第三十五回「素直になれないひねくれ者達のランチタイム」(ソニアサイド)



「ぐぬ〜ぬぬぬ」

「ソウルイーター先輩、俺の手編みマフラー凝視してどうした?」


 今回のお昼休みは久しぶりに蒼山君も生徒会室にいた。

 時間が空いたからついでにここで食べるという。ただのおまけ的に言われると腹立たしいものがある。

 まあそれはそれでいいとして、私と蒼山君は対峙していた。


「やっぱりあなたが犯人ですか、蒼山君。盗みは立派な犯罪ですよ」

「なんのことだ?」

「私のマフラーが蒼山君のマフラーとすげ替わっていたんです」

「ああ、すまない。マフラーの綻びがすごくて修復したんだよ。ただ取っただけだと寒かろうと俺の奴をカバンに入れておいたんだ。他意はない」


 すり替えられていた蒼山君のマフラーを引き換えに、ほれと修繕された私のマフラーをぶっきらぼうに放り投げられる。だけどイメージしていた使い込まれたボロ雑巾ではなく新品の如くモコモコしていた。


「貴方は何でこんな余計なことしたんですか?」

「先輩が寒そうだったから。まだ本調子じゃないから風邪をひかれると困る」

「え?」

「病気になると俺の責任問題になって後で先生に叱られるんだ」


 と悪びれもなく答える。

 何故か私は落胆した。別にそれでいいはずなのに、関係ないはずなのにムカつく。

 何に対して腹立たしいのかは分からない。ただ単にこのポーカーフェイスへ憎悪を抱く。


「蒼山君はいつ退学になるかわからないのに、先生達の命令を聞いてもしょうがないでしょ?」

「そういう問題じゃない。男だったら一回決めたことを最後までやり遂げるのは当たり前だ。決まり事や利害関係で決めつけるのをよしてくれ」

「………………もぐもぐ」

「………………ずずっ」 


 私は飄々とお茶を啜る蒼山君をよそに、怒りながらもお手製弁当の箸を進める。 相も変わらず美味しい。一つ一つの細かい工程に心がこもっていた。

 でも、こいつのことだ、言葉にすると図に乗るに決まっているのでこうして心の中で呟いている。


 そう、私はとっくに認めている。蒼山君のお弁当は美味い。とても美味。中毒性がある。けして高い食材を使っているわけじゃないのに、口に残る味わいなのだ。

 性格は最悪だけど……。


 それに一人が寂しいのは事実。ぼっち飯は常に家族ご近所に囲まれて毎日食べていた田舎者には辛い。

 だから、久しぶりに一人ぼっちじゃないご飯を食べているので嬉しいはずなのに、開口一番言い放ったのはマフラーの因縁をつけること。

 何やってんだ私は……。折角だから文化祭準備の労をねぎらうつもりもあった。


 しかも理由はどうあれ私の為にやってくれた。ケチつけるのはナンセンスだろう。

 でも何を話していいかわからない。蒼山君とは接点がなさすぎる。あるのは衝突している嫌な思い出だけ。

 だから手始めに私から矛を下ろすことにした。これが私ができる最大の譲歩。


「……ごめんなさい蒼山君。言い過ぎました。休戦協定結んでいるのに」

「いや、こちらこそ勝手なことしてすまん。出過ぎたものだとわかっていたんだ。でもソウルイーター先輩を何も知らない奴にみっともないと失笑されるのが許せなくてな。陰口叩かれてむかっぱらがたったんた。許してくれ」


 素直に蒼山君は頭を下げた。初めて本音を聞いた気がする。


 そういうことか……。 生徒会長として生徒代表になっているが、私のことをよく思わない人も一杯いる。特に女子が多い。蒼山君はそれに腹を立ててくれたんだ。

 なのに善意でやってくれたことを私は責めてしまった。


「もうやめましょう。いつも蒼山君が話しているように、美味いご飯が美味しく感じなくなるので」

「了解した。普通に食べよう」

「こほん……………今日はチャーハンですか?」

「大分違う。舞茸ご飯のガーリックバター炒めだ。今回おかずがシンプルでサッパリしているからご飯を工夫した」

「にんにくが効いているので滅茶苦茶ご飯が進みますね」

「そうだろ。妹もおかわりを三杯してた」

「でも、玉子焼きと筑前煮も見劣りしてませんよ。とくにちくわぶとイカリングがたまりません」 

「そうか。気に入ってくれて何より」


 私は一呼吸置き、冷静になったところで当初の話に戻す。


「ふぅ………………お話を初回へ戻しますが、白状しますね。あのマフラーは古着屋さんで頂いたものなんです。寒かったから何も無いよりマシだと簡単に考えてました。常に注目される立場でありながら配慮が足りませんでした」

