第三十七回『スーパー銭湯の密会というか悪夢』そのニ(ソニアサイド)
——五十嵐さんと一緒に今流行りの岩盤浴を堪能。効能が科学主義には漢方薬並に雲散臭いゲルマニウム・トルマリン・黄土・木紋石・薬宝石・花王石の板や熱い岩塩の上に寝て耐える。
普段熱いフロアはチャレンジしないのだけど、二の腕とお腹周りへ不安要素があるのか五十嵐さんはサウナ並の高温にも果敢にトライ。でも体力ゼロの私は足手まといなので付き合えられない。
そんなものやったら立ちくらみで動けなくなること請け合いですね。
その間、私は日向ぼっこ並のぽかぽか設定フロアでラノベ原作コミックを読みながら寝転がる。
暫く後、疲弊しきった五十嵐さんを回収してワンモアお風呂を満喫、上がった後はディスクスペースで共に勉強した。
「五十嵐さんは肉付きがいいので羨ましい。 理想のボディラインです」
「いえいえ、私なんてポチャポチャですよ。逆に会長が細くて羨ましいです」
「私の場合はなりたくてなってるわけじゃないんですけどねぇ」
五十嵐さんは想像以上に痩せ細っている私の身体を羨ましがる。実際は節約術と言うか、ただの引っ張りの弊害でしかない。
「あの武者小路会長、質問です」
「なんですか?」
「どうしていきなりこんなスーパー銭湯まで来たのですか? 単にお風呂入りたがったわけじゃないですよね。もしかして何か大事な話があるとか?」
「おお、五十嵐さんは鋭いですね。推理小説の愛読家だけあります」
私は驚く。
いつ話を切り出すか見計らっていたから とても好都合。でも怪しまれていたとは交渉事の修行がまだまだ足りない。
「そうじゃなかったら幾ら仲良しでも、二人きりでここまで付いてこないですよ」
「やはりそうですか……実はですね、おりいってお願いがあるのですよ」
「お願いですか。何でしょう?」
「五十嵐さんに風紀委員長をやって欲しいんです」
「へ?」
面白い顔をしてる。メガネがズレた。これには五十嵐さんも予測が立てられず右往左往。
「実は文化祭で風紀委員達の陣頭指揮を執ってくれる方を探しているんですよ。私も次々と想定外のことが多すぎて一人で捌ききれるか心許ないので」
「それならば風紀委員から選出した方が軋轢も生まれないのですが…… 第一新参者に顎に使われるのは面白くないですよ?」
「それでもいいのですが、私のことを低評価している人達も一杯いるので、それならば意思疎通ができる仲良しへ白羽の矢が立ったわけです」
私は屈託なく微笑む。
「原因はやはり例の市内で発生する盗難事件ですか? 学校内でも被害が多発していますよね」
「ええ、未だに未解決なので、残念ながら被害は収まる気配がありません」
「それなら尚更私よりふさわしい適任者がいますよ。運動系苦手ですから」
「体力に関しては そうかもしれません。でも総合的な能力で測ったら五十嵐さんしかいないですよ。お願いします、力を貸してください」
嫌がっているのは重々承知だけど、今回私は引き下がらない。それだけ大事な局面なのだ。
「大した力にはなれないですよ。でも武者小路会長の頼みですし無下にはできませんか………………なら、とりあえず文化祭限定でよければ力を貸します。何とかこれで譲歩してくれませんか?」
「はぁ…………はい、了解しました。それでも構いませんよ。任期までやって欲しいですが無理強いは趣味じゃないので」
こうして私は文化祭限定ながら、『五十嵐なずな』という強力な臨時風紀委員長をこの手に収めることができた。
これで何とか後顧の憂いも拭えるというもの。私も本来の仕事へ専念できる。
「おや? もう外も暗くなってきましたね。そろそろ帰りますか?」
「例の空き巣のこと語っていたら怖くなってきました。家までの帰り道長いですから。それに今日は誰もいないので……」
「あそこも最近治安悪いですからね。大きな地域になったので」
「なら武者小路会長の家にお泊りなんてどうでしょうか?」
「へ?」
想定外の提案に目玉を丸くする私。 このタイミングで私の部屋を披露するですと……? よりにもよって五十嵐さんへ?
掃除はしっかりしてるけど、誠に残念ながら勉強と小説以外無趣味で飾りっ気ゼロの部屋、あまつさえ冷蔵庫の中まで空っぽです。
その醜態を晒すのですか…………。
「駄目ですかね?」
「急にどうしたんですか? 急すぎて私も驚きましたよ」
「会長とはゆっくりとお話ししたいんです。好きな小説で 語り明かしたい」
どうやら五十嵐さん流、風紀委員長への意趣返しのようだ。イタズラぽっく舌を出している。
ならこれは断れないですね。でも無駄な抵抗はします。
「それはとても魅力的な提案ですが、でも本当に何もありませんよ。 私は飾り付けは苦手で……なるだけ余計なものは買わないように心掛けているのです」
「質素倹約ですね。徳川吉宗みたいでかっこいいです」
「都会に来たのですから徳川宗春のように 贅沢三昧をしたかったんですが生来の田舎者、 私には荷が重かったようです」
「オートロックのマンションに住んでいるじゃないですか?」
「両親が頑張ってくれたんです。私の手柄ではありませんよ」
——約一時間かけて私のマンション前へ着く。時間は十九時を過ぎ、もう辺りは真っ暗になっていた。
「五十嵐さん着きましたよ」
「お願いした私が口にするのもおかしいですが、武者小路会長、本当にお邪魔して良かったんですか? これはホテルクラスですよ。あまり立派なので逆に尻込みしてしまいます……」
五十嵐さんはキョロキョロ辺りを見渡す。特に隣の一軒家へ目を向けていた。
お世話になっているお隣さん。結構大きな三階建ての豪邸に住んでいる。
あの人なら会社の重役でもやってそうだ。
「はははっ……構いませんよ。私も一人じゃ寂しかったので」
「そうですか。せめて何か手見上げを持参するべきでした」
「こほん……なら厚かましいお願いだと重々承知しておりますが、五十嵐さん、私と友達になってくれませんか?」
「私ですか?」
「ええ」
「もうお友達と思ってました」
「口には出してなかったので……」
一瞬余計なことを口にしたかなと後悔するも、気持ちの確認は必要なので問題ないと言い聞かせる。
「喜んで。願ったりもないことです。本来ならばこっちからお願いするつもりだったので会長」
「それは良かった。よろしく五十嵐……なずなちゃん」
「はい、ソニア会長」
私達は恥ずかしいがりながらも握手を交わした。
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