビールを三缶空け陽気に踊っていた。


 その代わりマロンちゃんは家で預かってる。彼がお気に入りの藍梨が文字通り猫 可愛いからしているのでいいコンビかもしれない。 妹に無理言って来てもらった甲斐があるというものだ。

 こちら側がサービスしすぎるとも思うが、いつもお世話になってるので恩返しの 意味もある。


『兄上様、アイリがいるから寂しくはないでござるぞ』

「そうだな。頼りにしていているよ」


 俺一人では心配だと言うことで藍梨がビデオ通話で俺をサポートしてくれている。

 と言っても俺の話し相手だが……。

 膝の上には愛猫マロンちゃんがジャレていた。


 何故俺がここにいるかというと、別にソウルイーター先輩の私物を物色に来たわけではない、ましてや男の子の共通である 好きな女の子の席に座ったり匂いをかいだりする為でもない。リコーダーペロペロには古来より魅惑的響きはあるが……。


『兄上様、こんな真っ暗の中何をなさるつもりでござる?』

「重大なミッションがあるんだよ」

『おお、なんとも時代劇的な展開でござるな。それで誰を仕留めるでござるか?』

「仕留めねえよ。俺は法で裁けない悪を懲らしめるほど暇じゃねんだ」

『じゃあ何を?』

「これから進める計画のためだ」


 普段ならソウルイーター先輩がいるのでここを物色することもできない。

 物置のように埃だらけなのでせめて掃除し小奇麗にしとかないと生徒会室として機能しないからだ。

 そう生徒会室とはただの物置き小屋にあらず。学校の本部が校長室なら、学生達の司令室はここなんだ。

 ここで他校から来客を招くこともあり応接間の役割も果たす。なのにこの体たらくはなんだ?

 来客が来た時に恥ずかしい思いをするのは生徒会長であるソウルイーター先輩だから。おそらく今までクビにするまでは、他の役員が面倒をみていたのだろう。


 これは余計なことだと分かっているが、何か放っておけなかった。一ヶ月の期間限定であるがまた倒れられたら困るし、衛生面を気をつけてあげないと。

 引き受けたからにはそれ以上の結果を出さないと男がすたるというもの。


『さすがは兄上様、手際がいいでごる。よくこんな真っ暗で掃除ができるでござるよ』

「毎日生徒会室をみて間取りを暗記したからな。どこに何があるのか丸わかりだ」

『でも、なんで明かりをつけないのでござるか?』

「他の教師にバレたら緑川先生に迷惑が掛かるだろ?」

『確かに、ミドリちゃんは迷惑をかけられないでござるな』

「ああ」


 それだけじゃないけどな。

 最近ソウルイーター先輩が悩んでいる盗難の現場に居合わせるかもしれない。人知れず犯人をこの手で捕まえたら先輩も肩の荷が下りて静かになるだろう。


 ——その時だ。

 近くから足音が聴こえてくる。それも複数だ。

 緑川先生? いや、これは違う。先生なら呑みすぎて千鳥足だ。こんなに軽快な歩み方はしない。

 なら、誰だろうか? 

 足音は隣の女子更衣室で止まった。


「おい、ここで何をしているんだ?」

「………………あ、蒼山……」

「おい、なんであんたがここに……?」


 そこにはありえない人物がいた。

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