「じゃあ、別に思い入れのあるものじゃないのか?」

「特にはないですね。ごめんなさい、折角気を使ってくれたのに……」

「ならそれを使ってやってくれ」 


 私は改めて生まれ変わったマフラーを広げて眺める。原型はあるがほぼ高級品の別物だった。何の思い出もないただのマフラーだから逆に罪悪感に苛まれる。


「でももったいないですよ。第一これ、どうやって元に戻したんですか? はっきりいって穴空いていたり解けたりしてましたよね。でも見る影もない……これはもう新品ですよ」

「ボロキレになっていたから、傷んだ部分を取り替えて編み直した。で、馴染むようにブラッシングを掛けた。前から好んで使っているからお気に入りと勘違いしていた」 

「実際はこれしかないから我慢して使用していただけです……なのでこんな凄いのいただけないですよ」

「俺が自分勝手にやったことだ。気にしないで受け取ってくれ」

「うーん……分かりました。そこまて仰るのなら使わせてもらいます」

「ああ」


 また一つ蒼山君に借りができてしまった。

 善意でやってることなんだろうけど、今までの所業を鑑みると、どちらが本物の彼なのか困惑してきた。


 学校で恐れられてる不良か? それとも今ここにいる妹思いの優しい男の子か。


 もしかしたらものすごく誤解しているのかもしれない。

 蒼山海青という人物を。

 普段、悪ぶってるけど実はすごくいい人なんではないかと……。

 緑川先生とか一部の教師の評価も高い。

 ……分からない。私は蒼山君のこと何もわかっていない。


 一般に知られている不良の蒼山君は不真面目で暴力的で社会の不適合者と評されている。

 でも共にする事が多くなり分かったことがある。性格はともかくとても優しい。人との関係を大事にする。 何より約束を守り真面目だ。


 だからわかんなくなってきた。本当の蒼山君はどこにいる?


「蒼山君、今日も忙しいのでしょうか?」

「ああ、遅くまで友人の付き添いをしなければならない」

「何かと物騒だから気をつけたほうが良いですよ。まあ、貴方がどうなろうと知ったことじゃないですがね」

「そうかよ。でも、最近空き巣被害があるみたいだ。先輩も気をつけた方がいい。一人暮らしなんだろう ?」

「そうですね。不良に心配されるのも癪ですが気をつけます」

「はいはいそうかよ。せいぜい油断しないようにな」


 売り言葉に買い言葉。それが私たちの日常。でも今までのギスギスした雰囲気はない。あくまでも軽口に留まっていた。


 あれだけお世話になって未だ素直になれない私。

 でも、これまで散々啖呵切っといて今更態度を変えることはできないでしょ?

 だから当面の間はこのスタンスで行く。その方が怪しまれないし彼も余計な気構えをしなくて済むでしょ。


「いざとなったら逃げますから、心配ご無用ですよ」

「普段から心がけてない奴がそんな簡単にうまくいくわけないだろ。せめて防犯ブザー持っとけ。ほら」

「ありがとうございます」


 軽く放った現物をキャッチすると、今度は私は素直にお礼を言った。


「おうよ」

「そんなことより、なぜ今日はここへ来たんですか? クラスの催し物準備で最近ずっと忙しかったんでしょ?」

「……そんなものはしてないよ俺は。何も関わってない」

「またそんな嘘を。五十嵐さんから関節的ながら聞いているんですよ」

「何もやってない。クラスリーダーは黒川だ。評価するんだったらあいつであるべき」

「相変わらずの強情ぱりです。そんなに矢面立ては嫌なんですか?」

「俺はそんな立派な人間じゃない。 経歴にも一杯傷が付いているしな」

「欲がなさすぎますよ」

「そんなものはいらないよ。俺の力は必要とされてる人間に有効活用できればそれでいい。認めてくれている人間だけで事足りるんだ」


 蒼山君は変わっている。私と真逆だ。

 私は他人に世間に認められたいと思ってる。その気持ちは強い。

 その為に生徒会長にもなった。全ては偉くなるため。勉強も目一杯した。私の名を売るために社会貢献もこなした。


 なのに彼はその逆をする。何でそんな無意味なことをやるのか? 何の得があるのか?

 分からない。何処かで分かってるのかもしれないけど、理解できなかった。したくなかった。私が今までの築いてきたもの全てを失う恐怖があるからだ。

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