第三十六回『スーパー銭湯の密会というか悪夢』その一(ソニアサイド)
★
「皆さん今日はもうやることがないのでここまでにしましょう。よろしいですか、五十嵐さん?」
「分かりました会長」
すっかり準備委員会で立ち位置が私の補佐役になってしまった五十嵐さんは頷く。
本来の文化祭準備副委員長は私に遠慮し隅で縮んでいる。色々と責められるので耐えられなくなったから。好き勝手やったツケだ仕方がない。本来ならばみんなを制御する立場なのに。
「では、皆さんお疲れ様でした」
早い開放で喜んでいるのか喜んでいないのか、トレードマークの丸メガネは光に反射して目元が判断できない五十嵐さん。
でもその代わりに解散の号令を出すと同時だ、「「「お疲れ様でした!」」」蜘蛛の子散らすように委員達は鬱屈とした感情を爆発させる如く雑談しながら散開していく。
ちなみに椅子を一斉にひきずる音はいつ耳に入ってもいいものじゃない。
奇想天外な文化祭の落とし所を探りながら、または徹底的にダメ出ししながら、当日の生徒会と委員会と連携を取るために緻密なマニュアルを作成していく。
最初伺った時はアラというか中身のないハリボテが多かったが、よほど優秀な参謀がいるのだろうか、今日限りでは大分纏まっていた。
「五十嵐さん抜かりありませんね。あれだけ支離滅裂だった文化祭のタイムスケールと催し物をここまで集約させるとは……驚きました」
「私じゃありません…… あたしじゃ…………いや私かもしれません。私? うん……私ですね」
「ん?」
彼女にしては曖昧な答え。もしかして何かを隠しているとか? 実はその謎の参謀とか? いやそんなことはないか……名前隠してそんな無意味なこと好きでやる人はいませんよね。私の気にしすぎだろう。
「何でもありません。それよりも早く終わってしまいましたね。よろしかったらどこかによりませんか武者小路会長?」
「それは構いませんが、実行委員長の紅羽君は今日も来ないのですか?」
「はい、先程メールが来て、試合が近く部活に専念したいから顔が出せないそうです」
今日は夕方になる前で切り上げられた。いや、実は私がそういう風に片付けたのだ。
とても大事な要件があるから。だから今日のお昼休みもほぼその作業に追われていた。止まったのはあのへそ曲がりの不良とひと悶着あった時だけ。
途端に蒼山君が脳内へ湧き出て来る。
あの意地っ張りはまだ友人の手伝いをしているのだろうか? まだ不良という認識は変わらないけど、理解しようという努力はするべきだと思えるようになった。お弁当の相乗効果かな。
とりあえず蒼山君の件は置いておいて、今は必要な案件に対して五十嵐さんへ協力を仰ごうとしていた。なので昨日相談した紅羽君がいてくれると助かったのだけど、理由があるのなら納得するしかない。
蒼山君でも良かった……いやいや良くない、良くない。協力を仰いだら散々馬鹿にされたはずだ。
「分かりました。部活ならやむを得ないですね。でもこれ以上委員会に支障が出ているのであれば委員長の入れ替えも視野に入れないといけません。いる意味がないので」
「分かりました。でも紅羽委員長は友達なのに厳しいですね」
「友達だからこそです。仲がいいからと言って許していたら周りの者たちに示しがつきませんから」
本来ならば特権を使ってこの委員会の委員長もしくは副委員を五十嵐さんへ変更しようとも思ったが、責任感の強い彼女のことだ、一度引き受けたらこれから頼む風紀委員長も兼任ではやってくれないだろう。
「そうだ五十嵐さん。ちょっと遠出しましょうか、是非連れていきたい場所があるので!」
「はい、お供します」
五十嵐さんは何も聞かず了承してくれた。嫌なら嫌だと言ってくればいいのに律儀な女の子だ。
——下校中、隣には五十嵐さんがいる。
計画通り早い時間なのでたまには一緒にどこかへ入って勉強しながらおしゃべりをすることになった。
何度も言うが半年以上の付き合いになるが残念ながら五十嵐さんとは友達じゃない。
さしずめ勉強仲間、もしくは本の虫仲間が妥当の線。
仲は良好。 とても良い。でもあくまでも先輩後輩の領域。これ以上でもこれ以下でもない。
私達は電車に乗りスーパー銭湯へ向かっていた。
スパ銭は日本一にも輝いた事もあるお店が学区内の田んぼのなかにあるが、アルバイトで顔見知りが一杯いるのでそこへは行かない。
隣の千葉県にある大型スパ銭へ足を運ぶ。(と言っても千葉県や茨城県は江戸川超えたらすぐなので、自転車でもいける距離だから遠くにある感覚はなし)
もちろん彼女は驚くも、私が通っているあそこならゆっくり話せるし誰も知り合いいないし、密会をするにはうってつけなのだ。
ちなみに貧乏なのにお金は? というクリティカルヒットのツッコミに対しておじいちゃんが所有している株主優待券というネタばらしを用意してます。
今のスパ銭は温泉だけでなく岩盤浴はあるし机はあるしパソコンや本も揃っている。ここでデスクワークするけしからんサラリーマンも多い。
それに裸の付き合いに男女の差はない。
全てをさらけ出して五十嵐さんへ助力を請う。
——などと浮かれていた時もありました……。
その更衣室である事実を目の当たりにする……。
「ううう裏切り者……」
「へ?」
「ななな! 隠れ巨乳属性ですとぉ⁉ その胸……可なく不可なくの平均仲間だと思ってたのに」
私より大いに胸が大きい。微妙仲間と思っていたのに裏切られた。
とりあえず浴衣に着替えた私達は次の選択を迫られている。
交渉というのは対等であるからこそ成立するのですよ。胸が対等でないのならどうやって話をもっていけばー?
「会長大丈夫ですか?」
「胸重くないのですか?」
「肩こりになるからお勧めはしませんよ」
「そうですか……」
鼻がひくひく引きつく。
それは持たざるものへの冒涜!
五十嵐さんでなければ殺意を覚えてました。
「どうしますか? 岩盤浴に行きますか?それとも漫画でも読みますか? 勉強でもいいですし」
「岩盤浴にしましょう。その余計な脂肪を削ぎ落としたくなりました」
「でも、それだと武者小路会長の胸ももっとしぼみますが……」
「あああああああ‼」
なんて残酷な世界なのか⁉
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